第18話 JKサクヤは異世界で絆を手に入れる 1
酒場の控え室。
突然ユーリの訃報をもたらしたフィーリアが泣いている。
「……どういうこと? ねぇ、なにがあったの?」
膝をついて、座り込んでしまっているフィーリアの両肩を揺する。
「ですからっ、ユーリお姉様が、魔獣に……ううううっ」
「フィーリア、しっかりしろよ! いま状況を説明できるのは貴方だけだろっ!」
あたしは声を荒げて、フィーリアの頬を叩く。
「――っ。……あ、わたくし。すみません」
「良いから、なにがあったのか教えろ! ユーリは本当に死んじゃったのか?」
「い、いえ、ギルドに戻ってきたときは酷い怪我で、いまは意識不明の状態に陥って、このままじゃ死んでしまうって」
「なら、ユーリはまだ生きてるんだな!?」
「え、えぇ。いまはギルドの治療室にいます。でも、長くは持ちそうになくて、それでわたくし、貴方が治癒魔術を使っていることを思い出して――」
「いますぐ行くよっ!」
あたしは立ち上がると同時、自分に強化魔術を掛ける。
「レイチェルさんっ!」
「ああ、こっちのことは任せて、行っておいで!」
「はいっ!」
あたしはギルド目指して全力で掛けだした。
夜のギルドは閑散としている。
そんな受付にフォルさんがいるのを見つけて駈け寄った。
「フォルさんっ!」
「あぁサクヤさん、もしかして?」
「うんっ。ユーリが治療室にいるって聞いたんだけど!」
「……そうですか。ただ、いまは治癒魔術の使い手達が全力で治療に当たっているところですので、すみません。面会を出来るような状態ではないんです」
「あたしも治癒魔術が使えるの! だからお願い、ユーリに会わせて!」
「……気持ちは分かりますが、いま治療に当たっているのは、ギルドに所属する者達の中でも屈指の治癒魔術の使い手なんです。サクヤさんが手伝っても……その」
邪魔になると言いたいのだろう。
そうなのかも知れない。……いや、多分そうなんだろう。あたしが首を突っ込むより、その人達に任せた方が――
「――そんなことはありませんわ!」
不意に凜とした声が響く。
振り返ると、荒い息をするフィーリアの姿があった。
「……フィーリアさん。そんなことはない、とは?」
フォルが首を傾げる。
「わたくし、サクヤの治癒魔術を見たことがありますの。その効果は、わたくしの知っているどんな治癒魔術とも比べものにならないレベルでしたわ」
「……本当ですか? サクヤさんはまだ先日冒険者になったばかりのはずですが」
「わたくしも信じられませんでしたが、事実です。ですからどうかお願いします。サクヤに、ユーリお姉様の治療をさせてあげてください」
フィーリアとフォルがまっすぐに見つめ合う。
ほどなく、フォルが小さく息を吐いた。
「分かりました。フィーリアさんが優秀であることも、ユーリさんに傾倒していることも知っています。その貴方がそこまで言うのなら、私から話を通しましょう」
フォルは少し待っていてくださいと、足早に去って行った。その姿を見送り、あたしはフィーリアへと視線を向ける。
「……ありがとう」
「ふんっ、わたくしはただ、ユーリお姉様のために動いただけですわ」
「……うん、必ず、ユーリを助けてみせるよ!」
「当然ですわ。助けられなかったとか言ったら、絶対に許しませんからね」
ユーリはあたしにとって命の恩人で……この世界で最初に出来た……友達。そんなユーリを失うなんて考えられない。
絶対に助けてみせると、あたしは治癒魔術の手順をシミュレートした。
その後、戻ってきたフォルに連れられて、あたし達は治療室へとやって来た。
ベッドのまわりに、魔術使い風の男が二人。そしてベッドの上に寝かされているのがユーリだろう。あたしは、ベッドへと駈け寄る。
「すみません、そこを変わってください!」
「――来たか。俺達の治癒魔術ではもはやユーリを助けられそうにない。キミの治癒魔術なら助けられると言うことだが……本当なのか?」
「傷を見ないことには……って、なに、これ……っ」
身体のあちこちに包帯が巻かれていて、そのほとんどが血に濡れている。中でも酷いのは、肩口につけられた傷だろう。包帯が意味をなさないほど血があふれている。
「ユーリ、しっかりしてよ、ユーリ!」
呼びかけても反応がない。息はしていても弱々しくて、意識も戻っていない。生きているのが不自然に思えるほどの深手。
こんなの、助けられるはずが……
「――サクヤっ、わたくしと約束しましたわよね!」
「――っ」
そうだ。あたしが諦めたら、ユーリは本当に死んじゃう。
ユーリはあたしの恩人。色々困ったところもあるけど、それ以上にあたしはユーリに助けられている。そんなユーリを死なせるなんて、絶対にダメだ!
