【小説】『最後にして最初のアイドル』を紹介。ハヤカワSFコンテスト史上最大の問題作! 伝説を作り続けた衝撃のデビュー作

2018年12月15日




 前回は第6回ハヤカワSFコンテスト優秀賞を受賞した『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』について書きましたが、しかしハヤカワSFコンテスト受賞作品を語るうえで避けては通れない作品があります。それは第4回で特別賞を受賞した『最後にして最初のアイドル』(著者;草野 原々)です。



 ハヤカワSFコンテストの応募経緯がすでに伝説となっており、また同賞の選考でも伝説を作り、そして受賞後も様々な賞に選ばれ新たな伝説を生み出し続けているこの怪作を、今回は語りたいと思います。





『最後にして最初のアイドル』


 著者:草野 原々



 あらすじ(Amazon電子書籍版から抜粋)

 時はアイドル戦国時代。生後6か月でアイドルオタクになった古月みかは、高校のアイドル部で出会った新園眞織とともに宇宙一のアイドルになることを目指す。しかし非情な現実が彼女の望みを打ち砕くのだった。それから数年後、謎の巨大太陽フレアが発生。地球人類は滅亡の危機に陥る。地獄のような世界をサヴァイヴする彼女たちが目にした、〈アイドル〉の最終局面とは? 著者自らが「実存主義的ワイドスクリーン百合バロックプロレタリアートアイドルハードSF」と名付ける、最終選考会に嵐を巻き起こしたSFコンテスト史上最大の問題作。





 それでは、



・伝説その1 


 元 々 は ラ ブ ラ イ ブ ! の 二 次 創 作 だ っ た !



 第4回ハヤカワSFコンテストに応募された『最後にして最初のアイドル』は、元々は超有名アイドルアニメ『ラブライブ!』の二次創作小説だった作品を、オリジナル作品として改題改稿したものでした。初出は2015年の『ラブライブ!』オンリーイベントに出された同人誌のようです。それが歴史と伝統のある早川書房の新人賞を受賞したものですから、「ハヤカワが『ラブライブ!』の二次創作を受賞させた!!」とネット上では騒然としました。


 ちなみに原題は『最後にして最初の矢澤』でして、所謂矢澤にこ×西木野真姫にこまき同人作品です。それは改稿され出版された『最後にして最初のアイドル』を読んでもその残滓を感じ取ることができます。

 また所詮『ラブライブ!』の二次創作とは思えない、本格的なハードSFであることに驚きを隠せません。これ『ラブライブ!』のにこまきですよね……? たとえ同人の二次創作であろうとも高いクオリティのゴリゴリなSFをぶちかますその様に、作者である草野氏の特異性が見て取れると思います。







・伝説その2


 賛 否 両 論 と な っ た 最 終 選 考 !



 二次創作作品『最後にして最初の矢澤』改めオリジナル作品『最後にして最初のアイドル』は、第4回ハヤカワSFコンテストの最終選考に残りました。最終選考の審査員は作家の東浩紀、小川一水、神林長平、そしてSFマガジン編集長の塩澤快浩です。(敬称略)


 書籍化された受賞作品の最後にコンテストでの全体選評が掲載されていますが(掲載されているのは、優秀賞を受賞した『世界の終わりの壁際で』及び『ヒュレーの海』)、その選評での評価は以下の通り。(選評から一部抜粋)



 東浩紀氏

「いわゆるバカSFだが、文章のテンポがよく楽しく読ませる。宇宙論やニューラルネットワークなどの設定も魅力的で、巷のアイドル論への痛烈な皮肉も効き、多才を感じさせる」

 とのことで、最終選考において最高点をつけたそうです。



 小川一水氏

「美少女が聖なる怪物と化す話は昔からあるが、その人生を地球環境の崩壊や壮大な宇宙進出と一体化させて、とことんまで描いたこの話は、まぎれもなく今回のどの作品よりもSFだった」

「ネット上で爛熟しきったアイドル文化の土壌から、SFの蔓で栄養を吸い取って咲いた徒花であるが、そういう乱暴なことをやるのもまたこのジャンルの特質だということを思い出させられた」

