第21話 プロローグめいたエピローグ

 ――お気に入りの少女を自分の管理する世界に送った後。ボクは少女から託された願いを叶えるために、とある少女の精神体を呼び出した。


「…………ここは、どこ? 私は……どうしてこんなところに」 

「ここはボクの支配する空間。そしてキミは、ボクが呼び出したんだよ」

「――誰ですか!?」

「ボクは、キミ達のいう神様だよ」

「……神、様?」

 少女は意味が分からないという顔をする。

 この辺りの反応は、だいたいみんな同じだよねと苦笑いを浮かべつつ、自分が異世界の管理神であることを少女に語って聞かせた。



「……貴方が神様だとして、どうして私が呼び出されたんですか?」

「覚えてないかい? キミは車に轢かれたんだ」

「車に……轢かれた?」

 少女は小首をかしげた――が、その顔が徐々に青ざめていく。いままさに、死ぬ間際の記憶を思い出しているのだろう。


「あ……あぁ、そうだ。私はたしか、車道に飛び出して」

「そうだ。そしてキミは車に轢かれて、いまは意識不明の重体。このまま死ぬ運命――だったんだけど、心優しい女の子が、キミを救って欲しいと頼んできたんだ」

「心優しい女の子?」

「覚えてないかい? 轢かれそうになったキミを、庇った女の子だよ」

「……咲夜さん!?」

「おや、キミ達は知り合いだったのかい?」


 もちろん、心を覗けば分かることなのだけど、ボクはあえて問いかけた。乙女の心を軽々しく覗かない――と、律儀に約束を守る理由はないんだけどさ。


「まえに、バスの中で困っていたときに、咲夜さんが助けてくれたんです。というか、咲夜さんがお願いをしたって……咲夜さんはどうなったんですか!?」

「死んだよ。キミと違って即死だった」

「そん、な……っ」

 彼女は膝からくずおれた。


「心配しなくても、既に異世界に転生されているから大丈夫だよ」

「どういう、ことですか?」


 ボクは首を傾げる彼女に、サクヤが異世界に転生する権利を得ていたこと。そして、転生の特典として得た三つの願いのうち一つを使って、キミを生き返らせるように頼んできたことを教えてあげた。


