――――

Encore

 誰もいない校舎。物音ひとつせず、まるでこの世界には僕達しかいないのではないのかと錯覚してしまうほど閉ざされていた。

 この校舎の外はとても広いことを知っているのに。この海の向こうにはまだ見ぬ場所があるということを知っているのに。それでも、今だけはこの閉ざされた小さな場所に留まることを許してほしい。

 閉校式を終えた後、僕は彼女のお願いを一つ聞き、一緒に学校の音楽室に足を運んでいた。

 花束のお礼がしたい。僕がそう言うと、彼女は「じゃあ、一つやって欲しいことがあるの」と、閉校式が終わり、皆がいなくなった後、僕は彼女と共に校舎を見て回った。

 この校舎をこうして歩きまわることが出来るのはこれが本当に最後だから。だから、最後にこれでもかという位、心の奥底に仕舞っておきたいと、彼女はそう言った。

 昔のこと。最近のこと。あった事。話したこと。そう言ったものを思い出して、語りながら僕達は校舎を歩き回った。

 彼女は最後に「音楽室に行きたいの」と言って僕を音楽室へ導いた。

 やって欲しいことが一つ。花束のお礼がしたいのなら、それがいい。

 彼女は音楽室に入ると、ピアノを開けて一つの楽譜を僕に手渡してきた。

 その楽譜を僕は知っている。だって、それは。


「中学を卒業した時にね、信世君とも話をしたくてさ、きっと音楽室にいるんだろうなって思って来てみたんだけどいなかったんだ。でね、ゴミ箱にクシャクシャになった楽譜が捨てられてたのを見つけたの」


 クシャクシャになった楽譜。皺が出来たとても古い楽譜。それは、僕が作ったもう一つの楽譜で、あの日捨てた楽譜だった。


「これを弾いて欲しいの」


 彼女はそう言って僕に楽譜を渡し、子供の時と同じようにピアノの傍で頬杖をつく。

 捨てたはずだった。そんなものは捨てたはずだったのだ。

 でも、彼女から求められれば断ることなんて出来るはずもない。

 いつか見た夢の続きを。

 子供の頃に過ごした時間を。

 古いアルバムをめくるかのように。

 伝えることの出来なかった思いと共に。

 僕は彼女からのアンコールに答えた。

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未来への手紙 青空奏佑 @kanau_aozora

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