第17話 JKサクヤは異世界で孤独を感じる 6

 ウェイトレスとしての仕事をこなしつつ、あれこれミーシャに教えていく。

 だけど――

「それで、テーブルごとに番号が振ってあって……」

 あたしの説明に、ミーシャは困った顔をした。


「えっと……どうしたの?」

「ごめんなさい。ボク、数字とかあんまり分からないの」

「……え? あ、あぁ……そっか」

 この世界の平民は識字率がかなり低い。ウェイトレスの中にも、テーブル番号を丸暗記。計算はまったく出来ない――なんて子達がいることを思いだした。


「じゃあ……えっと、今日はテーブルの番号を丸暗記しちゃって。計算や文字の読み書きについては、今度あたしが教えてあげる」

「……ホント?」

「うんうん、ホントだよ~」

 あたしは微笑んで、ミーシャのイヌミミをモフる。


「ひゃう。お、お姉ちゃん?」

「えへへ、モフモフ気持ち良いよ」

 あたしは我慢できなくなって、ミーシャの耳と、それと尻尾をモフモフした。


「……もぅ、誰かに見られるかも知れないのに……お姉ちゃんの、ばかぁ」

 恥ずかしそうに顔を伏せるミーシャが可愛すぎる。


「三番テーブルにエール二つ、七番テーブルにはこっちの皿を持って行きなっ」

「はーい」

 もっとモフっていたいけど、さすがに仕事はおろそかには出来ないと元気よく答えて、あたしはそれぞれをミーシャのトレイに乗せる。


「三番テーブルはあそこ。でもって、七番テーブルはあっちだよ。落とさないで、ちゃんと運ぶんだぞ」

 そうして運ぶ場所を教えつつ、イヌミミ――は毛が抜け落ちて料理に入ったりしたら大変だから自重。尻尾を優しくモフった。


「んぅ~~~っ。――もぅ、もぅもぅもぅ。サクヤお姉ちゃんのいじわるっ」

「あはは。ごめんごめん」

「もぅ……恥ずかしいよぅ」

 ミーシャは顔を赤らめながら、エールや料理を乗せたトレイを持ってフロアへと向かった。


 さすが、冒険者をしているだけあって体幹はしっかりしているのだろう。トレイにたくさん料理を乗せていても、その足取りに危なさは見えない。

 心配してたコミュニケーション能力もしっかりしてるし、文字の読み書きを教えてあげれば、すぐにあたしより立派にウェイトレスが出来そうだね。


 むしろ、問題はあたしの方だ。

 あぁ……ユーリの誤解、どうやってとこう。

 ――なんてことを考えながら、ミーシャに仕事を教えつつ、更にはそのあいだにイヌミミや尻尾をモフモフとしながらウェイトレスのお仕事を続けた。




 そうして店内が落ち着いた頃。

 あたしとミーシャは再びレイチェルさんに控え室に呼び出される。なんだろうと控え室に顔を出すと、レイチェルさんと知らないおじさんが顔をつきあわせていた。


「……あの、呼ばれたって聞いたんですけど」

「ああ、二人ともようやく来たね。紹介するよ。こいつはアタイの古い知り合いでね。奴隷商をやってる」

「奴隷商――って、まさかっ!?」

 あたしは慌ててミーシャを背中に庇う。

 その瞬間、レイチェルさんがケラケラと笑った。


「あんた、まだ気付いてなかったのかい?」

「気付いてなかったって……どういうことですか?」

 出入り口は、あたし達の背後にある。

 いざという時は、そこから全力で逃げようと覚悟を決める。


「ミーシャが奴隷になるのは決定済み、ミーシャ自身が望んだことだよ」

「いやいや、ミーシャがそんなこと言うはずないよ」

 ミーシャは奴隷になるのが嫌で、イヌミミ族であることを隠していたのだ。そんなミーシャが、自分から進んで奴隷になるはずが――


「レイチェルさんの言ってることは本当だよ」

 背後で、ミーシャがきっぱりと言い切った。あたしはその言葉が信じられなくて、驚きを持って振り返る。

 そこには――普段と変わらない、自然体のミーシャがいた。


「……どういうことだ?」

「その方が安全だから、だよ」

「ええっと……?」

 意味が分からないよとあたしが混乱していると、奴隷商のおじさんが「俺が説明しよう」と名乗りを上げた。


「この街においてイヌミミ族には人権がない。そして、奴隷商のあいだでは高く売買されているんだ。嬢ちゃんは気に入らないかも知れないが、高級なペットみたいなモノだな」

「……たしかに納得はいきませんけど、言いたいことは分かります。けど、それと奴隷になるのと、どう関係があるんですか?」

「野良のイヌミミ族に手を出しても犯罪にならないが、他人の持ち物に手を出したら犯罪になる。そして、奴隷を持っているような人間は、権力のある者が多いからな」


 野良イヌを連れ帰っても犯罪じゃないけど、他人のペットを連れ帰ったら犯罪になる。でもって、お金持ちからペットを盗んだりしたら、厄介事になる可能性が高い……ってことだな。

