5-5
「それでは、埋めますね」
閉校式が終わった後、僕達はグラウンドの松の木の下に集まっていた。閉校式にやって来た大勢の人達の手紙が仕舞われた複数の大きいタイムカプセルは、地中深くに置かれ、土を被って長い眠りにつく。
誰かが「十年後か」と呟くと、誰かが「長いわね」だとか「あっという間さ」なんて答えていて、各々散って行った。
これで、閉校式で行う予定だったすべてのことが終わった。さよならを伝えるための式は、ついに終わったのだ。
「信世君」
ふと、そんな声が聞こえて後ろを振り返る。すると、そこには花束を持った彼女の姿と、北川先生、鳴海、両親、立花さんや晴君、琴音さんの姿がある。
「信世君も、お疲れさまでした」
僕達だけしかいなくなったグラウンドで、僕のために拍手が起こる。彼女が僕の近くに寄って来て、スイートピーの花束を僕に渡してくれた。その花束には複数の手紙も寄せられている。
「これって?」
「私が皆に話をしてね。信世君にも花束を上げようって。だって、閉校式でピアノを弾いてくれたんだし、タイムカプセルを埋めようって提案してくれたのも信世君だから。そのお礼です」
彼女の後方。そちらに目を向けると、立花さんがカメラを構え「ほら、笑えって」なんて言ってシャッターを切る。それから、晴君と琴音さんが駆け寄って来て「ピアノ、凄かった!」なんてその場で飛び跳ねるのだ。
「えっと、ありがとう。どうしよう、僕、何も返すもの用意してないんだけど……」
正直泣きそうだった。もしかしたら実際に泣いているのかもしれない。こんなにも体の奥から暖かくなったのは経験が無くて、この熱のはけ口が分からない。
「大丈夫ですよ。代わりに演奏を私たちはもらいましたから」と、北川先生は笑ってくれて、鳴海も「おう。良かったぜ」と親指を立て、両親は「おばあちゃんにも届いたと思うよ」と、そう言ってくれた。
どうしよう。本当に、どうしようか。花束を見つめて、「ああ、本当に終わったのだ」と、僕とピアノとの日々は、ついに終わりを迎えてしまったのだと、その事実が足元からじんわりと染み込んでくる。
これまでの事を思い起こすと、それはとても苦しいものだった。楽しいと思えたこともあったけれど、苦しんだ時間の方が圧倒的に多かった。
これからの事を考えると。それは深海にでも落ちて行くようで、上にも下にも、右にも左にも進めるけれど、目印となる光のようなものは一切ない。
それでも、音だけは常にあって、今もまだこれまでに弾いてきた曲、聞いてきた曲は僕の中にある。
「ほら、皆で写真撮ろう」
立花さんはてきぱきと脚立を立ててカメラをセットし、鳴海が僕の肩に手を回してくる。そうして「ほら、泣いてんじゃあねえよ」なんて、子供の頃のように彼は僕をからかうのだ。
僕を中心に、左には鳴海、右には彼女。後ろには両親と北川先生がいて、僕のすぐ前に座った晴君と琴音さんは二人そろってピースをしている。
「それじゃあ、撮るよ」
立花さんはそう言って彼女の横に駆け寄って、笑って見せる。
三月の、別れの季節。僕の周りにはこんなにも僕のことを知ってくれている人がいて、泣くなと言われてもそれは無理だ。
今抱いている感情は、きっと写真に残ることはないけれど、きっと写真が僕の中に残った今の感情を教えてくれる。
今を切り取って、これから先も持ち運ぶことが出来るように。
シャッターが落ちた。
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