第10話 JKサクヤは異世界で独り立ちを目指す 5

 それから一週間ほどは、ユーリに冒険に連れて行ってもらう日々が続いた。

 そのあいだに、あたしは強化魔術を一瞬で使えるまでに上達。ユーリも違和感なく動けるようになったみたいで、助かるって言ってくれた。

 それに、治癒魔術に関しても、ちょっとした打撲や切り傷を一瞬で直せるくらいになった。


 ベテラン冒険者――とはほど遠いけど、同行させてもらう見習い冒険者としては、足を引っ張らない程度にはなったんじゃないかな?

 とまぁそんな訳で、今日も今日とて、冒険を終えてギルドへと戻ってきた。


「はい、これが今日の分け前よ」

「ありがとう、ユーリ」

 見習いとしての分け前をもらい、あたしはそのお金をポケットの巾着袋にしまう。

 ちなみに、いまのあたしは制服ではなく、半袖のブラウスと、ホットパンツ。それにガーダー&ニーハイソックスという恰好をしている。


 初日は冒険に制服で行ったけど、さすがにそれは色々と不味いと言うことで、動きやすい洋服や財布を購入したのだ。


 ちなみに、鎧なんかを着た方が良いんじゃないかなと思ってユーリに相談したんだけど、半端に鎧なんて着けても、魔獣の体当たりとかを喰らったら意味ないって言われた。

 という訳で、いまのあたしはそういう恰好をしている。

 それはともかく――


「それじゃ、私は行くところがあるから、サクヤは家に戻ってて良いわよ」

「はーい、気を付けてね~」

 あたしはどこかへ行くユーリを見送った。


 最近……というか、あたしを冒険に連れて行ってくれた初日以外、毎日冒険の後にどこかへ行ってるんだよね。

 ……もしかして、女遊び?

 毎晩あたしにあんなキスしておきながら、他の女の子のところへ?


 ……いや、たとえそうだとしても、あたしとユーリは付き合ってる訳じゃないから、どうこう言う資格はないんだけどさ。

 でも……毎日帰りが遅いし、ホントにどこへ行ってるんだろ?


「――ちょっと、そこの貴方っ!」

 あたしがユーリの女遊びについて考えていると、誰かに呼びつけられた。

 視線を巡らすと、女の子がウェーブの掛かった金髪をなびかせながら、あたしに思いっきり指を突きつけていた。

 この子、どこかで見たことがあるような気がするけど……どこだろう?


「えっと……あたしになにか用?」

「なにか用、ではありませんわ! 貴方はいつまでお姉様の好意に甘えるつもりですか!」

「……お姉様? あ、思い出した。貴方、ユーリと話してたことあったよね」

「またお姉様を呼び捨てにして!」

「やっぱり、お姉様ってユーリのことなんだ」

「またそうやって……っ! 人の話を聞きなさいよっ」

 金髪少女が眉をつり上げる。


「ごめんごめん。でも、あたしにとってユーリはユーリだからさ」

「~~~っ」

 金髪少女は顔を真っ赤にする。

 別に煽るつもりはないんだけど……ユーリがユーリなのは事実だからなぁ。ここでこの子に従ってユーリさんとか、それは違う気がする。


「もう良いです。それより、いつまでお姉様に甘えるつもりですか?」

「甘えるって……居候のこと?」

「居候!? 貴方まさかっ、お姉様の家に居候しているんですか!?」

「え、うん……そうだけど」

「~~~っ、なんて羨ましいっ!」

 ……分かった。この子、ユーリのことが好きなんだね。それできっと焼き餅を焼いてるんだろう。……なんて、思っても口に出さないけど。


「居候は、その、色々と事情があってお世話になってるだけだよ」

「それは……それで、色々言いたいことがありますけど、わたくしが言っているのはそれじゃなくて、冒険に同行していることですわ!」

「……え、そっちなの?」


 初日こそ酷かったけど、いまではだいぶ頑張っているつもりだったから、それについて言われているなんて思わなくて驚いた。


「あたし、足を引っ張らないように頑張ってるし、見習い料金しかもらってないよ?」

「そういう問題じゃありませんわ! お姉様がAランクの冒険者だと知らないんですか?」

「……それは、なんか聞いたことがある気がするよ」


 冒険者は、依頼をこなして実績を重ねると、冒険者のランクが上がっていく。そのランクが実力の目安になるので、高ランクの依頼を受けられるようになるらしい。

 でも、それはあくまで特殊な依頼を受けるときだけ。森で魔獣退治なんかの場合は、特に意味はないって聞いてたんだけどなぁ?


