第16話 JKサクヤは異世界で孤独を感じる 5

「――お待たせしました!」

 あたしは酒場へと戻ってきた。

「ようやく帰ってきたかい。それで、ピンチの友達とやらは無事だったのかい?」

 あたしを見るなり、レイチェルさんはホッとするような素振りを見せた。


「心配掛けてごめんなさい。友達は無事ですけど、色々あって連れてきちゃいました」

 あたしはそういって、背後に控えているミーシャを示す。

 ちなみに、イヌミミ族とバレると色々不味いと言うことで、ミーシャには新しいフード付きのローブを着せている――というか、ローブしか着せていない。

 いわゆる、裸ローブという状況。

 ……いや、違うのだ。ユーリに変な誤解をされて、後を追い掛けようとしたけど見失ったりで、時間的にも精神的にも余裕がなかったの。

 あとで、可愛い服を選んで上げるから許して。


「その子があんたの友達なのかい?」

「はい。正直に言いますけど、この子はストリートチルドレンです」

「おいおい……」

 思いっきり呆れた顔をされてしまう。


「ごめんなさい。でも、綺麗に洗ってきましたし、決して悪い子ではありません。ひとまず、あたしの仕事が終わるまで、控え室で待たせていただけませんか?」

「ふむ……あんた、名前は?」

 レイチェルさんがミーシャに視線を向ける。


「ボクはミーシャだよ」

「なるほど、ミーシャか。で、あんたはどうして顔を隠してるんだい?」

「それは……」

 ミーシャが視線を彷徨わせる。


「その子は訳ありなんです」

「訳ありだろうがなんだろうが、アタイを信用できないって言うなら、アタイだって信用することは出来ないね」

「それは……そう、かもですけど」


 あたしがもっと信頼を得ていたら、あたしに免じてとか言えたのかもだけど……どうしようと思っていたら、ミーシャがフードに手を掛けた。

 そして止める暇もなく、ぱさぁとフードを取り払ってしまった。その下から、あたしの手入れによってサラサラになった青みがかった銀髪があらわになる。

 そして――耳元にあるモフモフの耳も。


「……これは驚いたねぇ。あんた、イヌミミ族かい」

「うん。そうだよ」

「なるほど……それで孤児院に入らなかったんだね」

 レイチェルさんが一人でうんうんと頷いている。


「どういうことですか?」

「イヌミミ族の子供は相当高く売れるんだよ」

「……あ、あぁ……なるほど」


 孤児院が当然のように人身売買をすると言うこと。

 もうやだ。この世界の孤児院。

 というか、ミーシャは孤児院に入りたくない理由を、娼館で働かされるのは嫌だからって言ってた気がするんだけど……そっか。

 本当のことを言ったら、イヌミミ族だってバレるからか。

 ってことは、孤児が娼館で働かされること自体が嘘……ってことはないだろうなぁ。


「それで、あんたはどうしてイヌミミ族であることを明かしたんだい?」

「見せるように言ったのはレイチェルさんだよ」

 ミーシャはきっぱりと答える。


「そうだったね。けど、誤魔化すことも、この場から逃げることも出来ただろう?」

「ボクはサクヤお姉ちゃんに命を助けられたから」

「へぇ? ……それはつまり、そういうことかい?」

「うん。ボクはそのつもり。もう、覚悟は出来てるよ」

「あっはっは。そうかいそうかい。なら、なにも問題はないね。それと、この酒場の常連にもいるから、顔を見せたら頼んでやるよ」

「ホント? ありがとう~」

 なにやら綺麗に話がまとまったように見えるんだけど……


「あの、まったく意味が分からないんですけど?」

 あたしは話しについて行けなくて首を傾げる。

「あんたは知らなくても良いんだよ」

「えぇ……」

 ここに来てまさかの蚊帳の外。


「とにかく、その子を控え室で待たせるのはかまわないってことだよ」

「それはありがたいですけど……」

 一体なにがどうなったんだ?


