第11話 JKサクヤは異世界で独り立ちを目指す 6
それから更に数日。
あたしは引き続き、ユーリとの冒険者稼業を続けていた。
最初は同行するだけでひーひー言っていたあたしだけど、ここ最近は体力的にも余裕が出てきたのか、苦もなくユーリに同行できるようになった。
それどころか、あたしも荷物持ちが出来る様になって一日の稼ぎもアップした。
なんか、体力とか筋肉がつきやすいみたいだ。
もしかして、恵まれた身体って、そういうことだったのかな?
ちなみに、ユーリはもう見習い価格じゃなくても良いなんて言い出したけど、さすがにそれは辞退。引き続き、四分の一だけもらっている。
そんなある日、忘れかけていた騒動が再発した。それは、冒険者ギルドでユーリが換金しているのを待っていたときのことだ。
「貴方、いつまでお姉様に甘え続けるつもりですか!」
いきなり、近くでそんな声が響く。
そこには、以前あたしに忠告をした金髪の女の子が仁王立ちしていた。
「貴方は……えっと。そういえば、名前を聞いてなかったかな」
「フィーリアですわ」
「フィーリアさん。綺麗な名前だね」
ウェーブの掛かった金髪に、ブルーの瞳。
絶対育ちが良いよ――って思うような綺麗な女の子だ。
「あ、ありがとうございます……ではなくっ! 貴方、このあいだわたくしが言ったことを忘れたんですか?」
「もちろん、覚えるよ。それから、あたしの名前はサクヤだから」
「サクヤですわね、覚えましたわ……ではなくて、このあいだの話を」
「分かってる。あたしがユーリに負担を掛けてるって話だよね」
「だったらなぜ、いまだに負担を掛け続けているんですか!」
「ユーリが良いっていってくれたから、かな」
「はぁ……?」
フィーリアが眉をひそめる。
「フィーリアさんの言うとおり、あたしはユーリに負担を掛けてると思う」
「だったら、いますぐ止めるべきでしょう?」
あたしは首を横に振った。
「ユーリは、自分の意志であたしを助けてくれてる。だから、あたしが迷惑を掛けているって決めつけて、止めてもらうのは違うと思うんだ」
「貴方、さっきから、なにを勝手な――」
「――勝手なことを言っているのは貴方の方よ」
底冷えのするような声が響く。一体いつのから話を聞いていたのか、フィーリアの後ろに冷たい目をしているユーリがいた。
「お、お姉様?」
「……貴方だったのね。サクヤに出任せを吹き込んだのは」
「で、出任せなんかじゃ」
「黙りなさい」
「――ひっ」
ユーリの静かな――けれど、切り裂くような冷たい言葉に、フィーリアは息を呑んだ。
「勝手に私の気持ちを代弁しないで。サクヤの言う通りよ。周囲がどう思おうと、私は迷惑だなんて思ったことはない。憶測でサクヤにつまらないことを吹き込むのは止めなさい」
「わ、わたくしは、ただ、お姉様のことが心配で」
「心配した結果がこれ? 私が、どんな気持ちでサクヤと一緒にいるか、貴方に分かる? 貴方の行動が、私の迷惑になってるって、分からないの?」
「わ、わたくしは……」
フィーリアはしどろもどろになってしまう。
「とにかく、サクヤにつまらないことを吹き込まないでちょうだい。じゃないと、たとえ貴方でも許さないから」
「……ご、ごめんなさい!」
フィーリアは踵を返して走り去ってしまう。
その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいて……
「馬鹿ユーリっ!」
あたしはユーリの腕を掴んでこちらを向かせた。
「……サクヤ? なにを怒っているの?」
「なにを怒っているの? じゃないだろ! フィーリアさんはユーリのことを心配してくれてるのに、あんな酷い言い方しちゃダメだろっ!」
あたしが声を荒らげると、ユーリは戸惑うように視線を揺らした。
「えっと……私、貴方を庇ったつもりなんだけど」
「それは嬉しいよ。でも、ダメ」
「ダメなの!?」
ユーリが見るからにショックな顔をする。
「ダメだよ。ダメダメだ。だって、友達のことを思ってあんな風に言ってくれる子、なかなかいないよ? それを、あんな風に怒っちゃダメだろ?」
「それは、でも……あの子は、私の気持ちを勝手に代弁して、貴方を傷つけて……」
「うん。それでユーリが怒る気持ちは分かるし、庇ってくれたのは凄く嬉しいよ」
「……それなのに、ダメだって言うの?」
ユーリは拗ねるような仕草を見せた。
こういうところは……ちょっと可愛い。