「分かってないみたいですわね。お姉様は、私達と組めば、貴方と組むときより、ずっとたくさんの金額を稼ぐことが出来るんです。ですから、分け前の割合以前の問題ですわ」

「……え?」

「お姉様は普段、わたくし達のパーティーと行動を共にしているんです。当然、大きな依頼もたくさんこなしています」


 最初はなにを言われたのか分からなかった。だけど、金髪の女の子に言われた言葉を心の中で反芻してようやく理解する。

 あたしは極力ユーリの足を引っ張らないように同行させてもらっているつもりだった。報酬を、見習い分としての分け前しか受け取らなかったのもそれが理由だ。

 だけど――

 あたしがユーリと行動を共にする。

 それ自体が、ユーリの足を引っ張っていたということ。


「あたし、ちっとも気付かなかった」

「気付かなかった、ですって? 貴方と別れた後、お姉様が毎日どこかへ行っているか、考えたことはありませんの?」

「それは……ストレス発散に女の子と遊びに、とかじゃないの?」

「貴方はバカですかっ! お姉様は貴方と別れた後、一人で依頼をこなしているんです。貴方のせいで、減った収入を補うために違いありませんわっ」

「そんな……っ」


 あたし、そんな迷惑をユーリに掛けてるなんて、思ってもみなかった。

 いや、もちろん、甘えてる自覚はあった。少しくらいは迷惑掛けてるって思ってた。でも、そこまでの迷惑を掛けてるとは……思わなかった。


「……自分がどれだけ甘えているか理解したら、今後はあらためるべきです。お姉様に、これ以上迷惑を掛けないでくださいまし」

 金髪の女の子はそう言い放って、どこかへ立ち去っていった。



 それからのことはよく覚えていない。

 あたしは気付いたら家に――ユーリに使わせてもらっている家にいて、いつの間にか周囲は真っ暗になっていた。

 そして、玄関から物音が聞こえていることに気付く。


「ユーリ、おかえり……」

「ただいま……って、また電気もつけないで、なにをやっているのよ?」

「……なんでもないよ」

 あたしは首を横に振った。


「なんでもないはずないでしょ?」

 ユーリは部屋の灯りをつけて、椅子に座るあたしの顔を覗き込んでくる。


「だから、なんでもないって」

「なんでもない人は、なにをやっているのか聞かれて、なんでもないなんて言わないわ」

「……そう、だよね」

 あたしはきゅっと唇を噛む。

 逃げちゃダメだ。ちゃんと謝らなきゃいけないと、あたしはなけなしの勇気を振り絞る。


「……ユーリ、その……たくさん迷惑を掛けてごめんなさい」

「迷惑? なんのことよ」

「ユーリは普段、他の冒険者と組んで、もっとたくさん稼いでるんだよね? あたしと組んでるせいで稼ぎが減って、だから、それを補うのに帰りが遅くなってるんだよね?」

「……誰にそんなことを言われたの?」

 ユーリの声のトーンが一つ下がった。その冷たい口調にあたしは身をすくめる。


「誰かに言われた訳じゃないよ。噂を耳にして、自分で気付いたんだよ」

「……嘘が下手ね。誰に言われたかは知らないけど、あたしは迷惑だなんて思ったことはないわよ。だから、これからも安心して私を頼りなさい」

「でも、ユーリが無理を――ぅんっ」

 ユーリに唇を塞がれた。


「ユーリ、聞いてっ。あたしはユーリに迷惑を掛けたく――んぐっ」

 迷惑を掛けたくない。だから、もう一緒に冒険はしない。そう言いたいのに、ユーリはその言葉を口にさせてくれない。

 逃げようとするあたしの唇を、自らの唇で塞ぎ続ける。


 そんな状況が一分、二分と続き、あたしは頭が真っ白になった。そうして抵抗を忘れた頃、ユーリがゆっくりとあたしから身を離した。

 自分に触れていた温もりが消えていき、あたしは思わず寂しさを感じてしまう。


「これで、貴方のいう、迷惑を掛けた分はチャラよ」

「……ふえ?」

「言ったでしょ、貴方の面倒を見る対価はキスだって。そして、その分は一日一回のキスでちゃんともらってる。それでも、貴方が迷惑を掛けていると言うのなら……」

「言うのなら?」

 ユーリの溜めに、あたしはゴクリと生唾を呑み込んだ。


「貴方が納得するまで、いまみたいにキスさせてもらうわ」

「ふえぇぇぇえっ!?」

「それでも不安なら、追加報酬として抱き枕になってもらおうかしら?」

「だ、抱き枕っ!?」

「そうね、それが良いわ。今日は抱き枕になってもらう。文句ないわよね?」

「えっと……それは、その……」

「文句、ないわよね」

「……うん」


 ユーリに迷惑を掛けていると思っているのはあたし。その代償に、ユーリがあたしを抱き枕にしたいって言うのなら断れない。


「……で、でも、抱き枕だけ、抱き枕だけだかんなっ!」

「ええ、もちろんよ。ただ、ぎゅ~っと、貴方を抱きしめて眠るだけ」

「うぅ……分かったよぅ」

 あたしはユーリの抱き枕になると観念した。



 その後、あたし達は二人で夕食を食べて、それから歯磨き。

 ……あたしは、先にお風呂に入った。そうしてパジャマ代わりのキャミソールを身に着けて、ユーリがお風呂から上がってくるのをベッドの上で待つ。