「それより、ミーシャだったね。あんた、うちの酒場で働くつもりはないか?」

「……え、良いの?」

「ああ。最初は見習いとしてだけど、いまちょうど寮に空きが……」

 レイチェルさんがあたしに視線を向ける。

 なんだろうと考えたのは一瞬。あたしが寮に入るかどうか返事を待ってもらっている状態だったことを思い出した。


「えっと……ミーシャが良ければ問題ありません」

 話にほとんどついて行けてないけど、ミーシャがストリートチルドレンから安定した生活を手に入れられるかどうかの岐路に立っていることは分かった。

 だから、あたしはミーシャのためになるのならと首を縦に振る。


「それじゃ決まりだね。今日からさっそくウェイトレスをしてもらいたいところだけど……」

 レイチェルさんがミーシャのローブを見る。

 うん、さすがに裸ローブじゃウェイトレスはさせられないよね。


「服なら、ミーシャにプレゼントしようと思っていたのがありますよ」

「ほう、そうなのかい?」

「ええ、タイミングが良かったです」

 パッドで服を買う予定だったから、既に買ってあるかのように言っておく。


「そういうことならちょうど良いね。それじゃ、ミーシャに服を渡したら、あんたもさっさと仕事にもどんな。そろそろ本格的に忙しくなってくるよ」

「分かりましたっ!」

 ホントは、なにがどうなってるのかまったく分かってないけどね! みたいなことを考えながら、あたしはミーシャを連れて更衣室へと移動した。



「それで……ミーシャはどんな服が良い?」

 あたしはパッドで服のリストを表示てミーシャに見せる。


「えっと……プレゼントって言ってたけど……ホントに良いの?」

「もちろん。それに、ミーシャの服は処分しちゃったしね」

 あんまりにボロボロで擦り切れていたから、ミーシャに許可を取って廃棄したのだ。


「それじゃ……ボク、サクヤお姉ちゃんが冒険のときに着てたような服が良い!」

「半袖ブラウスにホットパンツのこと?」

「あと、なんか長い靴下もっ」

「あぁ……ガーダーベルト&ニーハイソックスね」

「名前は良く分かんないけど、あんな感じの格好が良い!」

「ん~似合うとは思うけど……尻尾も耳も隠せないよ?」

 あんなさっぱりした恰好で、頭やお尻だけなにかコテコテした物をつけていたら、いかにもなにか隠しているって公言してるような物だ。


「それはもう大丈夫だよ」

「え、でも……」

「大丈夫だよ」


 ミーシャはきっぱりと答える。

 その顔は嘘をついているように見えない……って言うか、嘘だったらミーシャが危ないんだし、嘘をつくこともないだろう。

 ということで、イヌミミ族だとバレても問題ないというのを前提に、あたしはミーシャの着る服のコーディネートについて考える。


 イヌミミや尻尾を見られても良いと言うのなら、薄手の服でも問題ないだろう。

 ただ、あたしが着ているようなホットパンツだと尻尾が挟まってしまう。ミーシャの尻尾は尾てい骨の辺りになるから……ローライズならいけるかな?

 という訳で、あたしは『ローライズ、ホットパンツ』で検索を掛ける。


「うわぁ……たくさんあるね。この中から選んで良いの?」

「うんっと……たぶん大丈夫」

 値段によっては、さすがに……というのもあるんだけど、それを言うとミーシャが気を使って一番安いのをとか言い出しそうなので、お金が掛かることはひとまず触れないでおく。