 と、こちらも好印象の様子です(ただし文章については否定的でした)。



 一方で、


 神林長平氏

 はじめに「小説という創作物である以上は、小説としての完成度や出来はどうかという評価をないがしろにすることはできない」と前置きし、

「物語や描写、アイデアといった各要素はすごくいいのだが全体を見れば不完全だ。たとえてみれば各要素は精密に加工されていて魅力的なのに、それらの組み上げ方が下手なのでぎこちない動きしかしない、そこは使い手になんとかしてもらおうという不出来な機械のようなものだ」とし、最後には、

「正直、本作が最終選考の場にあるのはなにかの間違いではないかとぼくは思った」

 と、かなり厳しい評価でした。



 最後に


 塩澤快浩氏

「アイドル志望の女子二人の日常を描く前半三分の一は文芸作品として最低レベルだが、後半の宇宙レベルでのエスカレーションが始まってから持ち直した」

 とのこと。評価自体は高得点だったもののコメントが辛辣です。




 このように、評価されつつも否定的な意見も飛び交ったのが応募作『最後にして最初のアイドル』でした。……というか、選考で「最終選考の場にあるのはなにかの間違いでは」や「文芸作品として最低レベル」など、いくら新人賞でもこのようなコメントが出てくるのはなかなかないと思われます。そういう意味でも問題作だったようです。


(ちなみに第4回では、『世界の終わりの壁際で』と『ヒュレーの海』のどちらを大賞にするかで意見が真っ二つとなり、最終的に大賞は該当なしで優秀賞を二作品というかたちにするという、『最後にして最初のアイドル』以外でも賛否両論の選考だったそうですが、これはまた別のお話)




 そうして賛否両論の選考の末、『最後にして最初のアイドル』は特別賞を受賞しました。



 ちなみに、改めて言いますが、


『 ラ ブ ラ イ ブ ! 』 の 二 次 創 作 の 改 稿 作 品 で す !







・伝説その3


 デ ビ ュ ー 作 で 星 雲 賞 受 賞 !



 日本で最も歴史のあるSF賞である「星雲賞」。第1回は1970年に開催され、もうすぐ50回の節目を迎えます。


 そんな名誉ある賞ですが、『最後にして最初のアイドル』は第48回星雲賞の日本短編部門の参考候補作に選ばれ、そしてそのまま受賞してしまいました!


 デビュー作でノミネートするのもすごいですが、まさか受賞してしまうとは……恐れ入った。



 ちなみにデビュー作で星雲賞受賞は、第6回星雲賞にて『神狩り』(著者:山田 正紀)が受賞して以来、実に42となりました。




 しつこく言いますが、この作品は、


『 ラ ブ ラ イ ブ ! 』 の 二 次 創 作 の 改 稿 作 品 で す !







・伝説その4


 日 本 S F 大 賞 ノ ミ ネ ー ト ! 



 その後も第27回暗黒星雲賞(ゲスト部門)や第16回センス・オブ・ジェンダー賞(未来にはばたけアイドル賞)を受賞した『最後にして最初のアイドル』ですが、ついに日本SF大賞にもノミネートしました! というか、これ昨日(2018年12月14日)の話です。


 昨日SF大賞のTwitterにて、第39回日本SF大賞の最終候補作が発表されました。

(発表ツイート:https://twitter.com/SFawardentry/status/1073502878222901248)



 この日本SF大賞ですが、第1回が1980年に開催され、星雲賞やハヤカワSFコンテスト(1961年開催で途中92年で中断し、2012年に第1回からの開始で復活)と並び、伝統あるSF賞となります。



 日本SF大賞は9月1日から翌8月31日までの一年間に発表された作品が対象ですが、あれ? 『最後にして最初のアイドル』って今年だっけ? と思いました。


 ハヤカワSFコンテストの受賞作として電子書籍で出版されたのが16年11月。その後なぜか『伊藤計劃トリビュート2』(早川書房)に収録されてはじめて紙媒体に掲載されたのが17年1月。今年じゃないような……と思いましたが、違いました。