「なんか、ドキドキする」

 あたしはユーリの枕を抱きしめて呟く。

 ユーリの優しい匂いと、あたしと同じシャンプーの匂いが胸を満たす。

 女の子同士で一緒に寝るだけ。なんにも不健全なことはない。ないはずなのに……あたしはどうして、こんなにドキドキしてるんだろう。


「……ユーリが、あんなキスするからだ」


 あたしは、同性に興味はなかった。いつか素敵な彼氏をつくって……と、恋に恋する普通の女子高生だったはずだ。

 それが、こんな、女の子と一緒に寝るだけでドキドキするなんて……


「……ユーリのせいだ」

「あら、なにが私のせいなのかしら?」

「――ひゃうっ!?」

 あたしはベッドの上で三十センチくらい跳ねた。

 いつの間にか、ユーリがベッドサイドに立っていたのだ。


「ねぇ、なにが私のせいなの?」

「な、なんでもないっ」

「……本当かしら」

 ユーリがベッドに上がり込んでくる。お風呂上がりだからだろう。触れた肩から、ユーリの熱があたしに伝わってくる。

 無性に恥ずかしくなったあたしは、なにか話題はないかと必死に頭を働かせる。


「ユーリ、そのキャミソールの着心地はどう?」

 あたしが着ているのを見てユーリが欲しがったので、おそろいで購入したモノだ。


「そうね。肌触りがとても良いわ。サイズも……そうね。これで良かったと思うわ」

「ぐぬぬ……」

 あたしは呻いた。

 ユーリのキャミソールは、胸はわりとギリギリで、逆に腰回りはだぶついている。

 たしかに、もう一サイズ大きければ腰や肩なんかがぶかぶかになるだろうし、もうワンサイズ小さければ胸が収まりきらないだろう。

 あたしと同じサイズなのに……なんなの、この胸囲の格差は。


「……というか、ブラはつけてないんだ?」

 キャミソールに浮いている胸のラインから判断する。


「ブラは……便利なんだけど、寝るときは慣れなくて」

「そう、なんだ……」

 まあ、ブラジャーのない世界だし、気持ちは分からなくもない。

 でも、隣で寝てる女の子がノーブラなんて、ドキドキ……してどうするのあたし。落ち着け。あたしは女の子。隣にいる子も女の子。

 ノーブラどころか、素っ裸を見たってドキドキしないのが普通でしょ?

 そう、ドキドキしない。ドキドキなんてしてない。


「……サクヤ、なんだか顔が赤いわよ?」

「赤くなんてないもんっ!」

 あたしは精一杯の虚勢……違う、動揺する理由なんてなにもない。

 平然と振る舞う。


「……よく分からないけど、それじゃ今日は寝ましょうか」

 ユーリはそう言って、枕元にある魔導具の灯りを消した。

 そうして、あたしを抱き寄せて、布団の中に潜り込む。


「それじゃ、おやすみなさい……と、その前に、今日のキスがまだだったわね」

「あう……そう、だね」

 食事の前のキスは、追加のお礼。一日一回のキスはまだ……だけど。うぅ~っ。こんな状況でいつもみたいにキスされたら、あたし眠れなくなっちゃうよぅ。


「おやすみ、サクヤ。……んっ」

 それは、唇同士が一瞬触れるだけのキスだった。

 そうして、ユーリはあたしを抱きしめて目をつぶってしまった。


 ……えっと、どういうこと?

 いまのキスで、今日のキスは終わり?

 あれ、いつもみたいに長いキスをしてくれると……って、ちがーうっ! 別にあたしは、いつもみたいなキスをして欲しいと思ってる訳じゃないから!


「すーっ、すーっ」

 ――って、もう可愛らしい寝息を立ててる!? なに、なんなの? ドキドキしてるのはあたしだけってこと!?

 ……ぐぬぬ。


 灯りは一切ない真っ暗な部屋の中。目の前にあるはずのユーリの顔も見えなくて、分かるのは互いの体温や息遣いのみ。

 あたしがこんなにドキドキしてるのに、自分だけ先に寝ちゃって……このこのっ。

 あたしは手探りで、ユーリの頬をつつく。するとユーリはもぞもぞと動いて、あたしの胸に顔を埋めてきた。


「~~~っ。ちょっと、ユーリ?」

 ささやき声で抗議するけど、ユーリに反応はない。

 ……ホントに、寝ちゃってるのかな? もしかして……疲れてるのかな?

 そう、だよね。

 毎日、朝から夜遅くまで冒険者として頑張って、疲れてないはずなんてないよね。


「……ごめんね、ユーリ」

 あたしはユーリの頭を優しく撫でつけた。


「…………さい」

 ユーリがぽつりと呟く。

 寝言かな? あたしがそう思ったそのとき、あたしの胸を熱い雫が濡らした。


「ユーリ、泣いてるの?」

「……私……こそ、ごめん……なさい」

 なにか、悲しい夢でも見てるのかな?

 そう思った瞬間、あたしの中にあったドキドキは消えた。

 あたしも一人だった頃は寝る前にいつも大泣きしていたから、ユーリを護ってあげたい。そんな気持ちで胸の内が一杯になる。


「……大丈夫だよ。あたしは、ユーリに凄く感謝してるから」

 寝息が安らぐまでずっと、あたしはユーリの頭を撫で続けた。

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