第15話 JKサクヤは異世界で孤独を感じる 4

 結果からいえば当たりだった。フィーリアの脅しで素直になった二人いわく、ミーシャらしき相手から銀貨を奪った帰りだったらしい。

 すぐさま、ミーシャのいる場所に案内させる。


 そうしてやって来た路地裏の一角。ローブを纏った子供が倒れ伏していた。体格からミーシャだと判断したあたしはすぐさま駈け寄る。

「ミーシャ――っ!?」

 その身体を抱き上げたあたしは息を呑んだ。

 ローブが血に濡れていたからだ。


「ミーシャっ、なぁ、ミーシャってば!」

 呼びかけると、わずかに眉が動いた。

 まだ生きてる。それを確認しあたしは、急いでミーシャのローブを脱がせた。

 ローブの下に隠れていた身体に驚く――けど、いまはそれどころじゃないと、あたしは血塗れの脇腹に視線を向けた。


「刺されてますわね。これは……急いで診療所に運びませんと」

「うぅん、あたしが魔術で治す」

「……サクヤが? こんなに深い傷を……いえ、分かりました。では、わたくしは周囲を警戒していますわ」

「うん、任せた」


 あたしはミーシャの服をまくり上げて、脇腹の傷を露出させる。

 その傷は、いままであたしが治した傷とは比べものにならないほどに深い――けど、治せない傷じゃないはずだと、あたしは治癒に必要なプロセスを思い浮かべる。

 まずは……そうだ。


「フィーリア、水。飲んでもまったく問題ないような綺麗な水を出せる?」

「え? えぇ……出せますけど」

「なら、ミーシャの傷口に思いっきり掛けて」

「え? そんなことをしたら貴方まで水浸しになりますけど」

「――良いから早くっ」

「あぁ、もう、知りませんからね」

 フィーリアが魔術で水を呼び出して、ミーシャの傷口当たりに掛ける。あたしはその水を使って傷口の周囲を洗って、傷口も軽く洗浄した。


「ありがとう、それくらいで良いよ」

 フィーリアが水を止めるのを確認。

 パッドを使って綺麗なタオルとラップフィルムを取り出した。

 まずはタオルで水気を取って、ラップフィルムで傷口を塞ぐ。


「よし、後は――」

 あたしはまず、自分に掛けている強化魔術を解除。

 魔力を練って、傷を治す工程をイメージする。

 自然治癒の場合は、怪我をした部位の血管を収縮させて出血を止める。だけど、今回は強引にラップフィルムで塞いでいるのでその過程を無視だ。

 逆に血管を広げて、白血球などを傷口に送り込む。そうして雑菌の処理と、傷ついた細胞の処理をさせ――更には細胞分裂を加速させて傷口を再生させる。

 その工程を加速させるイメージと共に治癒魔術を発動させた。


 ミーシャの傷口が淡い光に包まれ、傷口がゆっくりと盛り上がってくる。あたしはそれを確認しながら魔力を注ぎ続け、やがて魔術を停止させた。

 それからラップフィルムを取り払って、傷口の血を拭き取る。少なくとも、表面上は傷が塞がっているように見える。


「ありがとう、フィーリア。おかげで助かったよ」

「それは良いですけど……もう大丈夫なんですか?」

「うん。ひとまずは大丈夫」


 まだダメージは残っているはずだし、雑菌の退治もおざなりだ。

 完治というにはほど遠い状態だと思うけど、治癒魔術は細胞を活性化させるだけなので、大量にエネルギーを消費しているはずだ。

 ミーシャはそんなに栄養が足りてるようには思えないので、少し時間をおくべきだろう。


「そう、ですか……なら安心しましたわ。で、この後ですが……」

「うん。そうだね……っと、その前に」

 あたしはミーシャの心情を鑑みて、濡れたローブでその身体を包み込んだ。


「それで、わたくしは彼らを見回りの兵士に突き出してきますが……?」

「あたしは……この子を一度ユーリの家に連れて帰るよ。その後は……酒場に戻らなきゃ」

「分かりましたわ。では、酒場で合流しましょう。表通りなら問題ないと思いますが、念のために気を付けてくださいね」

「うん、フィーリアも。本当にありがとう、助かったよ」

「……ふん。貸し一つですわ」

「うん。必ず返すよ」

 あたしは笑って、フィーリアと別れた。




 ということで、あたしはミーシャを連れてユーリの家に帰ってきた。

