第9話 JKサクヤは異世界で独り立ちを目指す 4

 受付嬢のフォルさんに冒険者として登録してもらった後。あたしはユーリに連れられて、街から少し離れた場所にある森の入り口へとやって来た。


「それじゃ、さっそくだけど、試しに強化魔術を私に掛けてくれるかしら?」

「任せろ――って言いたいけど、どうやれば良いのか分からないんだよね」

 あたしに出来るのかなぁと、ユーリの顔を見上げる。


「大丈夫。既に石版に表示されている魔術を使うのは難しくないわ。魔術の起動には色々なやり方があるんだけど、まずは、発動まで時間が掛かるけど、一番簡単な方法を教えるわ」

「はーい。ユーリ先生、お願いしま――んうっ」

 いきなりキスされた。

 慌てて押しのけようとするけど、ユーリのしっかり抱きしめられていて離れられない。

 呼吸が出来なくて、あたしは頭の中が真っ白になっていく。そうして十秒か二十秒か、ようやく解放されたあたしは、そのままへたり込んでしまった。


「……はぁ……はぁ。――ちょっとユーリ、急になにするんだよ!」

「貴方がふざけたことを言うからキスしたわよ」

「――過去形!?」

 せめて、キスする前に警告して欲しかった。

 ……そういや、前に先生って茶化したとき、キスで口を塞ぐとか警告された気がする。


 せ、せめてこれ以上キスされないように、真面目に話を聞こう。そう思って立ち上がったのだけど、足下がおぼつかない。

 ふらついたところを、ユーリに抱き留められた。


「あら、もう一度して欲しいのかしら?」

「ちっ、違うってっ!」

 あたしは下半身に力を入れて、なんとか自分で立ち上がる。


「それじゃ、続きを説明するわよ?」

「……うん」

 あたしはしおらしく頷いた。


「まずは……使用したい魔術をイメージしてみて」

「魔術をイメージ?」

「魔術を使うには、使用する魔術によって引き起こされる効果をイメージすることが重要なの。今回の場合は、私をどんな風に強化したいかイメージするのよ」

「……イメージだけで良いの?」

「基本は魔術を使用したいって思うだけで発動するわ。ただ、イメージが明確なら明確なほど、効果は高くなるの。だから、とにかく可能な限り明確にイメージするのよ」

「明確なイメージ、だね」

 馬鹿なことを言ってキスされたくないので、あたしはユーリの言葉を真剣に考える。


 対象を強化と言うことは……まずは身体能力の強化だよね。

 力を強くするには、筋肉の伸縮を補助する必要がある。でもって、打たれ強くするために、皮膚や皮下脂肪で衝撃を拡散するようにしつつ、結合力も上げておく。

 後は……そうそう。魔力を変換するには、そういう器官がいるんだっけ? どんな器官かは分からないけど……その器官を強化、なければ組み込む感じかな。

 こんなところかな?

 ……あ、そうだ。神経の伝達速度を上げて反応速度を上げるようにも意識しよう。

 ひとまずは……これくらいかな?


「……お待たせ、イメージできたよ」

「良いわ。なら、その魔術を私に発動するイメージを思い描いて魔力を流し込むの」

「魔力を流し込むって、良く分からないんだけど」

「私は使えないから良く分からないんだけど、その辺りもイメージらしいわ」

「ふむふむ」


 大気中の魔力素子(マナ)を体内に取り込んで魔力に変換してるんだっけ? だとしたら、それを加速させて、更には魔術に込める――って言うイメージなのかな?

 そんな風に思い浮かべると、カチリとなにかがはまるような感覚を得た。


「あ、いけそう。……強化魔術を……発動」


 あたしは、自分を助けてくれたユーリの少しでも助けになれるように、精一杯ユーリを強くしたいと願って魔術を発動させたいと願った。

 直後、自分の中にあるなにかが、腕を介してユーリの中に流れ混んでいく。そうしてユーリに触れている手のひらが熱を帯びたようになり、淡い光に包まれる。


 これが、魔術が発動してる状態、なのかな?

 分からないけど……もっと、もっとユーリを強化して、助けられるように。

 もっと、あたしの魔力を、ユーリにっ!


