第20話 JKサクヤは異世界で絆を手に入れる 3
それから数日。ユーリはベッドで安静にしている。
先に元気になったあたしは、ミーシャがウェイトレスの仕事がない時間帯に一緒に魔獣を狩ったり、更にはウェイトレスの仕事をこなしたりして過ごしていた。
そんなある日の朝。
すっかり元気になったユーリがあたしに魔獣退治のお誘いをしてきた。
「魔獣退治はかまわないけど……身体はもう大丈夫なの?」
「ええ。サクヤが毎日治癒魔術を使ってくれたおかげで、完全に治ったわ。普通だったら一ヶ月くらいは復帰できなかったと思うから、本当に感謝しているわ」
「ユーリに恩返し出来たのなら嬉しいよ」
自分は初心者だから、魔術の効果も対したことがないと思い込んでいた。
だけど、どうやらそうじゃなかったらしい。
神様のくれた恵まれた身体っていうのは、どうやら才能に恵まれているみたいで、魔力量もずば抜けているらしい。
ついでに言えば、この世界の魔術はイメージが重要――なんだけど、みんなが思い浮かべるのって、『傷よ治れ~』とか、『身体能力よ上がれ~』とか、そんな感じなんだよね。
でもあたしは、そんな彼らと比べるとずっと詳細なイメージを思い浮かべている。どうやらそのイメージの差が、効果に現れているみたいだ。
まあ、それはともかく。
「魔獣の退治って……このあいだユーリが失敗した奴?」
「いいえ。今回はいつもの森に入るだけの予定よ。……ダメ、かしら?」
なぜか、ユーリが捨てられた子犬のような顔をする。
「無理するつもりがないならかまわないよ。というか、喜んで」
「ホント? あと、出来ればミーシャっていう娘とも一緒に行ってみたいんだけど」
「ミーシャも? たぶん大丈夫だと思うけど」
あたしはミーシャの今日の予定を思い浮かべながら答えた。
そんなこんなで、あたし達はギルドでミーシャと合流。森のそこそこ深いところまでやって来たのだけど――
「こりゃすげぇ! 魔獣が雑魚みたいだっ」
「超弩級な初級魔術、ですわっ!」
「はぁ……これは凄いわね」
あたしの強化魔術を受けたジーク、フィーリア、フランセットがブラックボアを相手に無双している。
なんか、ギルドで出くわしたら、面白そうだからとついてきてしまったのだ。
いや、別にそれはユーリやミーシャの了解を得ているからかまわないんだけど……いくらなんでもはしゃぎすぎだと思う。
なんでも、普通の強化魔術は身体能力が二、三割増しとかくらいなんだけど、あたしの強化魔術は様々な能力が二倍くらいになっているらしい。
だから、はしゃぎたくなるのは分かる。分かるんだけど……
「あ、あれ、なんだ、急に足が重くなって……」
「な、なんですのこれ、ふらふらしてきましたわ」
ジークとフィーリアの動きが目に見えて鈍り始めた。
「……それ、スタミナ切れと魔力切れだと思うよ」
最初に言ったじゃない……と、あたしはため息をつく。
「ちょ、ヤバイ。ブラックボアがこっちに」
「わ、私の方にも突進してきますわっ」
フランセットはまだ余裕がありそうだけど、二人を助けるには届かない。
ということで二人は大ピンチなのだけど――
「こっちは、ボクがやっつけるよ!」
「なら、私はこちらだっ!」
あたしの両脇から、ミーシャとユーリが飛び出していく。
「「はあああああっ!」」
二人同時におのおのの武器を振るう。
その一撃で、二人は同時にブラックボアを撃破した。
こうしてみると、ユーリだけじゃなくてミーシャも凄い。無駄に動いていないというのもあるんだろうけど、あたしの強化魔術を使っていてもスタミナ切れを起こさないのだ。
やっぱり、元が鍛えてると違うんだろうなぁ。
――と、そんなことを考えながら見守っていると、ユーリ達が解体を始める。最初は直視できなかったんだけど、最近は少し余裕が出てきたので解体風景を眺める。
でもって、それを見て気付く。
ユーリやミーシャは倒した魔獣をそのまま解体しているのだ。
「ねぇねぇ、血抜きってしないの?」
あたしがなんとなしに尋ねると、ミーシャがこてりと首を傾げた。
「サクヤお姉ちゃん、血抜きってなに? そういうスキルの名前?」
「そういうスキルがあるかは知らないけど……肉を解体する前に、血抜きをすると、お肉の味が全然違うって聞いたことがあるんだけど」