 分かりたくないけど納得してしまった。


「でも……それ、どっちにしてもミーシャは奴隷にされちゃうんだよね?」

「もちろんです。他の者の奴隷にならないように、魔術で契約を結ぶ必要がありますからな」

「だったら……」

 ミーシャの自由が奪われることには変わりない。そんなことをさせる訳には行かないと思ったあたしに対して、ミーシャがこともなげに言い放った。


「サクヤお姉ちゃんの奴隷になるのなら、ボクは全然問題ないよ~」――と。


 あたしはその言葉を十秒くらい反芻して、「はい?」と首を傾げた。


「あたしの奴隷って……どういうこと?」

「そのままの意味だよ?」

「いやいやいや、どうしてあたしの奴隷になるとかって話になってるんだ?」

「だって、サクヤお姉ちゃんは命の恩人だし」

「だからって、奴隷になんて――」

 出来る訳ないというあたしのセリフに、レイチェルさんが「イヌミミ族は受けた恩を、一生掛けてでも返すような義理堅い種族なんだよ」と被せた。


「……だからって、あたしの奴隷にすることないですよね?」

「あんたに仕えるのに、あんた以外の奴隷にしてどうするんだい」

「それは、そうですけど……でも、それなら奴隷にしなくても」

 いままでだって、フード付きのローブで正体を隠していたんだ。そのままあたしと一緒に過ごすことだって出来るはずだと反論する。


「あぁ、それは無理だよ」

「……どうしてですか?」

「さっき、イヌミミ族の女の子として、思いっきりウェイトレスをしてたじゃないか」

「あう……」

 そ、そうだった。そうだったよ。

 で、でも、さっきの時点ではそんな話、一切しなかったのに……どうして、ずっと隠していた正体を突然、みんなに知られるような真似を……って、まさか。


「ミーシャ?」

「えへ、先に言ったら、断られるかなって」

「………………………」

 この子、確信犯っ。最近辞書に載った方の意味での確信犯だ!


「それに、サクヤお姉ちゃん。……その、ボクの耳や……それに、その尻尾も、たくさん、モフモフ……したでしょ?」

「……ふえ?」

 それがどうしたの――の、あたしは口にすることが出来なかった。


「はぁっはっ、なんだいサクヤ。なんだかんだ言っておきながら、しっかり手を出してるんじゃないかい。そこまでしたのなら、責任取ってあげな」

 レイチェルさんが笑い声を上げたからだ。

「えっと……責任、ですか?」

 理解が追いつかなくて、オウム返しに問い返した。


「知らないのかい? イヌミミ族は家族にだって耳や尻尾を滅多に触らせない。存分にモフモフさせるなんて、それこそ恋人同士くらいのモノだよ」

「……え? それって……どういう?」

「人間の女性で言えば、胸を触らせるくらいの感覚ってことだね」

「…………え? 冗談、ですよね?」


 信じられなくて問い返すが、レイチェルさんは笑ったまま。同じく奴隷商のおじさんも、似たような表情を浮かべている。

 あたしは最後の望みとばかりに、ミーシャへと視線を向けた。


「サクヤお姉ちゃん、控え室でたくさんモフモフするだけじゃなくて、給仕のあいだにも、何度も何度もモフモフして、ボク、凄く恥ずかしかったんだよ?」

「――はうっ」


 イヌミミや尻尾は、あたしにとっての胸を触られるくらいの感覚。

 つまり、あたしは控え室でミーシャの胸を揉み倒し、ウェイトレスの仕事を教えながら他人に見られないように何度も何度も胸を揉んだも同然と言うことで……

 うあぁぁぁぁあぁぁぁっ!

 あたしのバカバカ、なんてことをやってるのよっ!

 完全にセクハラでパワハラじゃない!


「ミーシャごめんっ! あたし知らなくて。いや、知らなければ許されるって話じゃないのは分かってるけど。その……本当にごめんなさい!」

 あたしはがばっと頭を下げた。


 わずかな沈黙の後、ミーシャが「頭を上げて」と囁く。その言葉に従って恐る恐る顔を上げると、ミーシャは少し恥ずかしそうに、けれど天使のように微笑んでいた。


「大丈夫だよ、サクヤお姉ちゃん。凄く、凄く恥ずかしかったけど、ミーシャお姉ちゃんにモフモフされるのは、その……嫌じゃないよ。だから、その……責任取ってくれると嬉しいな」