 というのも、今年18年1月に、ガチャが得意なフレンズたちが宇宙創世の真理へ驀進する『エヴォリューションがーるず』と、声優たちが銀河を大暴れする書き下ろし声優スペースオペラ『暗黒声優』を収録した作品集『最後にして最初のアイドル』をハヤカワ文庫JAから出版していました。うん、今年だった。普通に買って読んだのに気づきませんでした。



 もしかしたら、デビュー作でハヤカワSFコンテスト、星雲賞、そして日本SF大賞と、歴史あるSF賞を三冠してしまうかもしれません! すごいというか、お、恐ろしい新人作家さんです。




 再三にわたり言いますが、この作品、


『 ラ ブ ラ イ ブ ! 』 の 二 次 創 作 の 改 稿 作 品 で す !








 という感じで、最初は『ラブライブ!』の二次創作だった『最後にして最初のアイドル』(著者:草野 原々)は、様々な伝説を作り、そして今もなお作り続けているのです。



 そして草野原々作品によって新しい時代が到来しているといってもいいでしょう。2000年代後期に伊藤計劃が登場したことで、日本のSFは「伊藤計劃以前」と「伊藤計劃以後」とはっきりと時代が区分されました。しかし来年で伊藤計劃没後十年の年を迎える今、「伊藤計劃以後」という一つの時代は終焉を迎えています(さすがに十年もあればどんなジャンルのどんな時代でも終わると思います)。


 そこにきて登場したのが草野原々という作家です。草野原々作品の特徴は、科学的な考証を用いた高度なハードSFに、冗談的に面白おかしく描くバカSFを融合させた作風です。


 またSFに、アイドルやソシャゲ、さらには声優ネタなどといった、これまでSFとはあまり関わりがなかったジャンルを混ぜ込むといった手法を取っています。


 つまりはハードSF×バカSF、SF×サブカルチャーというのが草野原々作品です。



 この流れは、前回紹介しました『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』にも通じる面があると思います。こちらもSF×童話という、これまでのSFとは違う要素を取り込んでいます。


 また近年では各方面で百合ブームが加速していると感じていますが、その百合ブームに乗っかっているSF作品が『裏世界ピクニック』(著者:宮澤伊織)でしょう。SFと百合を混ぜた作風は以前から多くありますが(それこそ伊藤計劃の遺作『ハーモニー』も百合作品でもあります)、しかし最初から明確に百合作品として売り出している点としては、『裏世界ピクニック』はそれまでのSFとは違った要素が含まれていると思います。また『裏世界ピクニック』はネットロアをモチーフにしていますので、SF×ネットロアという他ジャンルを混ぜたSFでもありますね。


(個人的には、『裏世界ピクニック』は百合というより女性二人のバディもののように感じられましたし、なによりSFというよりは本格ホラーの色の方が強いような気がします)



 おそらく出版時期的な偶然もあると思いますが、しかしSF×○○という作風の起点となっているのが、まさに『最後にして最初のアイドル』ではないでしょうか。他ジャンルを巻き込んだ「SF×○○」がこれからのSFのトレンドではないでしょうか。



 ……というより、『最後にして最初のアイドル』は元々矢澤にこ×西木野真姫にこまきですから、こちらも百合作品でもありますね。つまりはSF×○○だけじゃなく、純粋に百合SFのブームが来ているのでは!? そう言えばこの前、宮澤伊織&草野原々の百合対談とかいう危険な企画やっていたようないなかったような……。


 そしてダメ押しとして、今月発売になるSFマガジンの最新号の特集が「百合」でして、すでに予約分で完売しているそうです。





 と、そんなこんなで、伊藤計劃以後という時代の後に颯爽と登場し、「SF×○○」や「百合SF」という新しい時代をもたらしたのが草野原々という作家さん、というのが私の個人的な印象です。



 これから草野氏がどのような活動をされるのか、そしてSFの新しい時代がどのような流れとなっていくのか、いち読者ファンとして見守っていきたいです。








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19年5月3日公開

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