「なにそれ、そんな凄い技術があるの!?」
ミーシャが教えて教えてと食いついてくる。というか、両手が血塗れの状態で詰め寄ってくるのは恐いから止めて欲しい。
ってことで、あたしは伸ばした腕をつっかえ棒にして、ミーシャの接近を押しとどめる。
「その反応、血抜きのことは知られてないんだね」
いまにして思えば、お肉にはクセというか臭みがあった。そっか……あれ、血抜きをしてないから、あんな味だったんだ。
「ねぇねぇ、血抜きをしたら味が変わるってどういうこと?」
「えっとねぇ。たしか……切り傷から血液中に雑菌が入るんだよ。で、動物が死んで体温が少し下がると、雑菌が爆発的に増えていって血なまぐさくなるの」
あたしは記憶を掘り起こしながら答える。
「なら、倒してすぐに血抜きをすれば良いってこと?」
「うん。たしか……理想は、生きてるうちにぶら下げて血抜きするのが良いんだったかな?」
「ボク、新しい魔獣を探してくるっ!」
言うが早いか、ミーシャは物凄い勢いで茂みへと飛び込んでいった。
元気だなぁ……なんて、ミーシャはいままで生きるのが精一杯って生活だったみたいだから、美味しいものを食べたいって欲求を持つのは良い傾向だろう。
あたしは念のためにと、ユーリに視線を向けた。
「私はさっき倒した魔獣の血抜きをしてみよう」
「……じゃあ、お願い」
あたしがお願いしたかったのは、ミーシャのサポートだったんだけど……まあ、この辺りなら、いつも二人で狩りに来てる場所だし大丈夫かな。
なんて思いながら見ていると、ちょっぴりフラフラしたフィーリアが寄ってきた。
「フィーリア、身体は大丈夫?」
「ええ……ちょっと魔力を使いすぎただけですから、しばらく休めば治るはずですわ。それよりもサクヤ。さっき、切り傷から雑菌が入るって言いましたわよね?」
「うん、言ったよ。その雑菌が増殖して血なまぐさくなるって」
「なら、傷をつけずに倒した場合はどうなるんですよ?」
「あぁ……そうだね。魔獣の種類にもよるかも知れないけど、普通は血なまぐさくならないはずだよ。あたしも詳しく知らないけど、そんな料理があったと思う」
窒息死させた鳥を血抜きせずに燻製にする料理があると聞いたことがある。凝固した血でお肉が黒ずむんだけど、物凄く薫り高くなるらしい。
「あとは……そうそう。一気に冷やしちゃえば血なまぐさくならない、かな」
「冷やす……ですか?」
「うん。雑菌が増殖するのは三十度前後……体温が少し下がったときだけだからね」
中世のヨーロッパがベースとなっている世界だと神様が言っていたので、その辺りのあれこれも地球と変わらないだろう。
ちゃんと確認した訳じゃないから、断言は出来ないけど。
「冷やす、ですか」
フィーリアがいきなり膝をついて四つん這いになった。
「――って、いきなりどうしたの?」
「わたくしに、わたくしに魔力が残っていれば、あの魔獣を冷やせましたのにっ」
「どれだけ食に貪欲なんだよ……」
あたしは思わず呆れてしまった。
でも、分からなくもない――というか、あたしも美味しいお肉が食べたい。という訳で、あたしは血抜きをしているユーリの元に歩み寄った。
「……どうしたの、サクヤ。こういうのを見るのって苦手だったんじゃないの?」
「まぁ、そうなんだけどさ。ちょっと試してみたいことがあって」
あたしはブラックボアの側に膝をついて、両手をかざした。
「……サクヤ? 貴方は治癒魔術と強化魔術しか使えないんでしょ?」
「そうなんだけどさ」
あたしは全属性の適性があるくせに、魔術を使用するスキルがほとんどない。
だけど――と、あたしはブラックボアの周囲に真空の膜を作り上げ、水蒸気を使って気化熱を放射させ、それを外部へと排出るというイメージを浮かべて魔力を練り上げた。
ほどなく、周囲の温度が少しだけ上がったように感じられる。あたしの魔術が発動して、ブラックボアから熱を奪っている証拠だ。
「……どういうこと? サクヤはいつの間に氷の魔術を使えるようになったの?」
「たったいま、だよ。といっても、まともに使えるかは微妙だけどね」
治癒魔術や強化魔術に比べて、明らかに効率が悪い。
これはあたしの予想だけど、スキルはイメージの補助をするのだろう。だから、スキルがあれば、いいかげんなイメージでも魔術が発動する。
