第14話 JKサクヤは異世界で孤独を感じる 3
「ミーシャ、そっちにガルムがいるよっ」
「うん、任せてっ!」
森の浅い位置。あたしとミーシャはガルム退治を続けていた。
ガルムって言うのは、オオカミみたいな獣。
オオカミは群れるのが一般的だけど、ガルムは単体出来ることが多い。そのガルムを、あたしとミーシャは協力して狩っていた。
協力して――とは言っても、あたしは強化魔術を維持しつつ、ミーシャの援護に徹してるだけなんだけどさ。
……というか、ユーリも凄かったけど、ミーシャもわりと負けていない。どころか、素人目には遜色ないレベルに見える。
ミーシャはその驚くべき速度でガルムを圧倒。空振りを誘って背後に回り込み、
「――やぁっ!」
短剣を振るってガルムにトドメを刺す。
「サクヤお姉ちゃん、終わったよ~」
「お疲れ様、ミーシャは凄いんだね」
「凄いのは、サクヤお姉ちゃんの強化魔術だよ」
「体感できるレベルで身体能力が上がるんだもんね。あたしも、強化魔術がこんなに便利だとは思わなかったよ」
正直、あたしは強化魔術を覚えたての初心者だ。そのあたしの魔術でこれだけ強化されるってことは、熟練者が使えば一体どれだけ強化されるのか。
あたしとしては興味津々である。
「ボク、強化魔術を掛けてもらうのは初めてだから、そこまで詳しくないけど……普通は、こんな風に強化されたりしないと思うよ?」
「あはは、お世辞でも嬉しいぞ~」
あたしはフード越しにミーシャの頭を撫でる。
「わ、わふぅ……」
逃げられてしまった。
仕方がないので撫でるのを諦め、あたしはミーシャが倒したガルムを一カ所に集める。
本当は、あたしも解体するべきだと思うんだけど……相変わらず、あたしは解体する勇気がない。ということで、解体はミーシャにお任せである。ごめんね。
「ねぇ……ミーシャはどうしてストリートチルドレンをしてるのか聞いても良い?」
ミーシャが解体をしているあいだ、あたしは周囲を警戒しつつ尋ねた。
「ボクがストリートチルドレンな理由?」
「うん。あたしも詳しいことは知らないんだけど、この街って孤児院があるんだよね?」
ジークから聞いた話によると、孤児院は衣食住が保障されているという。その孤児院に入らないのは、よっぽどワケありの子供だけ。
そんな風に聞かされていたから、初めはミーシャのことを警戒してた。
けど、ミーシャは悪人なんかに見えない。それどころか、かなり良い子に思える。そんなミーシャが孤児院に入らず、ストリートチルドレンをしている理由が気になったのだ。
「……もちろん、言いたくなければ聞かないけど」
「いくつか理由はあるけど……一番は単純だよ。ボク、売春が嫌だったの」
「……………………はい?」
まったくもって予想外。しばらくその言葉の意味が分からなかった。
けど、三回くらい反芻して、ようやくその意味に思い至る。
「孤児院に入ると、売春させられるの?」
「他にもっと稼げるような才能があれば別かもだけど、ほとんどはそうだよ。ちなみに男の子の場合も可愛ければ……。そうじゃない場合は、鉱山とか危険な場所で働かされるの」
「……なんでそんなことに」
「なんで……って、そうでもしないと、孤児院が儲からないでしょ?」
「……………………なるほど」
福祉団体でも慈善事業でもなく、子供を使った商売ってこと。
許せない――って言いたいところだけど、現代の地球でも人身売買は日常茶飯事。一分間に数人くらい売られている、なんて話もあるくらいだ。
そして、そういう子供の扱いは大抵最悪だ。
この街の孤児院は衣食住が保障されているだけマシだと思う。
やるせない、とは思うけどね。
というか、一歩間違ってたら、あたしも同じような状況になっていた訳で、そう考えると日本並みの福祉をと思わなくもないけど……この世界の文明レベルじゃ無理な要求だよね。
……ホント、ユーリにはどれだけ感謝しても足りないよ。
「サクヤお姉ちゃん?」
「あぁ、ごめんね。少し思うところがあってさ」
「思うところ?」
「うぅん、こっちの話」
「……そう? ところで、解体は終わったけど……どうする?」
「ん~そろそろ日も落ちてきたし、今日はもう帰ろうか」
「うん、そうだね。ボク、一日でこんなにたくさん魔獣を狩ったの初めてだよ!」
