【音楽】『新言語秩序』を鑑賞しました。小説家顔負けの筆致がすごすぎる

2020年6月16日





 先週の6月9日に、ロックバンド「amazarashi」が2018年に行った武道館ライブの映像を期間限定でYouTubeに配信されました。




 YouTubeリンク(※6月16日までの期間限定)

https://www.youtube.com/watch?v=1-7fWw21IyU






 自分としては、amazarashiはいくつかのアニメ作品で主題歌を担当していたのが印象に残っています。そういったタイアップ楽曲を中心に、その他ベストアルバム『メッセージボトル』に収録されている楽曲を聴いた程度であります。まあ所謂にわかです。


 その日Twitterを覗いていたら配信告知のツイートを見かけ、にわか故「ライブ見たことないから見てみるかー」と冷やかし全開で見始めたのですが、いやはや、一本取られましたね。衝撃的でした。衝撃的過ぎてそのまま武道館ライブのブルーレイをネット注文してしまったくらいです。







 ……と、小説投稿サイト「カクヨム」の「エッセイ・ノンフィクション」ジャンルで連載しているこの謎の書き物ですが、一応「物語に触れて感じたことを適当に呟く」という趣旨でこれまでやってきました。物語と、バンドの武道館ライブなど関係ないように思われるかもしれませんが、このamazarashiの武道館ライブはそうではないのです。



 というのもamazarashiの武道館ライブのタイトルが『朗読演奏実験空間 新言語秩序』。そう、ライブでもあると同時にでもあるのです。


 普通ライブといえば演奏の合間にMCが入るかと思いますが、amazarashiの武道館ライブ『朗読演奏実験空間 新言語秩序』では、MCの代わりにボーカルの秋田ひろむ氏による書き下ろし小説『新言語秩序』の朗読がされるという、かなり斬新なライブとなっているのです。



 そして衝動的に購入したブルーレイには、特典として小説『新言語秩序』が収録されています。


 ……ということで、今回はその『新言語秩序』についての話。武道館ライブの話ではなく朗読された小説の方の話なので、この謎の書き物の趣旨に合致していることをまずご理解いただければと思います。









 小説『新言語秩序』の話をする前に、まずamazarashiがどういったアーティストなのかを簡単に紹介します。



 amazarashiは青森県で結成され、メンバーはボーカル・ギターの秋田ひろむ、キーボードの豊川真奈美の二人(敬称略)。作詞作曲も担当している秋田ひろむ氏は作家の太宰治や寺山修司などの影響を受けているそうです。そのためか楽曲も文学寄りなニュアンスのあるものが多い印象です。というか『スターライト』とかは完全に宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』ですし、『ワンルーム叙事詩』でも宮沢賢治の有名な詩のオマージュが入っているなど、読書家からすると思わずニヤリとしてしまう仕掛けがあるのが特徴かと思います。







 そんな文学と深い繋がりのあるamazarashiの秋田ひろむ氏が執筆した小説が『新言語秩序』となります。小説としてはとても短く、ちゃんと文字数を数えたわけではありませんが、感覚的におよそ原稿用紙15枚から20枚程度、文庫本換算ですと20ページに満たないくらいの掌編小説です。



 この掌編小説『新言語秩序』は、主な内容はディストピアSFです。言論統制、言論弾圧が過激になった世界において、その抑圧からの解放と、主人公自身のうちにある言葉とを見つめ直す、といったお話になります。今現在のネット社会においての言葉狩りへの風刺とも捉えられる話になっています。



『新言語秩序』には専門用語が出てきますが、意外と作中で説明などはされておらず、事前に予習してから読むと理解が捗るかと思います。一方で、ある程度SF作品や文芸作品を読み慣れている読書家の方であれば、作中の文脈からおおよその解釈が可能ですので、そこまで難解なものでもありません。自分も手元にブルーレイが届いてから真っ先に特典小説を読みましたが、大体なんとか理解できました。




 専門用語についてはWikipediaにも記載されていますし、ライブ映像の冒頭でも説明されますので、詳しくはそちらを。(自分開演までスルーしたため用語の説明を一切見ていなかったことはここだけの話)








 さて、ここまでの話では、よくある特典小説についてでしかありません。しかし自分がこの作品に強く惹かれた要素がありまして、それが小説を構成する文章でした。



 文学好きの秋田ひろむ氏が執筆していることもあってか、楽曲だけではなく小説そのものも文学的な表現がされており、実際武道館の会場でされた朗読には、読み上げられた言葉がとても秀逸なものに感じられました。