「――っ。まさかっ、最初からここまで――っ。サク、ヤ、もう、十分、よ」

「……え?」

「もう十分だから……くぅ。……魔力を流し込むのを、止めて……っ」

「――あっ、ご、ごめんなさい!」

 ユーリが苦しそうなのに気付いて、あたしはとっさに飛び下がった。


「ごめん、大丈夫?」

「……ええ、もちろん大丈夫。少し効果に驚いてしまったけど、しっかり身体能力は強化されている――わひゃぅ!」

 いきなり、ユーリがらしからぬ悲鳴を上げてすっころんだ。


「……ユ、ユーリ? 大丈夫?」

「え、えぇ……大丈夫よ。ちょっと、思った以上に身体が動いてびっくりしただけ、だから」

「……えっと、なら……良いの、かな?」


 ひとまず、強化自体は成功したってことだよね。筋肉の収縮を強化したから、一だけ動くつもりが、二とか動いちゃったりするのかな?

 ……うぅん。失敗しちゃった気がする。


「ところで、サクヤ。この強化魔術は、持続させられるのかしら?」

「えっと……なんだか力……これが魔力なのかな? それが少しずつ流れてる感覚はあるよ」

「そう。なら、まずはその状態を出来るだけ維持する練習をしてみて。ただし、無茶は禁物よ。魔力を使い果たした状態で魔術を使うと、命が削られるから」

「命が……?」

「ええ。よほどのことがなければ気絶する程度ですむけど、それだって十分に危険だから、絶対に無理は禁物よ」

「う、うん、分かった」

 とは言ったものの、魔力にはかなり余裕がある気がする。少なくとも、これくらいの魔力消費なら、いくらでも使えそうだ。

 ってことで、あたしは魔術の維持に専念することにした。


「それじゃ、少し森に入ってみましょう。魔獣が出たら私が退治するわ」

「うん、お願いね」


 ということで、あたし達は二人揃って森に足を踏み入れることになった。

 なったんだけど、しばらく歩いて森の奥までやってくると、なぜかあたしが前を歩かされるようになった。


「ねぇ……ユーリ、なんであたしが前なのさ?」

「遺跡やダンジョンだと罠の危険もあるから前は危ないけどね。こういう視界の悪い場所だと、背後や側面からの不意打ちの方が危ないのよ……っと、ほら来たわ」

「え……なに、ひゃうっ!?」


 足を止めて振り返ると、ユーリの背後からでっかいイノシシみたいな獣が飛び掛かってくるところだった。


「ユーリ、後ろだ!」

「分かってるわっ!」

 ユーリが振り向きざまに腰の剣を抜き放つ。

 目にも留まらぬ一閃は、風を切る音と共に衝撃波すら生み出した――が、空振り。イノシシもどきの鼻先をかすめただけだった。


「――なっ」

 焦るユーリに、イノシシもどきが飛び掛かる。

 まともに体当たりを食らったユーリは地面をごろごろと転がった。さらには、突進を止めたイノシシもどきが牙を剥いて、倒れているユーリに襲いかかる。


「ユーリっ!」

「――このっ!」

 ぶんっ! と風を切る音が聞こえるレベルで、ユーリが剣を持つ腕を振るった。その剣の柄がイノシシもどきの脇にぶち当たり――イノシシもどきは吹き飛んだ。

 ……ちょ、え? 普通のイノシシより巨体だよ? 軽く百キロは超えてたよ?

 それを吹き飛ばした?


 見間違いかと思って目を擦るけど、イノシシもどきは近くの木にぶち方って倒れて、そのままぴくりとも動かなくなっている。


「……凄い。……って、ユーリ、大丈夫!?」

 我に返ったあたしはユーリの元に駈け寄った。

 だけど、ユーリは自分の手を見つめていて動かない。


「ちょっと、ねぇ。ユーリってば!」

「……え? あ、あぁ……えっと。私は大丈夫……みたいね」

 ユーリは立ち上がって、自分の身体を確認しながら呟く。

 けど、イノシシもどきは軽く百キロは超えていそうな巨体だった。その体当たりをまともに喰らうって、原付にはねられるくらいの衝撃だと思う。

 それなのに平気って……どうなってるの?


