【小説】『オーバーライト ――ブリストルのゴースト』を読みました。なんだろう、これは漫画で読みたいと思った

2020年6月12日





 春といえば、読書家にとって馴染みあるイベントとして電撃大賞受賞作品の書籍が発売される時期でもあります。まあ毎年全てを読むわけではないですが(というか去年は一冊も読んでいない)、それでも受賞作品をチェックして気になったものを読むようにしています。


 で、自分は基本電車の中でしか小説を読まないタイプの人間でして、今年に関しては外出自粛もあってあまり小説を読めていません。ということもあり自粛明けに二ヵ月ほど積読したこの作品を読みました(「常習的に積読しているじゃねぇか!」というツッコミはなしの方向で)。タイトルは『オーバーライト ――ブリストルのゴースト』。選考委員奨励賞を受賞した作品です。








  書籍情報



  著者:池田 明季哉


 『オーバーライト ――ブリストルのゴースト』


  KADOKAWA 電撃文庫より出版


  刊行日:2020/4/10



  あらすじ(カドカワストアより転載)


 イギリスのブリストルに留学中の大学生ヨシは、バイト先の店頭で“落書き”を発見する。それは、グラフィティと呼ばれる書き手(ライター)の意図が込められたアートの一種だった。

 美人だけど常に気怠げ、何故か絵には詳しい先輩のブーディシアと共に落書きの犯人探しに乗り出すが――

「……ブー? ずっと探していたのよ」

「ララか。だから会いたくなかったんだ!」

「えーと、つまりブーさんもライター」

 ブーディシアも、かつて〈ブリストルのゴースト〉と呼ばれるグラフィティの天才ライターだったのである。


 グラフィティを競い合った少女ララや仲間たちと、グラフィティの聖地を脅かす巨大な陰謀に立ち向かう挫折と再生を描いた感動の物語!


 第26回電撃小説大賞 《選考委員奨励賞》受賞作。









 この作品の題材は、街中の壁などに無許可で描かれる落書き――つまりはストリートアートです。それらが「グラフィティ」と呼ばれていることをこの小説を読んではじめて知りました。街中が綺麗に整備されている日本ではあまり馴染みのないものであり、日本人としては「田舎の不良が粋がって落書きしたもの」というイメージが強いかと思います。たまに千葉とかの電車に乗ると、高架橋をくぐる際に橋の柱に描かれたグラフィティ擬きを見かける程度ですかね。


 ただひとえに路上の落書きとはいえ、それを芸術として認められているものもあり、覆面アーティストのバンクシーとかは世界的に有名かと思います。何年か前にオークションで落札されたばかりのバンクシー作品が自動シュレッダーで破損するというパフォーマンスを行うなど、バンクシー本人もかなりパンクな人物で話題になったと記憶しております(そもそも無許可で壁に絵を描くこと自体パンクではありますけど)。



 そんなグラフィティをライトノベルとして描いたのがこの『オーバーライト ――ブリストルのゴースト』という作品になります。さすが電撃文庫。懐が深い。作中においてもバンクシーの名前が幾度も登場するなど、グラフィティに対する熱量が伝わってきます。


 ただグラフィティに関するネタをひけらかすのではなく、しっかりライトノベルに落とし込んでいるところが素晴らしい。登場するキャラクターたちも個性的であり、また起承転結が丁寧に仕上げられている点など、物語をライトノベルのフォーマットに収めたところがこの作品の魅力だと感じました。他に類を見ない題材はそれだけで作品のオリジナリティを底上げしおり、正直に言えばグラフィティを題材に物語を一本書きあげたことだけでも価値のあるものだと思いますね。







 ですが同時に、小説向きの題材ではないことを痛感しました。



 というのも、作中においてのグラフィティの描写がイマイチ伝わりにくく、題材であるグラフィティと読み手との距離が縮まらなかったです。このあたりはちょっと残念でしたね。


 ただこれは作者さんの書き方が悪いわけではありません。新人作家だからという話ではなく、売れっ子のプロ作家であっても似たような感じになったかと思います。



 グラフィティはあくまで絵なのでビジュアル的な作品となります。一方小説は文章によって構成された文字媒体の作品になります。ということは小説で描く以上ビジュアルを言語化しなければならないのです。



 たとえば有名絵画の『モナリザ』を「女性の手が――」と全部言葉で説明したとしても、『モナリザ』を一目見たときの印象をそのまま再現することは不可能です。



 別の作品でたとえると葛飾北斎の『富嶽三十六景』を言語化しようとする。「大きな波があって――」とか「真ん中に富士山があって――」などといった表現になるかと思いますが、仮に『富嶽三十六景』のタイトルを伏せたまま「波が――」「富士山が――」と言われても、『富嶽三十六景』をそのままイメージすることはできないかと思います。



 そういった観点から、まさに小説の限界に直面した作品、という印象を読後に抱きましたね。作中に登場するグラフィティにおいて挿絵になっているものは問題ないのですが、挿絵になっていないものに関してはうまくイメージできませんでした。とくにクライマックスシーンとかの重要なグラフィティほど挿絵になっていないので、イマイチ盛り上がりに欠けてしまう感じでした。





 ですが登場人物のキャラクター性やドラマ性は素晴らしいものがありライトノベルとして面白いので、そういう意味であれば漫画などのビジュアル的な物語媒体との相性は抜群だと感じました。



 という事情から、この作品のコミカライズを密かに期待しています。




 まあメディアミックスに強い電撃文庫ですから、作品がシリーズ化すればおのずとコミカライズするかと思いますけどね。コミカライズした際にもう一度楽しみたいと思います。










 という感じで、今回は電撃大賞受賞作品 『オーバーライト ――ブリストルのゴースト』でした。







 ちなみにですけど、クソ百合厨の自分としてはブーディシアとララの絡みをもっと見たいです。






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