「じゃあ……ボク、これが良い!」

「これ? かなり短いけど……良いの?」

 値段は……許容範囲内。ただ、ローライズなのは尻尾の都合上仕方がないと思うけど、丈の方もかなり短い。切りっぱなしで、ミニスカート風である。


「うん。ボク――というかイヌミミ族は本来、動きやすい服を好むからこういう方が好きなの。いままでは正体を隠すために我慢してたけど……」

「へぇ……なるほどね」

 正体を隠さなくて良くなった反動ってことだね。そういうことなら好きにさせてあげよう。

 ……でも、どうして正体を隠す必要がなくなったんだろう? 良く分かんないけど……まぁ良いや。取り敢えずカートに入れて次に行こう。


「ショーツはビキニタイプで、ガーダーベルトとセット。後は……ニーハイソックスだよね」

「あ、ボク、そのニーハイソックスって言うの、もっと薄いのが良いなぁ」

「じゃあ……こっちかな。後は……」

 ブラはどうしようかと、お風呂に入ったときの裸体を思い出す。

 ……うん。まだ必要ないだろう。下着を兼ねているキャミソールにしておこう。

 という訳で、あたしはキャミソールのリストを表示させる。


「ボク、上に着るのはそれが良いな」

「……え? これ、下着代わりのつもりなんだけど」

「それだけで良いよぅ」

 どれだけ薄着が好きなのよと突っ込みたくなるけど……日本人の着物とか、知らない人が見たらどれだけ着込んでるのよと突っ込みたくなってもおかしくない。

 イヌミミ族にとって普通なら、文句を言うのは野暮だろう。


「じゃあ……この中ならどれが良い?」

「ボク、これが良い」

「――それは絶対ダメ」

 口出しは野暮とか言ったけど、野暮でも良いよと全力で却下した。


「えぇ……どうして?」

「ダメなものはダメなの」


 ミーシャが選んだのは胸元の開いたキャミソール。

 ユーリくらい胸があれば谷間が見えるだけだし、あたしでもなんとか胸元がチラリするくらいだけど……ぺったんこのミーシャが屈んだら胸そのものが見えてしまう。

 ということで、多少は防御力が高そうなキャミソールの中から選んでもらった。


「どう……かな?」

「凄く可愛いよ。いますぐモフモフしたいくらい」

「――っ」

 ミーシャが顔を赤らめる。

 可愛いとか言われ慣れてないのかな? まぁ、いままでの恰好じゃ顔も見えなかったもんね。それも無理はないかな。

 でも、いまのミーシャは問答無用で可愛い。さすが、頑張ってあたしがコーディネートを手伝っただけはあると自画自賛だ。


 ちなみに、一式を揃えるのに銀貨三枚でお釣りが来る程度だった。今日一日の稼ぐが吹っ飛んじゃったけど……奮発した甲斐はあったと思う。


「ね、ねぇ……サクヤお姉ちゃんはボクのことモフモフしたいの?」

 物凄く可愛い女の子が、物凄く可愛い服を着て、物凄く可愛い表情で、物凄くモフモフなミミと尻尾を揺らして、あたしにモフモフしたいのかと問いかけてくる。


「いますすぐモフモフしたい! 凄くモフモフしたいよ!」

「~~~っ。……サクヤお姉ちゃんが、そういうなら……良いよ」

「やった――っ!」

 あたしは速攻でミーシャに飛び掛かった。


「わーい、モフモフだよ~っ!」

 モフモフの耳を指先で撫でると、最高の手触りが伝わってくる。


「ひゃう……んっ。サクヤお姉ちゃんの指が、ボクの耳にぃ……」

「耳だけじゃなくて尻尾もモフモフしちゃうよっ!」

 あたしはミーシャを側面から抱きしめて、片手で耳をモフモフしながら、もう片方の手で尻尾を思いっきりモフモフする。


「んんっ、そんな、いきなり尻尾まで触るなんて……はうぅ」

「ん~、ミーシャちゃんのミミと尻尾、最高の手触りだよっ」

「~~~っ。そんな風に褒められたら……ひゃぅん。恥ずかしい……よっ」

 身もだえするミーシャが可愛くて、更にモフり倒していく。


 なお、イヌミミ族の耳や尻尾は非常にデリケートな部位。

 不慮の事故ならともかく、家族にだって普通は触らせない。とくに尻尾をモフらせる相手なんて、それこそつがいくらいのものである。

 ――なんてことを知らないあたしは、ミーシャの耳と尻尾を存分にモフり倒した。

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