いままでは、ユーリがしっかりした年上としか思ってなかったんだけど……抱き枕にされた夜、ユーリが泣いているのを見たからか、護ってあげたいって気持ちが出てきたんだよね。
ということで、あたしはユーリの頭を優しく撫でつける。
「サ、サクヤ……?」
「なにも、訂正するなって言ってるんじゃないよ。あたしが言いたいのは、あんな風に頭ごなしに怒って、貴方を大切に思う気持ちまで否定しちゃダメだって言ってるの」
「……いまの貴方みたいにしろってこと?」
「え? あぁ……そう、かも」
ユーリの好意に感謝しつつ、やり方がダメだと諭している。
あたしがユーリにして欲しいのはそういうことだ。
「ユーリのこと、あんなに思ってくれてるんだもん。大切にしなきゃダメだよ」
「……そうね。たしかに私も言いすぎたと思う。いまから謝ってくるわ」
「うん。それが良いよ。あたしのことは大丈夫だから、行っておいで」
そんなこんなで、あたしはユーリを見送る。
でもって、街をぶらつこうかなとギルドを後にしたあたしは――
「嬢ちゃん、ちょーっと、顔を貸してくれるか?」
「ひぅ」
ギルドから出たところで、いきなり知らない男にからまれた。
ところ変わって、以前ユーリに紹介してもらった酒場の一角。
あたしは男女一組の冒険者と、テーブル席を挟んで向き合っていた。
「それで、もうダメだって思ったそのとき、颯爽とユーリが現れたんですよ~」
「おぉ。さすがねぇさん。相変わらずヒーローしてるなぁっ!」
「ほんと、ユーリさんはどこに行っても同じなのね」
ユーリとの馴れ初めを語るあたしに、ジョッキ片手に二人が相づちを打つ。
ちなみに冒険者ギルドの前で声を掛けてきた冒険者で、剣士風の男子がジークで、軽装の女子がフランセットだ。
二人は幼馴染みで、同じく幼馴染みのフィーリアと組んでいる仲間なんだって。
「しかし、サクヤ。悪いことは言わねぇから、ストリートチルドレンには関わるな」
「……そんなに危険なの? ただ家がないだけの子供でしょ?」
「サクヤはこの街に来て間もないみたいだから知らないのは無理もないけどよ。この街にはちゃんとした孤児院があるんだよ」
「……そうなの?」
あたしが首を傾げると、ジークとフランは揃って首肯した。
「でも、そう言うのって、あふれたりするんじゃないの?」
「いんや。基本的には、孤児なら誰だって受け入れてもらえる」
「……え、だったらどうして?」
「本人に入る気がないか……もしくは、入った後に追い出されたか、だろうな」
「犯罪者か、よっぽどの問題児ってことね」
ジークだけでなく、フランセットまでもがそんなことを言う。
あたし、あの子が悪い子だとは思わなかったんだけどなぁ。
「そういう訳だから、出来るだけ関わらない方が良いぜ」
「……うん、肝に銘じておくよ」
あたしとしては、やっぱりあの子とのことは気になるんだけど、二人が心配してくれているのが分かったから、素直に感謝の言葉を伝えた。
「でも、二人とも感じの良い人で安心したよ。最初にジークに声を掛けられたとき、からまれたと思ったから」
「あ~、ジークって口が悪いから。脅かしちゃってごめんね」
「おう、悪かったな。けど、口が悪いだけで悪気はないから許してくれ」
「自分で言ってどうするのよ」
フランセットとジークのやりとりに、あたしはクスクスと笑う。この短期間で、あたし達はすっかりと打ち解けてしまった。
ちなみに、この二人……フィーリア含めて全員十六歳だそうだ。それなのにすっかりベテランの冒険者って雰囲気で……この世界って大変なんだなぁ。
「ところでさ。二人はどうしてあたしに声を掛けようと思ったの?」
「あぁ、それな。もともと、ねぇさんのお気に入りってんで興味はあったんだ。それで、今日の一件を目撃して、謝罪とお礼を兼ねて声を掛けてみようぜって、フランと話し合ったんだ」
「興味は分かるけど……謝罪とお礼?」
どういうことだろうとあたしは首を傾げる。
「フィーリアが迷惑掛けたみたいで悪かった。それと、ねぇさんにフォロー入れてくれて助かったっていう、謝罪とお礼だよ」
「なんだ。そんなの、気にしなくて良いのに」
あたしは笑って、果物を絞ったジュースを飲む。
ちなみに、ジークとフランセットが飲んでいるのはエール。あたしより年下だけど、この世界では立派な成人。もうお酒も飲める年齢だそうだ。
つまり、あたしもお酒を飲めるんだけど……いまだ飲んだことはない。