「私……生き返るんですか?」

「キミは奇跡の生還を遂げる予定だ。しばらくはリハビリが必要だとは思うけどね」

「リハビリ……ですか?」

「キミは本当なら死んでいるほどの大怪我だ。頑張れば完治するようにはしておいてあげるけど、そのくらいは我慢して欲しいね」

「えっと……はい」

「なんにしても、サクヤが救ってくれた命だ。命を大切に生きることをお勧めするよ」


 ボクはそう言って、彼女の精神体をもとの身体に送り返そうとする。彼女がそれを受け入れれば、すぐにでも戻ったはずなのだけど……


「……どうしたんだい?」

 彼女の精神体は、この空間に留まった。


「あの、神様にお願いがあります。凄く、凄く、身勝手なお願いなんですけど」

「……キミのことは、サクヤにお願いされているからね。話くらいは聞いてあげよう。なにをお願いしたいのか言ってごらん」

「なら、私を咲夜さんと同じ世界に転生させてください」


 少しだけ予想外の――だけど、ある意味では予想通り願い。ボクはその願いを叶えることのメリットとデメリットを思い浮かべた。

 ……いや、サクヤによろしく頼まれている以上、断るつもりはないのだけれど。


「良いのかい? 魔術はあるけれど、文明は中世のヨーロッパくらい。現代の日本とは比べものにならないくらい住みにくい世界だよ?」

「それならなおさらです。咲夜さんが異世界に行くのは私のせいなのに、そんな世界で一人になんて出来ません」

「なるほどね。……良いだろう。その願いを叶えてあげよう。もちろん、異世界転生の特典である、三つの願いも叶えてあげよう」

「……願いを叶える、ですか?」

「ああ、大抵の願いは叶えられる」

「じゃあ、咲夜さんを生き返らせてください」

「それは無理だ。既に生まれ変わっている人間を生き返らせることは出来ない」

「そう、ですか……」


 しゅんとうなだれる。

 サクヤと同じ願いをする当たり、似たもの同士なのかも知れない。


「他に願いはないのかい?」

「じゃあ……咲夜さんの望んでることってなんですか?」

「あの子の望み? そうだな……失った家族を取り戻すこと、かな。――先に言っておくけど、サクヤの家族は既に生まれ変わっているよ」

 だから、生き返らせることは出来ないと釘を刺しておく。


「……なら、私はなにも出来ないんでしょうか?」

「それはキミ次第だ」

「私次第……ですか?」

「ああ。その気になれば、キミが家族になることだって出来るはずだ」

「……私が、咲夜さんの家族に?」

「ああ。家族はなにも、血の繋がった相手だけじゃないからね」


 サクヤが探し求めているのは二年前に事故で失った家族。だけど、そうして失った心の隙間を埋めるのは、血の繋がった家族とは限らない。


「そ、それはつまり、わ、私と咲夜さんがこ、恋人同士になると言うことですか?」

「……ん? いや、別にそういう訳では」

「分かりました。私、咲夜さんの恋人になって、心の隙間を埋めて見せます!」

「いや、別に恋人同士になれと言った訳じゃないんだけど……というか、女の子同士だろ?」

「それがなんだって言うんですか! 咲夜さんは二度も私を救ってくれた素敵な人です。だから、性別の壁だって、愛の翼で飛び越えて見せますっ!」

「あぁ……うん、頑張って」


 壁を愛の翼で飛び越えるって、ロミオとジュリエットか――なんて突っ込みはしない。

 色々思うところはあるけれど、女の子に迫られて焦るサクヤを見てみたいと思ったので、好きにすれば良いよと焚きつけて――じゃなかった、頷いておく。


「じゃあ、三つの願いが決まりました!」

「良いだろう、言ってごらん」

「まず一つ目は、咲夜さんと必ず会えるようにしてください」

「うん、問題ないよ」

 転生先を同じ街にして、必ず巡り会えるように運命づける。


「でもって二つ目は、あたしと咲夜さんのあいだで、子供を作れるようにしてください」

「……あぁ~それは、つまり、キミを男にして欲しいと?」

「違います。女の子同士のまま、子供を授かれるようにして欲しいんです」

「出来なくはないけど……強制的な能力にはしないよ? お互いがお互いを受け入れたときしか出来ないようにしておくからね?」

「もちろんです。咲夜さんの嫌がることなんて絶対にしませんから。その代わり、咲夜さんが受け入れてくれたら、一杯一杯頑張っちゃいます」

「……まぁ、良いよ。うん、その願いも聞き入れよう」


 現代の地球でも、男性同士のあいだで子供を作る技術は発見されている。女性同士の場合は不可能と言われているけど、神であるボクにとっては難しくない。

 ということで、女の子同士でも子供を持つくれる能力を与える。


「それで三つ目のお願いですけど……転生するのは三年前にしてください」

「……うん? どういうことだい?」

「咲夜さんの方が先に転生してるんですよね? それじゃ、私が咲夜さんを助けられません。先に転生して、咲夜さんの居場所を用意してあげたいんです」

「うぅん、別にかまわないけど……それだとキミ、特別な能力がなにもないことになるよ?」

「大丈夫です」

「大丈夫って……」

 なにを根拠にと呆れる。

 だけど、それはボクが彼女の覚悟を見誤っていただけだった。


「だって、三年後に、咲夜さんと必ず会えるんですよね?」

「あぁ……なるほど。たしかにそうだね。その願いを叶える以上、キミはサクヤに会うまで死ぬことはないね。……でも、死なないだけだよ?」

「死ぬ気でなんとかするから大丈夫です。私は死ぬ気で頑張って頑張って頑張って、そして咲夜さんと巡り逢って、必ず家族になって見せます」

「……分かった。キミの覚悟はたしかに受け取ったよ。それじゃ、キミの言うとおり、三つの願いを叶えて、キミを三年前の異世界に転生させよう」

「……ありがとうございます、神様」

「どういたしまして」

 ボクは異世界に転生させる手続きを開始した。彼女が淡い光に包まれ、その姿が薄れていく。そんな彼女に向け、ボクはお別れの言葉を継げる。


「幸せな異世界ライフをおくれることを祈っているよ、悠里」

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