「……本当に大丈夫?」

「ええ。本当に大丈夫よ」

 信じられないけど、ユーリは立ち上がってぴょんぴょんと跳ねてみせる。その様子は元気そのもので、負傷しているようには見えない。


「……ユーリって、物凄く頑丈なんだなぁ」

「いえ、これはむしろ貴方の魔術のせいだと思うのだけど」

「……そう、なの?」

「ええ。いつもより、かなり身体能力が上がってると思う」

「ホントに? なんか、あたしのせいで逆に苦労してない?」

「それはないわ」

「だったら良いけど……」


 ユーリって優しいから、逆に信用できないんだよね。

 でも、だとしても、あたしのやることは決まってる。とにかくいまは、全力で魔術を維持して、今日は無理でも明日は役に立てるように頑張ることだけだ。


 ということで、ユーリが倒したイノシシもどき。ブラックボアって言うらしい――をその場で解体用のナイフを使って解体。

 肉と毛皮、それに牙と魔石を剥ぎ取った。


 ……と、あっさりと終わったみたいに言ったけど、辺りが血だらけになったり、色々グロかったりで、あたしは本気で倒れそうになった。

 頑張って覚えて、お手伝いをって思ったけど……しばらくは無理だと思う。


「ちなみに、お肉はかさばるから、最悪は放棄ね。持ちきれないって思ったら、魔石、牙、毛皮の順で確保しておけば大丈夫よ」

「そう、なんだ……っ」


 せめて荷物持ちくらいはということで、あたしがお肉を持ってるんだけど……重い。美味しい部分だけを贅沢に切り取ったらしいけど、それでも三十キロくらいある。


「ほら、無理しないで、私に貸しなさい」

「でも、あたしなにもしてないし」

「強化魔術を掛けてくれてるでしょ。それで十分すぎるほどよ」

「でも……あっ」

 なんとか頑張ろうとするあたしの手から、ユーリがお肉の入った鞄を奪い取ってしまった。


「……ユーリ、ごめん」

「良いのよ。これくらい、あたしに任せておきなさい」

 うぅ、ユーリが格好よく見えるよ。

 いや、ユーリは最初から綺麗で格好よかったけどさ……


「さぁ、これ以上は持ちきれなくなるから、今日は帰りましょう」

「は~い」



 その後、あたし達は休憩がてらに薬草を採取したり、襲いかかってきた魔獣、といっても、最初の敵ほどは大きくなかったけど――を倒したりしながら帰還。

 あたし達は、無事にギルドにまで戻ってきた。


「お疲れ様、サクヤ。それじゃちょっと換金してくるわね」

「うん。あたしもついていった方が良い?」

「そうね……でも、今日はそこで座って待ってなさい。初めての冒険で疲れたでしょ」

「そんなことは……とっ」


 ないと言うより早くにふらついてしまった。

 緊張の糸が切れちゃったみたいだ。



 ――ということで、しばらく長椅子に座って待っていると、ユーリが戻ってきた。

「お待たせ、サクヤ。換金が終わったわよ」

「うん、どうだった?」

「今日の収入はこんな感じよ」

 そうしてユーリが見せてくれたのは銀貨が十六枚だった。


「……え、ちょっと、多くない?」

「これでも、夕食分のお肉と、お風呂に使う魔石を少し残しているのよ。といっても、今日は大物のブラックボアを倒せたからね。それがなければ半分くらいだったと思うわ」


 半分でも銀貨八枚。

 ……もしかして、ユーリって凄く稼いでるんじゃないのかな?


「という訳で、はい、これがサクヤの分け前よ」

 差し出されたのは、銀貨の半分。


「――って、そんなに受け取れないって」

 あたしはまさに見てるだけ――どころか、魔術を教えてもらっただけだ。荷物持ちすらまともに出来てないのに、半分受け取るなんて絶対に出来ない。


「でもサクヤ、早くお金を稼ぎたいんでしょ?」

「そうだよ。お金を稼げるようになりたいの。だから、働き以上のお金は受け取れないよ」


 キス云々は……まぁ色々とあれだけど、ユーリには凄く感謝している。

 だから、ちゃんと自立して、ユーリに助けてもらうだけの日々から抜け出したい。ユーリのお金で情けを掛けてもらうのじゃ意味がないのだ。


「今回は色々教えてもらったし、分け前はなくて良いよ」

「いくらなんでもそれはダメよ。貴方の魔術はしっかり役にたってるもの」

「……なら、見習いとしての分け前だけをちょうだい。それで、十分だから」

「分かった。それじゃ……今回はこれだけ渡しておくね」

 そう言ってて渡されたのは……銀貨四枚。


「……やっぱり多い気がする」

「そんなことないわ。サクヤの強化魔術の効果を考えたら、これ以下は絶対にないから」

「うぅん……そこまで言うなら、もらっておくね。あ、それと、借りてたお金を返すね」

 そう言って差し出そうとしたんだけど、その手をユーリに止められた。


「そのお金で買った物、私も使わせてもらってるから必要ないわ」

「でも、悪いよ」

「なら、そのお金で、他にもなにか揃えてくれると助かるわ」

「……ん~分かった」

 とまぁ、そんな訳で、銀貨一枚を日用品用として保管。

 あたしの手元には銀貨三枚が残った。

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