「――必ず、必ず助けて見せます!」
「……分かった、俺達はサポートに回ろう。なにをすれば良い?」
「ひとまず、魔力を温存して待機していてください。私の魔術と干渉させたくないので」
「分かった。ユーリさんは俺達の恩人なんだ。なんと助けてやってくれ!」
「はい、必ず!」
二人に場所を譲ってもらったあたしは、自分に掛けている強化魔術を解除。ユーリの包帯をナイフで切り払って、フィーリアを見た。
「フィーリア、お願いっ!」
「ええ。傷口を水で洗えば良いんですわね」
フィーリアが水を生み出して、ユーリを洗い流していく。
あたしは傷口を洗浄すると同時に傷の深さを確認。傷口を全部ラップフィルムで締め付けて、更に傷が深いところは、傷より心臓に近い部分に包帯を巻いて圧迫する。
「……なんだ、あの透明の薄い布は」
背中から話し声が聞こえてくるけど、あたしはそれらを意識から閉め出し、ユーリの傷を癒やすことに専念する。
全部の傷を癒やす余裕はない。
だから――と、あたしはまず、致命傷の部分の治療に当たる。前回と同じく、致命傷の傷口を再生するイメージを浮かべて魔力を行使する。
「お、おぉ……凄い。傷口が盛り上がって行くぞっ!」
「すげぇ! これなら、治るんじゃないか?」
たしかに、ユーリの傷はかなりの勢いで塞がっている。
だけど――
「サクヤ、ユーリお姉様の顔色が!」
「――っ」
あたしはとっさに魔術の使用を止めた。
「……どうして魔術を止めるんだ?」
「魔力切れか? それなら、しばらく俺達が変わろうか?」
「サクヤさん、マナポーションならギルドの備品がありますよ」
治癒魔術の使い手二人に加えて、フォルさんがそんな申し出をしてくれる。
けれど、あたしは首を横に振った。
「あたしの魔力じゃなくて、ユーリの体力的な問題なんです」
この世界の魔術は、具体的なイメージが強いほど効果を発揮する。そして、あたしが治癒魔術で浮かべるイメージは細胞の活性化。
つまりは、ユーリの身体に頑張るように応援しているだけだから、頑張らせすぎたらユーリの身体が限界に達してしまう。
――ちょうど、いまのように。
「この状態で治癒魔術を使ったら、ユーリが衰弱死しちゃうかもしれません」
「……衰弱死? そう言えば、死にかけている者に治癒魔術を連続で掛けると、逆に死んでしまうという噂を聞いたことがある。それが衰弱死だというのか?」
「ええ。あたしの治癒魔術は、対象に体力を使わせるんです」
「なら……そうか! スタミナポーションだ。大急ぎで持ってきてくれ!」
「――はい、ただちにっ!」
フォルさんが返事をして飛んでいく。
「スタミナポーションっていうのは、どんな効果があるんですか?」
その名前に希望を抱いたあたしは治癒魔術の使い手に問いかける。
「文字通りスタミナを回復するポーションだ。疲労しているときに効果がある」
「疲労が……どのくらい回復するんですか?」
「そうだな。疲れているときに飲めば効果が体感できるレベルで、連続で使用できるのは2、3本が限度だ。それ以上は、逆に身体に負荷が掛かるといわれている」
「そうですか。教えてくれてありがとうございます」
たぶん、即効性のある栄養ドリンクみたいなモノだろう。
それならこの状況に役立つはずだけど……聞いた限りの効果だと、ユーリの傷を完治させるに耐えられるほどの体力回復は難しいかもしれない。
それに、出血も酷いので、造血も魔術で補助する必要があるだろう。
それを考えると、いままでのやり方でユーリを救える可能性は高くない。なにか、他に方法を考えないといけない――と、あたしは必死に頭を働かせる。
「サクヤ、わたくしに手伝えることはありませんか? ユーリお姉様のためなら、水でもなんでも作り出して見せますわよ!」
「ありがとう。でも、いまは――っ」
あたしはそこまで口にして、思わず息を呑んだ。
「……ねえ、フィーリア。魔術でどうやって水を出すの?」
「どうやって……とは?」
「魔術を使うときのイメージだよ」
「それは、水が噴き出すイメージを描いて、魔力を込めるだけですけど?」
「……水が噴き出すイメージで、魔力を込めるだけ。なら、治癒魔術を使うときは、どんなイメージを込めているんですか?」
あたしは治癒魔術の使い手達に向かって問いかける。
「どんなもなにも、傷が治るイメージをただひたすら思い浮かべるだけだが?」
