第12話 JKサクヤは異世界で孤独を感じる 1

 ――翌日。

 あたしは真っ昼間から酒場の一席で項垂れていた。


「ちょっとサクヤ、一体どうしたのよ?」

 見かねたのか、ウェイトレスとして働いているミリア先輩が声を掛けてくる。

 けど、あたしはそれに応える気力がない。


 いつもなら、一緒に朝ご飯を食べて、それから一緒に冒険に出かける。それがここ最近の日課だったのに、朝起きたら既にユーリは出かけた後だったのだ。


「あ~、昨日のうちに謝っておけばよかったかなぁ~」

「はい?」

「でも、あたしが悪いんじゃないよなぁ。悪く……ないよな」

「ええっと……いくら空いてる時間帯とはいえ、注文もせずに負のオーラを撒き散らすのは、わりと悪いと思うけど?」

「……あぁ、もう、全然分かんないよ。なんであんなことになったんだ」

「いや、全然分からないのはこっち……というか、聞いてないわね。……もう、勝手にオーダー通しておくから、後で文句言わないでよ?」

 ため息をついてミリアが立ち去っていく。


「あ~あ~、あたし、なんでこんなことで悩んでるんだろう」


 あたしが異世界転生を決意したのは家族を探すためだ。

 事故で家族を失って、生きる気力を失いかけていた。そんなあたしに、神様は異世界転生をすれば家族に出会えるかも知れないと言った。

 だから、本当なら悩むべきなのは家族のこと――なのに、あたしはこの世界に来てからずっと、ユーリのことばっかり考えている。


「……でも、仕方ないじゃん。あんなコトされちゃったんだから」

 ファーストキスを不意打ちで奪われ、それからも毎日一回、欠かさずキスをされている。毎日少しずつ、自分がユーリの色に染められていくような、そんな感覚。


「はぁぁぁあ……あたし、ノーマルなはずなんだけどなぁ。あぁ……どうして、こんなことになっちゃったのかなぁ……」

「なんだなんだ、真っ昼間からしみったれた雰囲気を撒き散らしやがって」

 不意に、遠くからそんな声が聞こえてくる。

 顔だけを上げてその声の主を探すと、ジーク、フランセット、フィーリアの三人がこちらに向かってくるところだった。


「よっ、相席良いか?」

「……別に良いけど」

 ジークの問いにあたしが答えると、三人はあたしを囲むように席に着いた。


「……で、なにをそんなに落ち込んでるんだ?」

「それは……」


 誰かに相談に乗って欲しいって思いはある。けど……ユーリに襲われて、突き飛ばしちゃったなんて、言えるはずない。

 って言うか、あのときのユーリの顔。


『ごめんなさい。少し頭を冷やしてくるわ』

 そう呟いて立ち去るユーリは、まるで親に捨てられた子供のような顔をしていた。


 なんで……なんであんなに傷ついた顔をするんだよ。襲われたのはあたし。被害者はあたしなのに、なんでユーリの方が傷ついてるんだよ。

 あんな顔をするなんてズルイ。

 あれじゃ、あたしがユーリに悪いことをしたみたいじゃんか……


「うぅむ。なんか知らんが重傷みたいだな」

「ふんっ、どうせお姉様と喧嘩でもしたんでしょ?」

 フィーリアの言葉に、あたしはギクリと身をすくませた。


「……お? いま、なんか身体が反応したぞ? 図星なんじゃねぇか?」

「へぇ~、これは良いことを聞きましたわ。サクヤ、貴方、ついにお姉様に愛想を尽かされたんですわね。いい気味ですわ」

「……やっぱり、そうなのかな」

 朝起きたらいなかったし、昨日のことで愛想を尽かされちゃったのかな。


「こら、ダメでしょ、フィーリア。そんなこと言ったら」

「ご、ごめんなさい。まさかここまでストレートな反応が返ってくると思わなくて」

 フランセットっとフィーリアがなにか言っている……けど、あたしはそれらに反応する余裕はない。もはや何度目か分からないため息をついた。


「し、仕方ありませんわね。お詫びにわたくしが相談に乗ってあげますわよ」

「……フィーリアさんが?」

 わりと意外だったので、あたしはその言葉に反応した。


「フィーリアで良いですわ」

 更に意外な言葉を掛けられ、あたしはマジマジとフィーリアを見る。するとフィーリアはふいっと視線を逸らし、そしてぼそぼそ話し始める。


「昨日は……その、フォローしてくださったみたいですし。その……助かりましたわ」

 どうやら、フィーリアは昨日、ユーリとちゃんと仲直りできたみたいだ。

 ……よかった。


「フィーリアのツンデレはともかく、俺達でよかったら相談に乗るぜ」

「そうね。フィーリアのツンデレはともかく、あたし達でよければ話くらいは聞くわ」

「ちょっと、貴方達。人のことをツンデレツンデレと、違いますからね。わたくしはただ、借りを作ったままにしておくのが嫌いなだけです!」

 人、それをツンデレと呼ぶんだよ――と、あたしはクスクス笑う。そうして、少しだけ元気を取り戻したあたしはテーブルから身を起こした。


「ありがと、気を使ってくれてるんだ」

「べ、別に気にすることはありませんわ。これはただ借りを返すだけですから」

 フィーリアがつっけんどうに言ってくるけど、一度ツンデレだと思ってしまうと、言動すべてがそんな風にしか思えなくなってくる。


「ホントにありがとね。でも、今はもう少しだけ一人で考えさせて」

「はぁ……貴方、自分一人では解決できないから、悩んでいるんじゃないですか?」

「それは、そう……なんだけど」