 この『新言語秩序』という小説においてとくに気に入った表現を抜粋します。(ネタバレにならないよう第一章の内容から抜粋)




 まずは冒頭。とある街にいる主人公が街の様子について語った一文。


〝凡庸な住宅街と、それよりももうちょっと凡庸な商店街があって、その裏っ側に凡庸と呼ばれることすら諦めて、ぶっきらぼうに胡坐をかいた飲み屋街があった。〟



 この一文は非常にわかりやすい表現だと感じました。程よく寂れた雰囲気の、実に灰色が似合いそうな街並みを一発で想像できる文章でして、この文章をはじめに書かれていたことにより自分みたいな小説読みの心を鷲掴みにしましたね。





 続いて、主人公の実多(みた)を言い表した一文。


〝いつか同僚に言われたことがある。「実多はまるで言葉の潔癖症」だと。〟



 実多は新言語秩序のメンバーであり(「新言語秩序」とは、超法規的に表現規制する組織)、表現を殺す側である主人公の人物像を表したものであります。自分がここで注目したのが、「言葉の潔癖症」という部分。普通「言葉の潔癖症」なんて表現出てこないですよ。言論統制する側の人物の表現は様々な手法があるかと思いますが、これほどまでに簡潔で的確な表現は脱帽ものでした。





 最後に紹介する一文がこちら。実多は実の父親から乱暴されていたが、あるとき目覚まし時計で顔面を殴って反撃したときのことを回想したシーン。


〝目覚まし時計は壊れてしまったが、お陰で私はようやく目が覚めたのだ。〟



 いやこの文章は正直痺れましたね。シーンとしては別に何を使って反撃してもいいのですが、このシーンで重要なのは酷い環境下で半ば心が折れてしまっている主人公が真の意味で現実に抗うことであり、その境遇から脱した表現としての「目が覚めた」で、その目を覚ますためのアイテムが目覚まし時計という、パンチの効いた秀逸な表現だと感じました。







 ひとまず第一章から三つ抜粋しましたが、こうしたキレッキレの表現が全編にわたって書かれています。あくまでライブ映像の特典小説ではありますけど、でもプロの小説家顔負けの文章表現力は素直に素晴らしいと感じました。



 小説としては、オチがぶつ切り感が否めないといいますか、「え? ここで終わり?」みたいなところもありますけど、でもこういう感じの結末はどことなく純文学を彷彿とさせる作風ですかね。娯楽小説ではなく純文学として、純粋に文章の美しさや表現の芸術性を堪能する作品として、なかなかの傑作だと思います。というか純文学とSFは相性がいいので、世界観としての設定と文体の素晴らしさを同時に楽しめる作品かと。とてもいいものを読ませていただきました。



※6/18追記

 改めて武道館ライブのブルーレイを視聴したのですが、これ小説の最終章を朗読した後のラストナンバーがそのままお話のオチになっているのですね。YouTubeでライブ配信されたときは諸事情により流しで鑑賞していて、後日ブルーレイが届いて真っ先に特典小説だけを読んでしまったために「オチがない」みたいな感想になってしまったようです。申し訳ございません。しかしそう考えると、この武道館公演そのものが一つの「物語」ということになりますね。とても面白いものを見させていただきました。あと、加えてこの記事のタイトルを一部修正、カテゴリーを【小説】から【音楽】に変更しました。










 といった感じで、今回はamazarashiの秋田ひろむ著の小説『新言語秩序』について語りました。




 YouTubeのライブ映像(朗読劇)の配信は今日(6月16日)までですので、気になる方は急いでご覧になってください。

https://www.youtube.com/watch?v=1-7fWw21IyU



 見逃した方はDVDもしくはブルーレイでも購入してください。特典で小説がついてきますので、じっくり楽しみたい方はこちらをオススメします。











 ちなみにですけどライブ映像を見ていて思ったのですが、秋田ひろむ氏が使用しているエレキギターの形状が独特でして、どうみてもフェンダーのスターキャスターという滅茶苦茶マニアックなギター何ですよね。正直スターキャスターを真面目に演奏している人を初めて見ました。何でこんなビザールに片足突っ込んだギターを使っているのだろう?(ビザールギターとは実用性よりも奇抜さに特化したオールドギターであり、アニメでたとえると『チャージマン研!』みたいな楽器です。一部マニアにカルト的人気があるという意味で)いやマジで、amazarashiすごいわ……。











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