「ああ、俺も同じだ」
二人のイメージは大雑把だけど、基本的にあたしのイメージと同じ性質。
だとしたら――
「お待たせしました、スタミナポーションです!」
フォルが小瓶を抱えて戻ってきた。あたしはその一つを受け取って栓を抜く。
「ユーリ、飲んで!」
口元にそえるけれど、意識のないユーリは飲んでくれない。こうなったら仕方がないと、あたしはユーリの上半身を引き起こし、スタミナポーションを口に含んだ。
「ちょっと、サクヤ、貴方まさかあぁぁぁっ!?」
あたしはユーリの唇に自分の唇を押しつけた。そうして舌で強引に唇を割り開いて、ユーリの口の中に少しずつスタミナポーションを流し込んでいく。
「ちょっと、サクヤ、貴方っ、お姉様の唇を勝手にっ!」
「あたしも勝手に奪われたからおあいこだよっ!」
「はぁっ!? なにそれ、どういうことですの!?」
「それより、もう一本っ!」
「ですからっ!」
「早く!」
「あぁもう、後で説明してもらいますからね!」
フィーリアがフォルの腕の中にあるスタミナポーションを掴んで放り上げてくる。あたしはそれを空中で掴んで栓を抜いて口に含み、もう一度ユーリの口の中に流し込んだ。
これで二本。
さっきよりは少しだけ顔色が良くなった気がしないでもないけれど、いまだに危篤状態にあることは変わりない。むしろ、容態だけ見れば悪化してる。
色々検証してる時間はない。思い切ってやってみるしかないだろう。
「いまから致命傷を治すので、他の傷はユーリの体調を見て、治してあげてください」
あたしはみんなに向かって頭を下げる。
「サクヤ、なにをするつもりですの!?」
「無茶をするつもりだよ」
フィーリアに向かって即答する。
そんなあたしの返事にフィーリアが息を呑んだ。
「無茶って……貴方、一体なにを」
「説明する時間はないから」
あたしは自分の魔力を扱う器官だけを補佐するように強化魔術を使う。いつものセットにしないのは、余計な魔力を使いたくないからだ。
そうして思い浮かべるのは、傷口に対する細胞分裂の補助――ではなく、細胞の創造。
フィーリアの話を聞いて思ったのだ。
魔術に重要なのはイメージで、フィーリアはそのイメージでなにもないところから水を生み出している。であれば、浮かべるイメージ次第では、細胞分裂を促すのではなく、細胞自体を生み出すことも出来るのではないか――と。
そんな訳で、あたしは細胞と血液の創造をイメージして魔力を込める。
半分以上賭けだったけど、そのイメージを元に魔術は発動した。
ユーリの傷口が淡い光を纏いながら、ゆっくりと塞がっていく。そして、さっきのようにユーリの顔色が悪化したりもしない。
だけど――
「サ、サクヤ。なんですか、貴方が放出している魔力の量は! そんなに大量の魔力を使って大丈夫なんですの!?」
フィーリアが問いかけてくるが、あたしは答える余裕がなかった。まるで、全力疾走を続けているかのように疲労感が蓄積していく。
あたしは初めて、魔力を消費しているという実感を抱いた。
「サクヤ、しっかりしてください、サクヤ!」
「――っ」
フィーリアに呼びかけられて我に返る。
どうやら一瞬だけ意識を持っていかれていたみたいだ。
「もう、一度っ!」
あたしは再び細胞と血液の創造をイメージして魔力を流し込んだ。
「それ以上は無茶です、サクヤ! そんな魔力の使い方をしていたら、ユーリお姉様より先に貴方が死んでしまいますわよ!?」
「それでも、ユーリだけは絶対に助けなきゃダメなんだ!」
妹や両親が車に轢かれたとき、あたしは見ていることしか出来なかった。本当は出来ることがあったはずなのに、身体がすくんで動かなかったのだ。
そうして、あたしはそのことを後悔して生きてきた。
だから、前世での最期で車に轢かれそうな女の子をまえに、あたしはとっさに動くことが出来た。あの日の後悔を消すことが出来るかも知れないと、そう思ったから。
だけど、あたしは女の子を護ることが出来なかった。
あの子は神様のおかげで助かったはずだけど……あたしの後悔は消えていない。もう、あんな思いは二度としたくない。
だから、せめて――
「ユーリだけは、絶対に死なせないっ!」
あたしの身体に残っているすべての魔力を注ぎ込んだ。
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