スキルがない場合は、具体的なイメージをしても魔術の効果が低い――ってこと。それが正解かは分からないけど、使えたんだから問題ない。
そんなこんなで、あたし達は綺麗に血抜きをしたお肉を確保して帰還。
そして――
「わふうううっ! このお肉、物凄く美味しいよっ!」
あたし達は酒場にお肉を持ち込んでの焼き肉パーティーを開催していた。
なぜこんなことになったかは……考えるまでもないだろう。肉に飢えた者達が、さっそく血抜きしたお肉を食べてみたいと騒ぎ出したためだ。
「この焼き加減も最高ですわっ!」
「あぁ、いつもの数倍はうめぇっ!」
「お肉がこんなに美味しいなんて……」
フィーリア達もよほど気に入ったのか、さっきからバクバクとお肉にかぶりついている。あたしはそんな彼女達を微笑ましく思いつつ、周囲に視線を向けた。
「ユーリ、どこ行ったんだろ?」
「さっき、外の空気を吸ってくるとか言ってましたわよ」
「ありがとう。あたしちょっと見てくるね」
あたしはフィーリアにお礼を言って、ユーリを捜しに店の外に出る。
「ん~こっちかな? ……あ、いたいた」
酒場の裏手にある小さな広場。
ユーリは柵に寄りかかって星空を見上げていた。
「ユーリ、こんなところでなにやってるの?」
「あぁ……ちょっと飲み過ぎてしまったから」
「そう言えば、ユーリがお酒を飲むところって初めて見たかも」
ユーリはあたしと同い年の十七歳。
日本の法律だと未成年だけど、この世界では立派な成人だ。だから飲むこと自体は問題ないんだけど……いままでは飲んでいなかった気がする。
「普段は家でご飯を食べてるからね」
「あぁ、そっか」
外出先でしか飲まない人っているよね。ユーリもそのタイプなのかな。
「そういうサクヤはどうしたのよ?」
「ユーリがいないから探しに来たんだよ。……っと、そうだ」
あたしは良い機会だと思って、パッドを出現させる。そうしてあらかじめカートに入れていた洋服のセットをプレゼント用の梱包付きで購入した。
そうして、その紙包みをユーリに向かって差し出す。
「それは?」
「ユーリへのプレゼント。いままで一杯助けてもらったから、そのお礼だよ」
「……そう。ついに、そのときが来たのね」
「え、そのとき?」
なんのこととサクヤが首を傾げるより早く、ユーリは――踵を返して逃げた。
「……え、ちょ、ユーリ!?」
呆気にとられたあたしだけど、すぐに我に返ってその後を追い掛ける。
「ユーリ、ちょっと、なんで逃げるんだよっ!」
背中に問いかけるけれどユーリは止まらず、夜の表通りを駆け抜ける。それは本気の疾走で、あたしは置いて行かれそうになる。
だけど――
「絶対、逃がさないからなっ」
あたしは自分に強化魔術を行使して加速、ユーリの背中に飛びついた。
「――なっ」
全力で走っていたユーリは盛大にバランスを崩す。あたしはそんなユーリと一緒に、踏み固められた土の上に思いっきりダイブ――する寸前、ユーリに抱きしめられた。
次いで地面にぶつかるが、あたしにはほとんど届かなかった。
「あいたた……無茶しないでよ、危ないでしょ?」
「ありがとう。でも……突然逃げたユーリが悪いんだかんな」
あたしは治癒魔術をユーリに掛けつつ、逃げられないように覆い被さった。
星空の下にある小さな通り。ところどころに設置されている魔石付き魔導具の淡い灯り。それに照らされるユーリの顔は不安げに揺れていた。
「……どうして、そんな顔するのさ」
仲直りできたはずなのに……と、あたしまで不安になってしまう。
「だって……サクヤが、私にプレゼントなんてしようとするから」
「……え? あたしからのプレゼントは受け取れないってこと?」
「そうじゃなくて……その。待って、少しだけ覚悟を決めさせて」
ユーリが瞳を閉じ、大きく深呼吸をする。そうして膨らんだ胸が、覆い被さっているあたしの胸を押し上げてくる。
……なんか、挑発されてる気がする。
「……ねぇ、覚悟って、なんの?」
あたしが問いかけると、ユーリはゆっくりと瞳を開いた。そのブラウンの瞳には、静かな決意が宿っているように見えた。
「……サクヤとお別れする覚悟よ」
「……どういう、こと? ユーリ、どこかに行っちゃうの?」