「ユーリは……帰ってないか。ごめんね、ちょっとお風呂使わせてもらうね」

 あたしは独りごちて、お風呂を沸かす魔導具を動かした。

 更に、脱衣所でミーシャのローブをあらためて脱がす。その下から現れたのは、痩せ細った身体なんだけど……耳はモコモコで、お尻の辺りにはやっぱりモコモコの尻尾がある。


「これって……イヌ、だよね?」

 ミーシャって猫っぽい名前だけど、耳と尻尾は犬っぽい。獣人族……っていうのかな。いまはゴワゴワしてるけど……綺麗に手入れをすればふわふわになりそうな気がする。


 取り敢えず……身体を洗わなきゃ、だよね。

 ミーシャをこの家に置いておくのはさすがに不味いので、酒場に連れて行こうと思うのだけど、さすがに薄汚れた括弧で飲食店には連れて行けない。

 だから、綺麗にしなくてはいけない。決して、イヌミミと尻尾を手入れしてモフモフしたいのが理由ではない。

 ということで、あたしはミーシャの擦り切れそうな服を脱がしていく。


「……あれ? ボク……どうして」

 ミーシャがうっすらと目を開いた。

「あ、目が覚め――うひゃうっ!?」

 気がつけば、あたしはひっくり返されていた。そして、そんなあたしの上にミーシャが馬乗りになって拳を振り上げている。


「待った待った、あたしだよ!」

「……あれ? サクヤお姉ちゃん?」

「そう、サクヤお姉ちゃんだっ」

 だから殴らないでねと、あたしはミーシャを宥める。

 最初はキョロキョロしたりしていたけど、すぐに状況を呑み込んだのだろう。慌ててあたしの上から退いてくれた。


「ご、ごめんなさい。サクヤお姉ちゃん。ボクのこと、助けてくれたんだね」

「どういたしまして。それで、脇腹の傷は大丈夫?」

「脇腹? そうだ……ボク、刺されて……って、傷がない。お姉ちゃんが治してくれたの?」

「うん。魔術でね。でも、まだ完治してないから、激しく動いちゃダメだよ」

「ありがとう……って、ボクどうして下着姿なの!?」

 自分の姿に気付いたミーシャが、真っ先に両耳を隠す。

 下着姿より、イヌミミを見られる方が恥ずかしいんだ……


「えっと……ごめんね。お風呂に入れようと思って脱がしてたの。耳と尻尾は……その、傷を治すときに見ちゃった」

「そう……なんだ。それで、ボクをどうするつもり?」

「え、どうするって、お風呂に入れるんだけど?」

「そうじゃなくて。ボクを奴隷商に売るの?」

「売るはずないよ」

 綺麗に磨き上げてモフモフはするかも知れないけど……なんて邪念が浮かんだけれど、それは辛うじて胸の内に押さえ込んだ。


「……というか、どうして急にそんな心配をしてるの?」

「サクヤお姉ちゃん、知らないの? イヌミミ族は奴隷として人気商品なんだよ」

「……なるほど」

 奴隷にしていつでも好きなときにモフモフできると言われたら……それはちょっと魅力的だと思ってしまった。

 いや、しないよ? そんな風に無理矢理モフモフするのはあたしの主義じゃない。


「とにかく、ミーシャに危害を加えるつもりはないよ。ただ、あたしはこれから酒場に行かなくちゃダメで、でもってミーシャをここに置いておく訳にも行かないんだ」

「えっと……それじゃ、ボク帰った方が良いんじゃ?」

「だーめ。危ないでしょ?」

「それは……分かるけど、そこでどうしてお風呂に?」

「酒場に連れて行くのに、そんな恰好じゃダメだからだよ。ほら、脱いだ脱いだ」

 あたしはミーシャの下着を引っぺがし、ついでにずぶ濡れだった自分の服も脱ぐ。そうして、ミーシャを抱えて洗い場へと運んだ。


「ふえぇっ、ちょっと、サクヤお姉ちゃん?」

「ほら、洗ってあげるから、そこに座って大人しくしてなさい」

 あたしはまずは桶ですくったお湯をミーシャに掛けた。


「わふぅ!?」

「ほーら、しゃべってたらお湯が口に入るよ~」

 もう一掛け、ざぱーんとお湯を掛ける。

 でもって、まずはシャンプーで髪の毛を洗って……更には耳や尻尾も綺麗に汚れを落としていく。更にはリンスで軽く揉みほぐし、追加で購入したトリートメントを馴染ませる。


 そのあいだに――と、あたしはボディーソープを使ってスポンジを泡立たせ、ミーシャの身体をゴシゴシと擦った。