「そかそか。良かったね」
ミーシャは可愛いなぁとあたしは微笑む。
といっても、ミーシャはずっとフード付きのローブを被ったままで、顔とかほとんど見えないんだけどね。せめて、顔くらい見せてくれても良いのに。
なんてことを思いながら、あたし達は帰路に就いた。
「凄い凄い、サクヤお姉ちゃん、凄いよ! ボク、こんなに稼いだの初めてだよ」
ギルドのロビー。
換金を終えたミーシャがはしゃいでいる。
「いつもはどれくらいなの?」
「銅貨で十枚前後だよ」
「……なるほど」
ちなみに、銅貨が百枚で銀貨が一枚のレートだ。実際には、そのあいだに大銅貨があるんだけど……それはともかく、今日の稼ぎは銀貨で六枚。
ミーシャは普段の六十倍近く稼いだことになる。
同時に、あたしの取り分で考えると、ユーリと一緒に出かけたときの半分程度。あたしがいままで、どれだけユーリに頼っていたのかが良く分かる。
「ねぇねぇ、サクヤお姉ちゃん、本当に分け前は半分こで良いの?」
「それはもちろん。ミーシャこそ、半分で良いの?」
自分に強化魔術を掛けたとしても、ガルム一体を倒すのに悪戦苦闘は確実。というか、魔獣とはいえ命を奪う勇気がない。
そして倒した後も、解体という難関が立ちはだかっている。
ということで、どちらかというとあたしの方がもらいすぎな気がするのだけど……結局は半分こ、三枚ずつにした。
それから――
「ねぇ、ミーシャ。明日も一緒に狩りに行かない?」
「良いのっ!?」
「うん。ミーシャが良ければ、だけど」
「もちろん、大歓迎だよぅ~」
「そっか、良かった。それじゃ、明日のお昼、ここで」
あたし達は明日の約束をして、その日は解散となった。
「――ということがあったんだよ~」
ウェイトレスのバイト中。
あたしは食事に来たフィーリアに、ミーシャとのあれこれを話していた。だけど、それを聞いていたフィーリアが微妙な表情を浮かべる。
「……えっと、どうしたの?」
「いえ、その……ミーシャという子は大丈夫なんですか?」
「あたしの主観だけど、悪い子じゃないと思うよ?」
「いえ、それも信じがたい事実ではあるんですが……わたくしが心配しているのはそっちじゃありません。その子がお金を持って、ギルドのロビーではしゃいでいたことです」
どういう意味か考えたのは一瞬。すぐにフィーリアの言いたいことを理解した。
「お金を持って――って言っても、銀貨数枚だよ?」
「冒険者の中には、日々の生活に追われている方が少なからずいます」
「そう、だね」
他ならぬミーシャがそうだ。銀貨三枚は一ヶ月分の稼ぎだと言っていた。あたしだって、ユーリやミーシャと出会わなければ、同じような境遇にあっただろう。
「そして、その子はなんの後ろ盾も持たない――つまりは、ミーシャを路上で襲ってお金を奪ったとしても、誰かに咎められる可能性は皆無に等しい」
「もしかしなくても、ミーシャが危ない?」
「話を聞いている限り、警戒心の強い子だとは思いますが……ギルドのロビーで騒いでいたことを考えると、浮かれているのでしょうね」
「――あたし、ミーシャのこと捜してくる!」
身を翻したあたし、そのまま厨房へ直行する。
「レイチェルさん、すみません。一時間ほど抜けさせてください!」
「あん? この忙しい時間帯になにを言ってるんだい?」
「ごめんなさい。でも、友達が危ないかも知れないんです。このお詫びは後で必ずしますから、どうかお願いします!」
あたしは深々と頭を下げた。
そうして、五秒、十秒と頭を下げ続けていると、頭上からため息が聞こえてくる。
「……顔をあげな」
「……はい。……あの?」
「一時間ほどしたら、店が本格的に忙しくなってくる。だから、それまでに戻ってきな」
「ありがとうございます!」
あたしはもう一度頭を下げて、厨房を飛び出した。
そうして店を飛び出したところで、フィーリアが合流する。
「貴方一人じゃ心配ですから、わたくしもついていってさしあげますわ」
「ありがとう、フィーリア」
「ふんっ、別に貴方のためじゃありませんわ。貴方になにかあったら、お姉様が悲しむと思ったから、同行して差し上げるだけですわ」
「あはっ、ツンデレだね」
「違いますわよっ」
「そうだね。フィーリアは普段から優しいもんね」
あたしが微笑むと、フィーリアはそっぽを向いてしまった。
「フィーリア?」
「……まったく、行きますわよ」
「うん。――っと、その前に」
あたしは意識を集中して、自分とフィーリアに強化魔術を掛ける。
「ひゃうんっ。一体なにが……って、え? 急に身体が信じられないほど軽く……サクヤ、なにをしたんですか?」
「強化魔術だよ」
「強化魔術? いえ、強化魔術で、ここまでハッキリと能力が上がったりは――」
「そんなのあとあと、行くよ!」
あたしはフィーリアの手を掴んだ。
「ちょ、サクヤ、待ちなさい。そんな強引に――ひゃああああああっ!?」
あたしはフィーリアを引きずるように走り出す。
「ちょっと、なんですのこの速度は――って言うか、どうしてわたくしも、それについて行けてるんですか。サクヤ、貴方は一体なんなんですかっ!」
「どこにでもいる普通の見習い冒険者だよっ」
「そんな普通があってたまりますか――っ!」
フィーリアが叫ぶので、道行く人々がなにごとかって注目してくる。
けれど同時に、驚いた人達が道を空けてくれる。
あたしとフィーリアはそうして出来た道を全力で駆け抜けた。
そんなこんなで、あたしはミーシャと二度であった裏路地に顔を出した。
「いつもなら、この辺にいるんだけど……」
「はぁ……疲れ……てはいませんが、精神的に疲れましたわ」
なにかフィーリアが愚痴っているけれど、いまはミーシャを捜すのが先だ。
あたしは「ミーシャ~」と、大きな声で呼んでみる。
「サクヤ、そんなに大声を出したら、変な連中を呼び寄せて……遅かったみたいですわね」
曲がり角の向こうから、いかにも色々犯罪に手を染めていそうな男が二人現れた。
「よー、姉ちゃん達――」
「――ファイア」
フィーリアが男達に向かって手を突き出す。――刹那、その手からファイア……というか、紅蓮の業火が吹きだして、二人のあいだをかすめて石壁に直撃した。
「ぎゃあああああっ!?」
「腕が、腕がああああっ」
二人は腕を押さえながら、地面の上を転がり回る。かすめただけでも相当な熱量だったのだろう。二人の袖が片方、焼け落ちている。
一応、悪人だとは思う。思うんだけど……『よー、姉ちゃん達』の後に、道を教えてくれなんてセリフが続く可能性も零じゃなかったよね。
「……フィーリア、容赦ないね」
「ご、誤解ですわっ! わたくしはただ、魔術で軽く脅そうとしただけです」
「軽く脅すって……」
むしろ、すべてを焼き尽くす勢いだった。
というか、石壁が赤くなるほどに焼かれてるし……
「ですから、誤解です。一番弱いテンプレートを使ったのに、なぜかありえないくらいの炎が吹き出たんです!」
ちなみに、テンプレートと言うのは、魔術を使うときのイメージと単語を結びつけておくことで、魔術を使用する過程を短縮する方法だ。
高速起動や、威力の使い分けに便利らしいんだけど、あたしの強化魔法や治癒魔法は使い分ける必要がないから、いまのところ覚えていない。
「……あぁ、そっか。あたしの強化魔術のせいだね」
「はい?」
「だから、あたしの強化魔術、掛けっぱなしでしょ?」
ユーリもミーシャも魔術を使わないから、すっかり忘れていたけど、そういえば魔術の威力も強化していた。フィーリアの魔術の威力が上がったのは、それが原因だろう。
「いえ、あの……強化魔術で魔術の威力が上がるとか、初めて聞いたんですけど」
「それはともかく、あの連中だけど……」
さすがに可哀想だし、治癒魔術で治してあげようかな――と、視線を向けたあたしは、片割れの男の手から、銀貨がこぼれ落ちているのを目にしてしまった。
その枚数は……三枚。
「……その銀貨、どうしたの?」
「そ、そんなの、どうでも良いだろ?」
男は怯えつつも、銀貨を隠すように握りしめた。
「フィーリア、もう一発ファイア撃っちゃって!」
「は? いえ、あの……急にどうしたんですか?」
「ミーシャが受け取ったのも、銀貨三枚なんだ」
「……なるほど。そういうことですの。なら……口を割るまで締め上げましょう」
フィーリアが冷たく笑って、ゆっくりと右腕をあげた。
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