せっかく仲直りできたのに、またこんなことになるなんてと悲しくなる。
だけど――
「どこかに行くのは私じゃなくてサクヤの方、でしょ?」
続けられた言葉にあたしは困惑した。
「えっと……あたしがどこかに行くって、どういうこと?」
「だって、あのプレゼントって、そういうことでしょ? いままでお世話になったお礼で、家を出て行くって、そういうこと、よね?」
「……ええっと、どうしてそんな風に思うんだよ?」
「だって、サクヤ言ったじゃない。自分で稼げるようになって、私の家を出て行くんだって」
「あ、あぁ」
そう言えば、そんなことを言った気がする。
「今日の狩りでミーシャの実力を見せてもらったわ。あの子と組んでいれば、問題なく稼ぐことが出来るし、危険なことにもならないと思う」
「……もしかして、みんなで狩りに行こうって言い出したのって」
「ミーシャが貴方を護れるか確認するためよ」
「そっかぁ……」
急にそんなこと言うなんて、おかしいなぁって思ったんだよな。
「もう、ユーリは馬鹿だなぁ」
「貴方、また私のこと――んんっ」
ユーリは最後まで言えなかった。いや、あたしが最後まで言わせなかった。あたしがユーリに覆い被さって、キスで唇を塞いだからだ。
そうして、十秒、二十秒とキスを続け……ユーリが大人しくなるのを待って唇を離す。
「……サクヤ。どうして、私にキスを……」
ユーリが自分の唇に指をそえ、赤らんだ顔であたしを見つめる。
「……勘違いすんなよな。あたしはただ、キスするだけで出来る快適な暮らしを止めたくないだけ。だから、キスしただけ。それだけ、なんだかんな?」
「それはつまり……これからも私の家で暮らすってこと?」
「もちろん、そのつもり。……まあ、ユーリが嫌じゃなければ、だけど」
あたしはそっぽを向いてぶっきらぼうに言い放つ。
いまのあたしは、ユーリの家を出て行くつもりなんてない。
ただ、いままで通りお世話になるつもりもなくて、本当は生活費を払って居候させてもらおうと思っていたんだけど……成り行きでキスをしてしまった。
参ったなぁ……
最近、ユーリとのキスになれてきちゃった気がする。
それどころか、ちょっとユーリとキスするのが嬉しいって言うか……って、ないないない。そんなこと、絶対にないからっ!
あたしはノーマルな女の子なのっ!
「サクヤ」
「ん? どうかした――んぅっ」
ユーリに唇を奪われた。
びっくりしたあたしは、思わず仰け反って顔を離す。
「ちょっと、ユーリ、急になにをするんだよ?」
「なにって、もちろん。契約の履行よ」
「……契約の履行?」
「そう。いまにして思えば、この数日間、キスさせてもらってなかったじゃない?」
「ちょっと、それって――まさか!?」
「ええ。この機会に、全部支払ってもらおうかなぁって」
「ひぅっ!?」
さっき、自分からキスしただけで一杯一杯。ましてや、ユーリのキスは激しいのだ。一杯キスなんてされたら、あたしがどうにかなってしまう。
「ね、ねぇ、ちょっと落ち着こう」
あたしは逃げようとするけれど、ユーリが身体を離してくれない。更にはあたしの身体を抱きしめたままユーリが身体を捻ると、あたしとユーリの天地が逆転した。
あたしが地面に押し倒され、ユーリがそんなあたしの上に覆い被さっている。
「そ、そうだ。ユーリはどうして、こんなに親切にしてくれるの?」
「それはもちろん、サクヤとキスしたいからよ?」
「う、嘘だ。本当は、キスって建前なんだよな?」
「たしかに、貴方を助けたいのが本当の理由だけど、キスしたいって言うのも本音よ」
「ど、どうして?」
「私が……貴方の家族になりたいから」
「でも、あたし達、出会ったばっかりなのに……どうして」
女の子同士の恋愛を否定するつもりはないし、家族って言葉にも思うところはある。けれど、出会っていきなりそんなことを言われても、なんか色々信用できない。
「その答えは……」
ユーリが覆い被さってくる。
「だから――んんぅっ。ちょっと、んっ。はぁ……ん。……待って。息が……んぅっ」
あたしは、いままでの分、たくさんキスをされた。
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