第19話 JKサクヤは異世界で絆を手に入れる 2
髪を指で梳かれる心地よさに、あたしはゆっくりと目を開いた。
窓辺から差し込む光に照らされた白い部屋。あたしはベッドの上で寝かされていた。
「……あたし、どうして?」
「ようやく目覚めましたわね。貴方は、魔力切れで意識を失ったんですわよ」
あたしの独り言に応える声があった。
上半身を起こして視線を向けると、ベッドサイドに座るフィーリアの姿があった。
「フィーリア、どうしてここに?」
「覚えてないんですか? お姉様を助けるために、無茶な魔術の使い方をしたでしょう?」
「――っ。そうだ、ユーリは無事なの!?」
「ええ、貴方のおかげで一命を取り留めました。いまはまだベッドで安静にさせていますが、少しずつ治癒魔術を掛けてもらっているので、数日中には完治すると思いますよ」
「そう、なんだ……」
少しずつというのは、一気に治癒魔術を使うと衰弱するというあたしの忠告を受け入れてくれたからだろう。
ひとまずユーリが無事だと分かり、あたしは安堵のため息をついた。
「サクヤ、身体の方は大丈夫なんですか?」
「えっと……うん。大丈夫、とくに気分が悪いとかもないよ。一晩……なのかな? 寝てスッキリしたみたい」
「そう。安心しましたわ。それでは……その、あらためて貴方にお礼を言わせてください。お姉様を救ってくださってありがとうございました」
「うぅん。ユーリはあたしにとっても恩人だから気にしないで」
それに、フィーリアが後押ししてくれなかったら、あたしはユーリを助けられなかったかも知れないから――と、あたしは心の中で付け加える。
「……ところで、ユーリはどうしてあんな大怪我を負ったんだ?」
「それが……なにやら、無茶な依頼を受けたみたいで」
「無茶な依頼?」
「ええ。Aランクの魔獣の討伐依頼です。パーティーでも厳しいレベルの魔獣なので、いくらお姉様でも、単独での討伐なんて出来るはずがないんです」
「それなのに、ユーリは依頼を受けた……」
冒険者は冒険をしない。
中でも、ユーリはしっかりと安全マージンを取って依頼をこなしていたので、最初から無茶だと分かっている依頼を受けるなんて信じられない。
「どうしてユーリはそんなことを」
「さぁ……ただ、ここ数日様子がおかしかったので、それが原因かも知れません。サクヤは、なにかご存じありませんか?」
「依頼の方は分からないけど……様子がおかしいのは、あたしのせいだと思う。ちょっと喧嘩みたいなことをしちゃってさ」
理由は分からないけど、ウェイトレスのバイトを始めたと告げた後からなにかがおかしくなったのはたしかだ。
「喧嘩、ですか。なんだか知りませんけど、早く解決した方が良いですわよ。じゃないと、またなにかやらかすかも知れませんし……って、なんですの?」
驚いた顔をしているあたしに気付いたのか、フィーリアが首を傾ける。
「いや、その……ユーリが大怪我をしたの、サクヤのせいだったんですわね! とか言われるかなって、ちょっとだけ思ってたからさ」
「……わたくしをなんだと思っているんですか。喧嘩をしたからって、無茶な依頼を受ける理由にはなりません。それなのに、貴方を責めるはずがないじゃないですか」
「でも……」
「それとも、貴方が無茶な依頼を受けるように強制したんですか?」
「いや、そんなことはないけど」
「だったら、貴方が気にすることではありませんわ」
「……フィーリア」
最初は嫌な子だなってちょっとだけ思ったんだけど……凄く良い子だなぁ。
「か、勘違いしないでくださいよ? わたくしはただ、正論を申しているだけですわ。だから、貴方を慰めているとかじゃありませんからね!?」
たんなるツンデレだった。
「ありがとな、ユーリ」
「……別に、感謝されるようなことはしていませんわ。それより、ユーリお姉様と喧嘩って、一体なにがあったんですか?」
「それは……」
さすがに、襲われそうになって突き飛ばしたのが原因とは言えない。
まあ……ユーリがおかしくなったのはその寸前からだし、ミーシャの件もあるから、突き飛ばした件が原因かと言われると微妙だけど。
「……言いたくないこと、ですか?」
「うん。……ごめん」
「いえ、プライベートなことですからね。ただ、ユーリお姉様は不器用ですから、出来ればサクヤの方から歩み寄ってあげてくれると助かりますわ」
「不器用って言うか……わりと変だよね」
あたしは思わずぶっちゃけた。
「……変、ですか?」
「うん。行き倒れ一歩手前のあたしを助けてくれたり、物凄く優しいんだけど、変な見返りを求めてきたり、さ。そう言うのがなければ、物凄く感謝してるんだけど……」
キスなんて見返りを求められなければ、一生掛かっても恩返しをするくらい感謝している。
なんでもするって言ったのは、そういう意味では嘘じゃなかった。
だけど、見返りにキスって言われると、なんだか身体目当てで助けられた気分というか、身体を売ってるみたいで嫌なのだ。
なんてことを考えていたら、フィーリアがいつの間にか苦笑いを浮かべていた。
「なに? どうしてそんな顔をするの?」
「いえ、その、変な見返りに心当たりがあって」
「えっ? まさか、フィーリアも同じ見返りをされたの!?」
あたしに毎日キスしておいて、他の女の子にもキスをさせて……って、その考え方はおかしいぞ、あたし。
あたしは別に、ユーリと付き合ってる訳でもなんでもないからな?