この国においてエールは水代わり。生水は気を付けなきゃ恐いらしいから、本当はお酒を飲んでた方がある意味では安全なんだけどね。
「実は俺達も、ねぇさんに世話になってるんだ」
「そうなの?」
「ああ。だから、ねぇさんが怒るのを見てかなり焦ったんだが……サクヤがフォローしてくれて助かったよ。フィーリアには、俺達からよく言い聞かせておくよ」
「ふみゅ。そういうことなら、どういたしまして」
あたしは気にしてないんだけど、相手が気にしそうだったから謝罪を受け入れておく。
「ところで、お世話になったって、なにがあったの?」
「あぁ。あれは二年ほど前、まだ俺達が駆け出しの冒険者だった頃の話だ。まだ自分達の実力が分かってなくてな。無茶をして森に入って死にかけた」
「もしかして、そのときにユーリが?」
「ああ。ねぇさんが颯爽と現れて助けてくれた。あんときのねぇさんは格好よかったなぁ」
ジークがしみじみと呟いた。
話を聞いているだけでも、ユーリの格好いい姿が目に浮かぶ。
「ユーリは昔から優しかったんだなぁ。それでフィーリアは、憧れのユーリに迷惑を掛けるあたしが気にくわなかったって感じなのかな?」
「……そうだな。最近はずっと、俺達と組んでいたからな」
「もしかして、ユーリとフィーリアが恋人だった、とか?」
それなら、分からなくもないと思ったのだけど……爆笑された。
「ないない。フィーリアが一方的に憧れてるだけで、ねぇさんにその気はねぇよ」
「そうなの? ユーリって、結構遊んでそうとか思ったんだけど」
「あの身持ちの堅そうなねぇさんが? 俺は聞いたことねぇぞ。フランはどうだ?」
「あたしもないわね。浮ついた話、一つ聞いたことはないわ。良くPTを組んでいるって理由で、ジークが噂されたくらいじゃないかしら」
「……そう、なんだ」
あたしは二人の話を聞いて凄く驚いた。
この様子だと、二人はユーリが百合属性だってことすら知らなさそう。もしかして、ユーリが遊んでそうって思ったのは、あたしの勘違い?
「後は、アレだ。フィーリア自身、実家が大きな洋服店でな。冒険者になりたいって言って家を飛び出して、ユーリに助けられたからよ」
「……うん?」
なんの話だっけと首を傾げる。
「フィーリアが反発した理由、フィーリアとサクヤが似てるって思ってな」
「あぁ……なるほど」
あたしは異世界転生して、無一文の家なき子。
他にどうしようもなかったんだけど……みんなからは、家出したどっかのお嬢様が、ユーリに甘えてるように見えてるんだな。
ややこしくなるから事情を話すつもりはないし、甘えてるのも事実だから否定はしない。
「最近はとくに俺達とパーティーを組むことも多かったんだ。だから、自分の居場所を奪われたみたいに思ってるんだろうよ」
「そっかぁ~」
大切なモノを奪われる感覚はあたしも良く知っているのでなにも言わない。だからってそれが理由でユーリと離れる――みたいな考えには至らないけど。
「ところで……やっぱりユーリと組んでるときは収入が多いの?」
「あぁ……それは、な」
「そうなんだ……」
ユーリだけじゃなくて、ジーク達にまで迷惑を掛けてるのかなと申し訳なくなる。
「あーっと。だからって、俺達のことは気にしなくて良いぜ」
「そうね、その通りだわ。あたし達もどっちかって言うと、ユーリさんにお世話になってる側だから。貴方にとやかく言うつもりはないわ」
「……ありがとう」
二人とも優しいなぁ。
「ただ、フィーリアはねぇさんにぞっこんだからよ。今後も、ちょっと色々言ってくるかもしれねぇけど。悪い奴じゃないから許してやってくれ」
「それはもちろんだよ」
「その言葉が聞けて安心したぜ。よし、今日は俺達のおごりだ、もっと飲め!」
「あはは、ありがとう」
――と、そんな感じで、あたしはジークやフランセットとの雑談に花を咲かせた。
宴もたけなわに、ジーク達と別れたあたしは帰らず、酒場の厨房へと顔を出した。
ジーク達と話して、少し思うところがあったからだ。
「こんにちは、レイチェルさん」
「誰かと思えばサクヤじゃないか。冒険者として頑張ってるって聞いてたけど、今日はどうしたんだい?」
「実は、レイチェルさんにお願いがあって」
「ふむ、どんなお願いかしらないけど、見ての通りいまは忙しくてね。仕事を手伝ってくれるって言うなら、聞いたやっても良いよ」
「あ、ちょうどよかったです」
「あん?」