「うぐぅ」


 無邪気な笑顔が胸に突き刺さった。

 これは……ダメだ。

 ――はぁ? 責任? なんでそんなモノ、あたしが取らなくちゃいけないの? あたしはただ、そこにモフモフの耳や尻尾があったからモフっただけ。

 責任なんて取るはずないでしょ――なんて、言えるはずがない。


「ちなみに、責任というと具体的には……?」

「ボクは、サクヤお姉ちゃんに恩返しをするために一緒にいたいの。で、そのためには奴隷になるのが一番だと思うから……」

「つまり、あたしがミーシャを奴隷にしたら解決ってこと?」

「ひとまずはそんな感じかな」

「じゃあ、あたしがミーシャを奴隷にすると、具体的にはなにが変わるの?」

「ボクを好きなときにモフモフできるよ」

「よし、いますぐ奴隷にするっ」

 ――と、喉元までで掛かったセリフかギリギリ呑み込んだ。


「ほんとっ!?」

 しまった。呑み込めてなかったらしい。


「ごめん。いまのは口が滑っただけ。ちょっと考えさせて。というか、奴隷にしたら、ほかに変わることとかないの?」

「奴隷の契約により、サクヤお姉ちゃんがボクに命令を強制できるだけ、だよ」

「だけって……強制ってことは、拒否権がないんでしょ?」

「そうだけど……ボクはサクヤお姉ちゃんが心からお願いするならなんだってするし、逆にサクヤお姉ちゃんには命令しない自由があるもん」

「なるほど……というか、なんでもなんて、女の子が軽々しく言っちゃダメだよ。そんなこと言って、キスとかされちゃったらどうするの」

「なんでもって言ったんだから、もちろん覚悟の上だよ?」

「そう、なんだ……」


 これは……あれか。なんでもするなんて軽々しく言っちゃって、キスされてびっくりするような、無防備で間抜けな女の子はあたしだけってことか。

 ……ぐすん。


「というか、さんざんモフられたんだし、キスくらいで嫌がったりしないよぅ」

「そうだったね……」

 あぁ……なんか、色々と手遅れになってる気がする。


「それで、お姉ちゃんはボクにキスしたいの?」

「言葉の綾だから、思ってないよ。……ホントだからな? とくに、ご主人様としての命令でキスさせるとか、そう言うのは絶対しないから」

 誤解されたら困るので、念入りに否定しておく。


 ……正直に言えば、最近はユーリとのキスも、以前ほど嫌じゃなくなってきてる。だけどやっぱり、家に住まわせてもらう交換条件としてのキスは好きじゃない。

 そういうことを、ミーシャにさせるつもりは絶対にない。

 ……いや、自然にならキスならしたいという意味ではなく――って、話がずれてるな。ひとまず元に戻して問題を解決しよう。

 ってことで、あたしはレイチェルさんに視線を戻した。


「なんにしても、あたしがミーシャを形式上だけ奴隷にしたら解決ってことなんですね」

「ああ、そうなるね。奴隷にさえしてしまえば、うちの店で働くのにもなんの問題もなくなる。彼女はストリートチルドレンを卒業できるって訳だ」

 レイチェルさんの言うとおりなら躊躇う理由はない。そして、レイチェルさんは嘘をつくような人じゃないし、なによりミーシャ自身がそれを望んでいる。

 だから――


「なら……よろしくお願いします」

 あたしは奴隷商のおじさんに向かって頭を下げた。


「ああ、かまわないぞ。この店にはいつも世話になっているからな。それじゃさっそく契約の魔術を使用するから、その内容に問題がなければ契約の魔術を受け入れてくれ」

 言うが早いか、奴隷商のおじさんが魔力を練り始めた。

 その直後、あたしの中に契約の内容が思い浮かぶ。その内容とは、ミーシャのご主人様となり、あらゆる命令をする権利を得るというモノ。

 あたしは、その内容を受諾。

 ミーシャにも対照的な内容が伝わったのか、それを受諾する素振りを見せる。



 こうして、家族を求めて異世界にやって来たあたしは……奴隷の女の子を手に入れた。

 そもそも、あたしが探しているのは血を分けた家族であって、新しい家族ではないし……そもそも奴隷にしたミーシャが家族と言われると凄く疑問だ。

 だけど……

 家族を事故で一度に失って、ずっと一人。生きることに希望を見いだせなくなっていたあたしは、いつの間にか日々を生きることを楽しいと思い始めている。

 ユーリとも仲直りできれば――

 そんな風に考えたそのとき、控え室の扉が開いてフィーリアが飛び込んできた。


「急にノックもしないでなんだい。ここは従業員に控え室だよ?」

「そんなことを言っている場合じゃありませんわっ!」

 レイチェルの制止を振り切って、フィーリアはあたしに掴みかかってきた。


「大変なんです。サクヤっ! お姉様が、ユーリお姉様が!」

「落ち着いて、ユーリになにがあったの?」

「A級の魔獣退治に失敗して、大怪我を負って、それで、死んで――っ。このままじゃっ、う、うくっ……ぐすっ」

 泣き崩れるフィーリアを、あたし達は呆然と見つめた。

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