……いや、そういう問題じゃない。
ユーリが誰にでもお礼でキスを求めているのなら、キスできれば誰でも良いと言うことになる。それはダメ。なんだか分からないけどダメな気がする!
「……どうして百面相をしているのか知りませんが、見返りを求められた訳ではありませんわ。むしろ、その逆ですわね」
「逆……って、どういうこと?」
「以前、わたくし達がユーリお姉様に救われたことは話しましたわよね」
「うん、聞いた記憶があるよ。魔獣に襲われていたところを助けてもらったんだよね」
「そうです。そして、わたくし達はその後もなにかとお世話になったんです。でも、ユーリお姉様はなんだかやたらと親切で、見返りもなにも求めないから困惑してしまって」
「……困惑?」
「ええ。それである日、わたくし達が言ったんです。初めて助けられたとき、あんまりにも親切すぎるから、逆になにか裏があるんだって凄く警戒してたんですよ――って」
「……………………それって、まさか」
あたしは嫌な予感を覚えた。
外れていて欲しいって願ったのだけど、フィーリアはこくりと頷いた。
「貴方に変な見返りを求めたのは、裏がないって思わせるためだと思いますわ」
あたしは無言で頭を抱えた。
あの日。ユーリは最初、あたしに見返りなんていらないと言っていた。なのに、後から見返りにキスを求めてきた。
いまにして思えば、あのときのあたしは、出会ったばかりのユーリに親切にされて、なにか裏があるんじゃないかと少しだけ警戒していた。
でもって、ユーリがキスを見返りを求めてきたのはその直後だ。
というか……あたしずっと、キスのことが引っかかってた。凄く助けられて感謝してるけど、見返りにキスを求めるのってどうなのよ――って。
でも、キスはユーリが見返りに望んだ報酬じゃなかった。あたしのために、キスを望んでくれていたのだ。
それなのに、あたしって奴は……
「うわぁぁぁあぁぁぁぁっ」
過去のあたしをひっぱたいてやりたい。
「きゅ、急にどうしたんですか?」
「うぅ……なんでもない。ちょっと自分が常識人ぶってただけの、無知で無恥な愚か者だって理解して悶え苦しんでるだけだから、気にしないで」
「……良く分かりませんが……分かりました」
フィーリアが良く分からないなりに引き下がってくれる。
あたしはひとしきり悶え苦しんだ後、一つの覚悟を決めた。それは、ユーリに会いに行って、色々謝って仲直りすると言うことだ。
「ということで、ユーリに会いたいんだけど……どこにいるの?」
「なにがということなのか分かりませんが、ユーリ姉様なら隣の医務室で寝ていますわ」
「ありがとう。それじゃ、ちょっと行ってくる!」
そんなこんなで、あたしは隣にあるという医務室に。開きっぱなしの扉から部屋の中を覗き込むと、ベッドの上で上半身を起こし、窓の外を眺めているユーリがいた。
「……ユーリ、もう大丈夫なの?」
「あら、サクヤ。おかげさまで私は大丈夫よ」
「そっか……」
フィーリアから聞いていたけど、無事なユーリを実際に見てあらためて安堵する。
「私よりもサクヤは大丈夫? 私のために、ずいぶんと無茶をしてくれたって聞いたけど」
「あはは、ちょっと魔力を遣い過ぎちゃったみたいだけど、もう大丈夫だよ。あ、そうだ。ユーリの残ってる傷も、順番に治療してあげるね」
あたしはそういってベッドサイドに歩み寄る。
だけど、そんなあたしに対して、ユーリは眉をつり上げた。
「なに馬鹿なことを言ってるのよ。治癒魔術なんて絶対にダメよ。魔力切れになった状態から、一晩で回復するはずないでしょ?」
「そんなこと言われても……実際に回復しているし。まぁ……さすがに、昨日の治癒魔術はさすがに使う気にはなれないけどさ」
細胞や血を生み出す魔術は、普通の治癒魔術と消費魔力が違いすぎる。アレはホントのホントに非常時だけにしないとヤバイと思う。
ということで、あたしはユーリの制止を振り切って、通常の治癒魔術を使って見せた。
「……もう、ダメだって言ってるのに。……本当に大丈夫なの?」
「うん。この治癒魔術は魔力消費が少ないから大丈夫。その代わり、ユーリの体力を消耗するから、しんどかったら言ってね」
「あぁ……たしかになんだか倦怠感が襲ってくるわね。んっと……そろそろキツいかも」
「ん、それじゃ今回はこれくらいで。まだだいぶ傷は残ってるみたいだから、何日か掛けて治していこう。だから、ちゃんとご飯を食べてね」