 相談するには、昨日なにをあったか言わなくちゃいけない訳で。

 やっぱり、あれは人に言っちゃダメだと思うのだ。


「……貴方がなにを考えているか分かりませんけど、いまは必要ないというのなら無理に聞いたり致しませんわ。その代わり、相談したくなったらいつでも言いなさいよ?」

「……フィーリア、良い人だね」

「んなっ。わ、わたくしは別に……いえ、わたしくしは、もちろん、良い人ですけれども」

 しどろもどろになるフィーリアは、ちょっぴり可愛いツンデレだ。


「それじゃ、本当に困ったら相談させてもらうね」

 少しだけ元気を取り戻したあたしは、フィーリア達との昼食を普通に楽しんだ。




「嬢ちゃーん」

「はーい、呼びましたか?」

 午後、あたしは少し早めの時間からウェイトレスのバイトに入っていた。客の一人に呼ばれて、テーブル席の前に行く。


「おう、呼んだ呼んだ。エールのお代わりを二つ。それと、なにかがっつりしたつまみを頼む。……にしても、嬢ちゃんの服は破壊力があるな」

「……破壊力、ですか?」


 あたしは自分の服を見下ろす。

 あたしが来ているのは制服のブラウスとスカート。それにガーダーベルトで釣ったニーハイソックスに、可愛らしいエプロンを装着した姿。

 ガーダーベルト&ニーハイソックスはレイチェルさんの要望で、客受けが良いから手当を出してくれるってことなんだけど……そんなにガーダーベルトが珍しいのかな?

 なんて思っていたらおじさんの手が伸びてきたので、あたしはそれをひらりと回避した。


「こーら、ウェイトレスにはおさわり厳禁、だぞ?」

「おいおい、そう硬いこと言わずに、ちょっとくらい良いじゃねぇか。そのスカートと、なんだ、タイツみたいな奴のあいだに見える太ももがたまらん」

「もぅ、あんまりしつこいとレイチェルさんに言い付けちゃうからね?」

「うぐぁ。それはヤバイ。諦めるから許してくれ~っ!」


 冗談半分、だけど半分は本気。

 この世界、この手のセクハラは日常茶飯事らしいんだけど……レイチェルさんの名前を出すと大抵は丸く収まる。なんか知らないけど、レイチェルさんは怖がられているらしい。

 あたしとしても軽口ならともかく、本気で触られたりするのは嫌だから助かっている。


「あ~嬢ちゃん、俺のツレがすまないな」

「あはは、冗談ですむ程度なら許してあげるよ」

「ははは、助かるよ。それじゃ、注文を通してくれるか?」

「はーい。たしか、ご注文はエール二つと、がっつりしたおつまみが二皿でしたね」

「ん? いや、おつまみは一皿だぞ?」

「二皿……ですよね。ね、おじさん?」

 さっき、あたしの足に手を伸ばそうとしたおじさんに問いかける。


「かぁ~、嬢ちゃんしっかりしてやがるな」

「そうだよ。だから、これに懲りたら、もうイタズラしようとしちゃ、ダ メ だ ぞ?」

 あたしが微笑むと、テーブル席のおじさん二人が硬直した。


「……嬢ちゃん、それはダメだ、逆効果だ、また、叱られたくなってくる」

「ふえぇぇえっ!?」

 あたしが素っ頓狂な悲鳴を上げると、なぜか周囲から笑い声が起きた。


「しかたねぇ。嬢ちゃんの可愛さに免じて、エールが二つ、おつまみが一つ。それと、唐揚げを一皿頼まぁ」

「はーい。ご注文繰り返します。エールが二つ、おつまみが一つ。唐揚げが一皿ですね。すぐにオーダー通してきますね」

 あたしは微笑んで、今度こそ注文を通すのに厨房へと向かった。


「三番テーブル、エールのお代わりが二杯。それになにかがっつりとしたおつまみが一つ。あと、唐揚げが一皿。あたしが無理言ったので、ちょっとおまけしてあげてください」

「はいよーっ」



 ――そんな感じで、ウェイトレスの仕事をこなしていく。働いているあいだは嫌なことを考えなくてすむので、あたしはちょっとだけ気が楽だった。


「ふぅ、なんとかなりそうだね。サクヤが早い時間から入ってくれて助かったよ」

 一息吐いたところで、レイチェルさんがそんなことを口にする。


「あたしもちょうどよかったです。けど……なにかあったんですか? たしか、夜以外は人が足りてるって聞いた気がするんですけど」

「以前から働いてた子が急に一人辞めちまってね。人手が不足してるんだよ」

「え、それって……もしかして?」

「ああ。いまは昼のシフトも不足してて、寮も一室開いてるよ」

「わぁ……」


 社員寮があって、酒場で毎日フルタイム働かせてもらえるのなら、この世界で十分に自立して生活することが出来る。願ってもないチャンスだ。


「あんたが正式にうちで働いてくれるなら、助かるんだけど……どうだい?」

「えっと……その、少しだけ考えさせてもらっても良いですか?」

 チャンスだって分かっていたけど、あたしの口から零れたのはそんな言葉だった。


「それはかまわないけど……こっちも人手不足で困ってるからね。他に働きたいって子が現れたら、そっちを優先しちまうよ?」

「はい、それでかまいません」

 あたしの最終目標は家族を探すこと。そのために自立して、ユーリの家を出て行くことが、いまの目標のはず――だったんだけどね。


「分かった。あんたが頑張ってくれているあいだは、ひとまず積極的には探さないでいてやるよ。だから、さっさとどうするか決断するようにしな」

「ありがとうございますっ!」

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