シャボン玉、咲いた

 あれから図書館に行くようになった。古い図書館でいまだに紙の本を貸し出していて、いつなくなるか分からないけど。あのとき女の人は子どもが読みそうな絵本を手に取っていたのが意外だった。

 女の人はあのあと一度だけお店に来てサボテンの植木鉢を置いていった。世話をしなくてもいいから買ったらしいけど、花が咲かないから貰ってほしいそうだ。

 でもそれは嘘だと思う。女の人はとても調子が悪そうで倒れてしまいそうだった。病院に行くかして、しばらく帰って来れないから代わりに見ていてほしいのだと思った。もしかしたらもう会えない気がした。

 だから花が咲いたら見に来てほしいとお願いした。店主の人はいなかったけど、それを条件にお店に置くことにした。来てくれるかは分からないけど、女の人はお店を見回してから寂しそうに笑って「そうだね」と言った。

 それからしばらくたつけど、まだあの女の人は来ていない。

 

 ある日、一人のお婆さんがお店に来た。

 店主の人の知り合いらしい。お婆さんは覚えていないようだったけど、店主の人は驚いたように感謝の言葉を何度も繰り返していた。

 なんでも随分昔にお金を従業員に持ち逃げされてお店が潰れそうになったとき、自棄やけになって全財産を持ってカジノに行ったら大当たりをさせてくれたらしい。

 お婆さんは店主の人をなだめるように言った。

「あんたは右向きに幸運を運ぶ努力をしてきた。だからこの店がここにあるんだろ。どいつも偶然の幸運に足元を掬われるやつばかりで、このシティでそれができるやつはなかなかいない。カジノに成功を求めてくる人間の九割九分がそれさ。あぶく銭で欲望に溺れちまって気づけば左向きの回転から逃れられなくなる。そうしていると自分は幸せになっちゃいけない人間なんだって気分になっちまう」

 お婆さんは店内を見回しながら言葉を続けた。

「そんな中でこうやって自分の物を保ち続けているあんたのやっていることは、一度の偶然ジャックポットなんかより、よっぽど価値のあることさ」

 お婆さんは一瞬、目を合わせたと思ったら少しだけ微笑んだ。

「あたしが大昔に仕事でやったことをこんな婆さんになるまで覚えている暇があるんだったら、あんたが今までやってきたことを誰かに教えてやりな」

 それからお婆さんの孫自慢が始まった。今日はそのお孫さんの学校の卒業式に着ていく服のために来たらしい。幸せになるために毎日頑張っているお孫さんと言っていた。


 あの女の人は世話をしなくていいと言っていたけど、図書館で借りた本によるとちゃんと育てないと花が咲かないようだった。羽毛のような白い棘に包まれた丸いサボテンはどうやら羽根サボテンと言うらしい。それはシャボン玉に似ていた。

 ボクは、サボテンが咲いているお店の中から鏡越しに街を眺める。

 ラジオから聴こえる野球は七回になって、あのメロディが流れている。

 

 

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blow bubbles bomb 源條悟 @jyougominamoto

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