「ええ、そうさせてもらうわ」
ユーリがこくりと頷く。
それで会話が終わってしまい、あたし達のあいだに沈黙が流れる。
いままでだったら、沈黙なんてなんとも思わなかった。けれど……いまのあたしとユーリは、関係をこじらせた状態のままだ。
なにか、なにか言わなきゃと、あたしは息を吸い込んだ。
「「――ごめんなさいっ!」」
あたしの声に、もう一つ別の声が重なる。驚いてユーリを見ると、ユーリも同じように驚いてあたしを見つめていた。
「……どうしてユーリが謝るの?」
「私が色々と誤解しているって知ったからよ。サクヤがウェイトレスを始めた理由とか、あたしの家で女の子とお風呂に入っていた理由、とかね」
「あ、そ、そうなんだ」
「ええ。…………イヌミミ族の女の子に手を出したのは、ちょっと納得いかないけど」
「ちょっ、それこそ誤解だってばっ!」
「……でも、存分にモフったのよね?」
「そ、それはたしかにモフったけど、あたしはそれが恋人同士の行動だなんて知らなかったんんだって。というか、あんなモフモフの耳と尻尾、モフりたくなるに決まってるじゃん!」
「……あぁ、そういうことなのね」
あたしにとっては普通の感覚でも、この国では違う。なので理解してもらえないかもと思ったのだけど、幸いにしてユーリは納得してくれたようだ。
「まあ良いわ。とにかく、色々と誤解してたみたいだからごめんなさい」
「うぅん。あたしこそ、ユーリのこと色々と誤解してた。色々とごめんなさい」
お互いあらためて謝罪して仲直りをする。
本来であれば、これで解決と言いたいところなんだけど……
「ねぇ、ユーリ。どうして無茶をしたんだ?」
それを聞かなければ安心できない。事情によっては、ユーリがまた大怪我をしてしまうかも知れないから。
そう思って問いかけたのだけれど、ユーリは気まずそうに視線を逸らしてしまう。
「……ユーリ?」
「えっと……その、怒らないかしら?」
「……怒られるような理由なんだ?」
「そ、そんなことはないけど。でも……もしかしたら、怒られるかもとは思ったり」
ユーリがこんな風に誤魔化すのは初めてかも知れない。
あたしはひとまず怒らないから言ってみてよと促した。
「実は……私が受けた魔獣退治の依頼は、その……最初から一人じゃ厳しいと思ってたのよ」
「えっと……もしかして、一度家に帰ってきたのって、あたしのことを誘おうとして?」
「まぁ……そう、とも言うわね」
ユーリはばつが悪そうな顔をしている。
つまり、あたしを誘うおうとして家に戻ったら、あたしが女の子を連れ込んでいたから家を飛び出してしまったということ。
そこまでは理解したけど……
「でも、それならどうして、一人で依頼をこなそうとしたの? 諦めるか、フィーリア達と一緒に行けば良かったんじゃないの?」
「それは、その……」
「……なんだよ?」
「私が依頼を失敗したって言えば、サクヤが依頼を手伝ってくれるかな……って」
「……はい? それじゃあ、なに? ユーリは、失敗するために、一人で魔獣の退治に出かけたってこと?」
「えっと……まぁ……その」
ユーリが明後日の方向を向く。
肯定はしなかったけれど、その態度は肯定をしているも同然だ。
「一応聞いておくけど……死にかけたのまでわざととは言わないわよね?」
「それはないわ。ただ、ちょっと失敗しちゃっただけ」
だったら良い……という問題ではない。
「ユーリって、実は馬鹿だよね」
「ちょっと、酷いこと言わないでよ。私はただ、自分が足手まといになってるかもって、サクヤが心配してるみたいだから、その誤解を解こうと思って――っ」
ユーリは慌てて口を塞ぐけれど色々と遅すぎである。
つまり、あれもこれもそれも、全部、ぜーんぶあたしのため。
「やっぱり、ユーリって馬鹿だよね」
「いまの話を聞いた後の反応がそれなの!?」
「そうだよ。いまの話を聞いた上で、ユーリは馬鹿なんだなぁって思ったの」
「……うぅ、酷いわ」
「ぜーんぜん、酷くないよ」
あたしがどれだけ心配したか、ユーリに分からせてやりたい気分だ。
もっとも、ユーリがそんな風に追い詰められているって、まるで気付かなかったあたしは、ユーリよりもずっとずーっと馬鹿、なんだけどさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます