第13話 JKサクヤは異世界で孤独を感じる 2
「……ただいま~」
ウェイトレスのバイトが終わった後、帰宅したあたしは恐る恐る玄関の扉を開けた。
昨日の夜、ユーリを突き飛ばしてしまったきりなので、顔を合わせるのが気まずい……なんてことを考えていたのだけど……ユーリはいなかった。
「……ユーリ、まだ帰ってないの?」
ダイニングキッチンの他に、お風呂や寝室も探すけど姿がない。いつもならとっくに帰ってくる時間なのに、今日はどうしちゃったんだろう?
もしかして、昨日のこと、まだ怒ってるのかな?
そんなことを考えながら、テーブル席に座ってユーリが帰ってくるのを待つことにした。
「……んにゅ?」
誰かに頬を触れられたような気がして、あたしはもぞもぞと身をよじった。
その直後、ガタガタという音が響く。
――あれ? あたし、なにをしてたんだっけ?
うっすらと目を開くと、明かり取りの窓から差し込む朝日が目に入った。
凄くまぶしい。というか、ここ……ダイニングキッチン?
どうして、こんなところで……そうだ。あたし、ユーリが帰ってくるのを待ってて――
「ユーリ!?」
慌てて上半身を跳ね起こす。そうして周囲を見回すと、玄関へと立ち去ろうとしているユーリを見つけた。
あたしの声が聞こえたはずなのに、ユーリはそのまま玄関へと去って行く。
「待ってっ、ユーリ、ちょっと待っててば!」
慌てて玄関へと走る。
ユーリが玄関から外へ出る。その寸前でようやく捕まえることが出来た。
「……なに?」
「なにって……その。ユーリ、どこへ行くの?」
「ギルドの依頼をこなしに行くのよ。少し大口の仕事が入ったから、しばらくうちを留守にしがちになるわ」
「……そう、なんだ」
あたしとの冒険はどうなるの? とは聞けなかった。
しばらく一緒に冒険をすると言っただけで、毎日一緒に行くと約束した訳じゃないし……なにより、あんなことがあったのに、冒険にだけは連れていって欲しいなんて……言えない。
「私の部屋の引き出しに、いざという時のお金が入っているわ。もしなにか、急にお金が必要になったら、そのお金を使いなさい」
「そ――っ」
そんなことを心配してる訳じゃない。そう怒鳴りそうになって、慌てて口を閉じた。
いまのあたしは感情的になっているのか、上手く話せる自信がない。
だから――
「ありがとう。ユーリも……その、気を付けてね」
あたしはせめてもの気持ちを込めて、ユーリのことを送り出した。
昼下がり。
あたしは独り、街の大通りを歩いていた。
「あぁ~あ。どうしてこんなことになっちゃったんだろう」
考えてみても答えは出ない。
最初は、とにかくユーリの家を出て自立したかっただけ。だけど……最近は、その考えが少しだけ変わり始めていた。
なのに、その直後にユーリとの関係がこじれ、普通の会話すら出来なくなってしまった。
「はぁ……世の中ままならないなぁ」
何度目か分からないため息をつく。
そうして行く当てもないままぶらぶらしていると、いつの間にか懐かしい表通りを歩いていた。あたしがこの地に降り立った日、お仕事を探していた通りだ。
「……たしか、この裏路地でユーリと出会ったんだよね」
奥に入るのは恐いから、通りからちらりと顔だけ覗かせる。そこには、フード付きのローブを身に纏う子供が座り込んでいた。
「……あ」
子供と目が合ってしまった。
この街のストリートチルドレンは危険。そう警告されていることを思いだしたあたしは、回れ右をして、表通りへと復帰――する寸前、スカートの裾を掴まれてしまった。
中学生くらいの子供を振り払うなんて出来なくて、あたしは思わず振り返る。
その子は、あたしのことをじっと見上げていた。遠目には分からなかったけど、フードの奥に見えるのは女の子みたいだ。
あたしはほんの少しだけ警戒のレベルを引き下げる。
「えっと……その、なにか、用?」
「……ありがとう」
「……えっと、いきなりなに?」
これはもしかして、施しをするまでお礼を言い続けるとか、そういうアレなのかな?
「あのとき、助けてもらったのにお礼を言えなかったから」
「……あのとき? あ、もしかして貴方、路地裏でからまれてた子?」
あたしが問いかけると、女の子はこくりと頷いた。
「そっかそっか、あのときの子か。もしかして、あたしのことを探してた?」
「うん。助けてもらったのにお礼が言えなかったから。あのときは助けてくれてありがとう。お姉ちゃんは大丈夫だった?」
「……まぁ、一応ね」
実際は置いてきぼりにあって大ピンチだったので、返事に少しだけ不満が滲んだ。
でも、冷静になって考えると、首をつっこんだあたしが悪いんだ。というか、この子が逃げなかったら、二人揃って捕まっていただろうし。
なんてことを考えていたんだけど、女の子は「良かった……」と呟いた。
「あたしのこと、心配してくれたんだ?」
「うん。後から考えたら、お姉ちゃん普通の人っぽかったから」
「……普通の人じゃなかったら心配しないの?」
「最初にお姉ちゃんが現れたとき、あいつらの気を逸らしてくれたから、その隙に逃げろってことだと思って逃げたの」
「あ、あぁ……」
それで迷わず逃げたのか。
もしかして、逃げるときにこっちをチラ見したのは、その合図のつもりだったのかな?
「でもね、後から気付いたんだ。お姉ちゃん、もしかしたらなにも考えずに首をつっこんできた、ただの世間知らずじゃないかなって」
「あはは……は……」
図星過ぎて乾いた笑いしか出ないよ。
「それで、心配になって戻ったんだけど、もう誰もいなくて。連れ去られて奴隷にでもされちゃったかと思ったけど、無事で良かったよ」
「あは、あはは……」
帰り道で雨に降られてなくて安心したよ~くらいのノリで言われてしまった。
生きている世界が違うんだなぁと実感させられる。
「それで、ね。お姉ちゃんにお礼させて欲しいなぁ……って」
「キスはいらないよ?」
「……んにゅ?」
なに言ってるのこのお姉ちゃん。みたいな顔で見上げられた。
「違うなら良いの。というか、あたしが勝手にやったことだから、気にしなくて良いよ」
あたしがそう言うと、女の子はぶんぶんと首を横に振った。
「ボク、お姉ちゃんにお礼をしたい」
「……うぅん。ちなみに、お礼ってどんなの?」
女の子が逃げたのは、あたしも逃げると思い込んでいたから。つまり、この子は家なき子なだけで、まったく問題のない善良な女の子。
――なんて、鵜呑みにした訳じゃない。
あたしの直感は大丈夫だって言ってるんだけどさ。ユーリに迷惑を掛けちゃったこともあるし、自分の勘を信じて危険なことは出来ない。
そうしてお礼の内容を問いただしたんだけど、返ってきたのはご飯という言葉だった。
「あっちの通りに、屋台がたくさん並んでるでしょ?」
「あぁ……うん」
あたしが転生して最初に歩いていた露店通りがある。
「そこまで付いてきてくれるかな?」
「んっと……まぁ、それなら」
治安的にも問題のない場所だし、危険になることもないだろう。ということで、あたしは女の子に付いていくことになった。
「ねぇ……えっと。貴方、名前は?」
「ボクはミーシャだよ。お姉ちゃんは?」
「あたしはサクヤ」
「……サクヤ? じゃあ……サクヤお姉ちゃんだね」
肩越しに振り返って、笑顔であたしをサクヤお姉ちゃんと呼ぶ。その姿があたしの死んだ妹と重なって、あたしは思わずドキリとした。
「……サクヤお姉ちゃん、どうかした?」
「え? あぁ……うぅん、なんでもない。それよりもミーシャ、どこに向かってるの?」
「安くて美味しいお肉を売っている露店だよ~」
「……露店? ミーシャって、ストリートチルドレンじゃないの?」
「そうだよ?」
「そう、だよね……」
だったら、どうして露店に行くの? お金なんてないよね? そんな疑問が浮かんだけれど、聞いて良いか分からなくて言い淀んでしまう。
そうこうしているうちに、ミーシャは屋台の前で足を止めた。
あれ……この串焼きのお店って、あたしが初めて来たときに話を聞いたお店だ。
「おばちゃーん、串焼き一本ください~」
ミーシャがおばちゃんに銅貨を二枚差し出す。
……途中からもしかしてとは思ってたけど、お金持ってたんだ。ちょっと驚きだよ。
「はいよ……って、ミーシャじゃないかい。久しぶりだね」
「うん、久しぶりだね。今日はこのお姉ちゃんに、お礼をしに来たの」
「……このお姉ちゃん? おや、あんたはあのときの」
視線を向けられ、あたしはこんにちはと会釈をした。
「おばちゃん、早く早く」
「おっと、そうだったね。はいよ」
「ありがとう~」
おばちゃんから一本の串を受け取ったミーシャが、その串を持ってあたしをじっと見た。
「……えっと?」
「お礼。ボクのことを助けてくれたお礼だよ」
そう言って串を差し出してくる。
あたしはその串を思わず受け取ってしまったけれど……そうして一本の串を受け取ってしまったら、当然ミーシャの手にはなにも残らない。
「……ミーシャは食べないの?」
「ボクはさっき食べたばっかりだから、お腹いっぱい――」
ミーシャのセリフを掻き消すように、ミーシャのお腹が鳴った。
「い、いまのは、その。と、とにかく、それはボクからの気持ちだから!」
「……そっか」
あたしはようやく理解する。
きっと、ストリートチルドレンのミーシャにとって、食事は命の次くらいに大切なこと。
だから、ミーシャはあたしに一本の串焼きを買ってくれた。
これは、たった一本の串焼きなんかじゃない。ミーシャの真心を込めたお礼なんだ。
「ありがとう、ミーシャ。それじゃ、いただくね。……ん、凄く美味しいよ」
一口かじって、その肉汁の多さに驚く。
ちょっとクセがあるけど、味は物凄く濃厚で美味しい。
「ねぇ、ミーシャ。実はこのお店、以前あたしがお世話になったお店なの」
「……そうなの?」
「うんうん。それでね。いつか串焼きを買いに来るって、おばさんに約束してたんだよ。そうだよね、おばさん」
あたしはおばさんにウィンクをする。
「ん? あぁ……そうだったね」
あたし達のやりとりを聞いていたのだろう。おばさんはすぐに頷いた。
「ということで、串焼きを……一本だけ、お願い」
あたしは口でそう言いながら、二本分の銅貨を手渡す。それを見たおばさんは、それはもう満面な笑みを浮かべる。
「あぁ……そう言えば、あんたが次に来たら、串焼きをおまけするって言ってたねぇ。すっかり忘れてたよ。ということで、今回だけ特別に、二本おまけしてやるよ」
「……良いの?」
三本の串焼きを手渡されて、あたしは素で驚いてしまった。
「あの子を助けてくれたお礼さ。といっても……」
「うん、そうだね。そうさせてもらうよ」
あたしはおばさんにもう一度ウィンクをして、ミーシャへと向き直った。
「あのね、あたしこんなに食べられないから、半分食べてもらっても良いかな?」
「え、でも、そんなの……ボク、なにもしてないのにもらえないよ」
「なにもしてなくないよ」
あたしはそういって、ミーシャの手に二本の串焼きを押しつけた。
「ミーシャは気付いてないと思うけど、あたしはミーシャに凄く感謝してるんだ」
――ストリートチルドレンとは関わらない方が良い。
ユーリ達にそういわれて、あたしは自分の行動を悔やみそうになってた。でも、ミーシャが悪い子じゃないって分かって、あたしは自分の行動を後悔せずにすんだ。
……だからって、あんな無謀な真似は二度としないつもりだけどさ。
「だから、その串焼き二本は、そのお礼だと思って。……ね?」
ミーシャがあたしの目をじっと見つめてくる。
なんか、あたしの真意を探ろうとしているみたいだけど……別に嘘を吐いている訳ではないので、あたしはその視線をじっと受け止める。
ほどなく、ミーシャはあたしの差し出した串焼きを受け取ってくれた。
「ありがとう、サクヤお姉ちゃん」
「こっちこそ、心配してくれてありがとうね」
ミーシャが返事の代わりか「あむっ」と串焼きにかぶりつく。それを見たあたしも串にかぶりつき、二人仲良く二本の串を平らげた。
「おばちゃん、この串美味しかったよ。また来るからね」
「あぁ、いつでも食べにきな」
「うん、そうするね~」
おばさんにお別れを言ったあたしは、ミーシャに視線を向けた。
「それで、ミーシャはこれからどうするつもり?」
「ボク? ボクはこれから森の入り口付近に行って、薬草の採取とかかな~」
「……ミーシャも冒険者なの?」
「ボクもってことは、サクヤお姉ちゃんも?」
ミーシャが驚きを持ってあたしを見る。
「やっぱり見えないよね。あたしは見習いで、治癒魔術と強化魔術しか使えないの」
「……支援魔術?」
「気になるなら、掛けて見せようか?」
「え、良いの?」
「うん。行くよ~」
ミーシャの神経の伝達速度、筋肉の伸縮性、脂肪の衝撃吸収性、魔力を操る器官の強化を思い浮かべて魔術を使う。
「ふわぁ……。これ……すご……んっ。……はぁ。凄い。凄く身体が軽くなったよ!」
ミーシャがぴょんぴょんと飛び跳ねる。反動もつけずに軽く飛んでいるにもかかわらず、その高さは五十センチを軽く超えている。
ミーシャの顔が驚愕に染まった。
「凄い、凄いよサクヤお姉ちゃんっ! 強化魔術ってこんなに凄かったんだね」
「これ、便利だよね~」
あたしはそういいつつ、自分にも強化魔術を掛けた。最近は色々と慣れてきて、複数人に対して同時に強化魔術を掛ける術も身に付けた。
おかげで、荷物運びもちゃんと手伝えるようになったし、下級の魔獣に襲われても、なんとか逃げ回るくらいは出来る様になった。
……前衛のユーリがいなくちゃ、それも意味ないんだけどさ。
「ねぇねぇ、サクヤお姉ちゃん、ボクと一緒に魔獣退治に行ってみない?」
「え、ミーシャと一緒に?」
「うん。僕一人だとガルムが精一杯だから、普段は採取だけこなしてたんだけど……いまの状態なら、余裕で狩れると思う。分け前は半分こで……どうかな?」
「えっと……うぅん。そうだねぇ……」
ミーシャが悪い子じゃないというのは、あたしの中では決定事項。これで騙されたら、あたしの見る目がなかったんだと諦める。
だから問題は、二人で大丈夫かと言うこと。
「……森の、浅いところだけ?」
「うんうん。浅いところだけ。深くまで入ると、なにが出てくるか分からないし、無理をするつもりはないよ。無理なんてしてたら、すぐに死んじゃうもん」
「……ミーシャは凄いね」
実は、ユーリと森に入っていて感じたことがある。
それは、冒険者は凄く慎重で、決して冒険をしようとしないってこと。
たとえば確率1%のくじ引きを当てるのは相当に難しい。だけど、毎日1%のリスクを負っていたら、半年を待たずして大変な目に遭う可能性が非常に高い。
だから、職業冒険者は、冒険をしない。
あたしより年下で、教育だって受けていないはずなのに、その考えに至ってるなんて、ミーシャは本当にしっかりしてると思う。
もしかしたら……そうしなければ生き残れなかっただけかも知れないけど。
なにはともあれ、ミーシャは強化魔術に浮かれて無茶をしようとしている感じじゃない。一余に狩りに行っても大丈夫そうだ。
「それじゃ、一緒に行ってみようか」
「ホント!?」
「うん。ひとまず森の入り口くらいで、採取をしながら魔獣を探してみよ」
――と、そんなこんなで、あたしとミーシャは森へ向かうことにした。
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