「あいたっ。いた、痛い。なんか、ちょっと痛いよっ!?」

「すぐに慣れるから、大人しくしてなさい」

 一応は清潔にしているのか、まったく泡立たないとか、真っ黒になるほどではないけれど、やっぱりそれなりに汚れているようだ。

 あたしはゴシゴシゴシと、ミーシャの垢を擦り落としていく。


「脇は……まだ痛いかな? いまならいけそうだから、治しちゃうね」

 傷口に手を当てて、あたしは治癒魔術を発動させた。そうして、皮膚の下に残っているであろう傷も、細胞を活性化させて治療していく。


「これで……大丈夫かな。痛くは……ない?」

 脇腹を撫でつける。


「ひゃうっ。それ、くすぐったいっ」

「え、じゃあ……これくらい?」

「それなら大丈夫。痛くも……ないよ。脇腹の傷、魔術で治してくれたの?」

「うん。完治したかは分からないけど、ほとんど治ってると思うよ」

「……えっと、ありがとう。ボクのこと、助けてくれたんだよね。ホントに、ホントにありがとう。ボク、あのまま死んじゃうんだって思ってたから、凄く凄く嬉しいよ」

「……良かった。そうそう、フィーリアって女の子も手伝ってくれたから、いつかあったらお礼を言って上げて」

「フィーリアさんだね。うん、分かった!」

 ――と、そんな雑談を交わしながら、ミーシャを綺麗に洗い上げた。それから、自分の身体もささっと洗ってお風呂から上がる。


「あたしの服は……ひとまず普段着用に買ったやつで良いや」

 あたしは念入りに身体を拭いて、普段着を身に纏った。


「ミーシャは……どうしようかな」

 あたしはパッドを開いて、ミーシャに似合いそうな服を探す。


「ねぇ、ミーシャは……って、どうしたの?」

 気がつけば、ミーシャがまん丸に目を見開いていた。


「……サクヤお姉ちゃん、それってなに?」

「え、これ? ミーシャにも見えるの?」

 問いかけると、ミーシャはこくこく頷く。その視線がパッドを追っているので、どうやら本当に見えているみたいだ。

 ……ユーリはなにも言わないから、他の人には見えないんだと思ってた。


「で、それはなに?」

「これは……あたしのスキルだよ。内緒にしててね」

「へぇ……お姉ちゃんのスキル変わってるね。もちろん、誰にも言わないよ」

「ありがと……って、ちょっと待ってね」

 玄関から物音が聞こえた気がして、あたしは脱衣所を出た。



「あら、サクヤ、帰ってたのね」

「ユ、ユーリ!?」

 玄関から姿を現したユーリを見て、あたしはギクリと身をすくませた。

 不味い。なんか、非常に不味い気がする。

 ユーリの留守中に、ユーリに居候させてもらっている家で、勝手に他の女の子と風呂に入ってるところなんて見られたら、凄くダメな気がするぅ。

 な、なんとかしてこの状況を乗り切らないと!


「えっと……ユーリはどうしたの? しばらく留守がちになるって言ってたんじゃないの?」

「た、たしかにそう言ったんだけど、私はやっぱり貴方と……」

「うん?」

「い、いえ、それよりまず、このあいだのこと。その……ごめんなさい!」

「……え?」

「貴方に無理矢理迫るようなことをして悪かったと思ってるわ」

「そ、そんな、気にしなくて良いよ!」

「いいえ、ちゃんと謝らせて。私、焦っていたのよ。サクヤがいなくなるんじゃないかって」

「えっと、あたしがいなくなったりするはずないじゃん」

「……そうなの?」

「そうだよ。あたし、ユーリには凄く感謝してるから」


 というか、ユーリ、怒ってなかったんだ。

 それどころか、ユーリもあたしと喧嘩をしたこと、気にしてくれてたんだ。

 凄く嬉しい。なんて思っていたそのとき――


「ねぇ、サクヤお姉ちゃん、誰と話しているの?」

 脱衣所の扉が開いて、水気を帯びた素っ裸のミーシャがちょこんと顔を出した。

 ユーリはそれを見て……そして、蔑むようにあたしを見た。


「そう。私に感謝してるのって……女の子を連れ込む家を提供したことだったのね」

「いや、違うって! これは――」

「最低」

 ユーリは身も蓋もない一言を告げて、家から出て行ってしまった。

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