どういうことかと、レイチェルさんが怪訝な視線を向けてくる。
「実は夜だけで良いから、ここで働かせてもらいたいって、お願いしに来たんです」
「なるほど。なら、これから働いてくれ。詳しい話は後で聞かせてもらうよ」
「分かりました……あ、でも、今日はあのエプロンを持ってきてなくて」
「……ふむ。この前の服とは違うみたいだけど、相変わらず変わった服だね。まあ、今日はそれで良いだろう。次からはエプロンを着けてくれよ」
「はーい」
と、そんなこんなで、あたしはブラウスにホットパンツ。更にはガーターベルトとニーハイソックスという姿で給仕をした。
――なんか、おひねりが飛んでくるレベルで好評だった。
店内が落ち着いてきた頃、あたしはレイチェルさんに呼び出されて控え室へとやって来た。
「店が落ち着いてきたから、いまでよければ話を聞いてやるよ。そこに座んな」
あたしはレイチェルさんの勧めに従って、向かい合うようにテーブル席に座る。
「……さて、詳しい話を聞かせてもらおうか。あんたは冒険者デビューを果たしたって聞いてるよ。それなのに、どうして酒場で働こうって言うんだい?」
「日中は冒険をしていますが、夜はやることがなくって。それなのに、ユーリはあたしのために夜も冒険をしているみたいで。だから、あたしも頑張りたいなって。それに……」
あたしはこの世界に来てから、ユーリに頼りっきりだ。だからパッドを使って、ユーリになにかプレゼントをしたいと思った。
けど、あたしが稼いだお金は、ユーリの好意によるところが大きい。そのお金でプレゼントを購入するのは、ちょっと違うかなって、そう思ったのだ。
「……それに、なんだい?」
「自分の力で稼いだお金を使って、ユーリになにかプレゼントを買いたくて」
「はんっ、なるほどね。働く時間は、夜の混んでいる時間帯だけで良いんだね?」
「はい。……それじゃあ?」
「是非、うちで働いておくれ」
「ありがとうございます!」
そんなこんなで、あたしは夜だけウェイトレスをすることに決定。お金が貯まったらユーリになにをプレゼントしようかな? なんて考えながら帰路に就いた。
「ただいま~」
「――どこへ行ってたのっ、心配したのよ!」
あたしが家に帰ると、ユーリが飛んできた。
いきなり抱きしめられて、あたしは戸惑ってしまう。
「……ユーリ、どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよっ! 私が帰ってきてもいないから、なにかあったのかと思って凄く心配したのよ?」
「あぁ……そっか、ごめんね。実はウェイトレスのバイトを決めてきたんだ」
あたしの言葉に、ユーリがびくりと身体を震わせた。
「……どうして?」
「どうしてって……」
ユーリにプレゼントをしたいから――なんて、内緒だ。
ギリギリまで秘密にして、ユーリを驚かせてやりたい。
「……私には、言えない?」
「うん。ユーリには言えないかな」
「そう、なんだ。私には、言えないんだ……」
この世界、灯りにかかるコストは日本と比較にならないほど大きい。
だから、灯りが付いていたのはダイニングキッチンだけ。そこからこぼれる光だけが、玄関を照らしている。つまりは逆光。
だから、あたしはユーリの様子がおかしいことになかなか気付けなかった。
「……サクヤは、この家を出るために、頑張って働いてるのよね?」
「え? あぁ……うん。まぁ、ね」
「そして、今度は冒険者以外の仕事?」
「うん。頑張ってみようかなって」
「サクヤは……そんなに私と一緒にいるのが嫌なの?」
「……え? ――いたっ」
ユーリがあたしの両肩を掴んで、玄関の壁に押しつけてきた。ここに来て、あたしはようやくユーリの様子がおかしいことに気付く。
「ユーリ? さっきからなにを言って――んぅっ!?」
強引なキスで唇を塞がれた。
いつもの、強引だけど気遣いのあるキスとはまるで違う。あたしのことなんてまるで考えていない。ユーリの前歯とあたしの前歯が、唇越しにガツンとぶつかる。
痛いっ。それに――恐いっ。
甦ったのは、初めてこの世界に来たあの日、見知らぬ男達に襲われ掛けたこと。ユーリの手のひらがあたしの胸に触れた瞬間。あたしの中でなにかが弾ける。
「――やめてっ!」
あたしは力一杯、ユーリの身体を突き飛ばした。
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