第8話 JKサクヤは異世界で独り立ちを目指す 3

 翌朝。あたしはユーリにお願いして、冒険者ギルドに連れてきてもらった。

 あたしが転生してから見る建物の中で、トップクラスの大きさを誇っている冒険者ギルドは、多くの人で賑わっていた。


「ふわぁ、凄い人だなぁ」

「遺跡の捜索や魔獣退治はもちろん、魔導具に使う魔石の採取や、魔獣が生息する森の中での採取などなど。冒険者の仕事って言うのはいくらでもあるからね」

「そっか、それだけ冒険者人口も多いんだ」


 それはつまり、自立するだけの金額を稼ぐチャンスも転がっていると言うこと。

 もちろん、あたしになにか才能があれば、だけどね。


「サクヤ、冒険者の適性確認は登録申請の窓口でやってくれるわ。こっちにいらっしゃい」

「あ、うん」

 ユーリに連れられて来たのは、混み混みの受付が並んでいる区画とは別の場所。登録申請の窓口と書かれた受付だった。

 そこには受付の恰好をしたお姉さんが一人だけ座っている。


「いらっしゃいませ。……って、ユーリさんじゃないですか」

 うわぁ……ユーリはこんなに人の多く出入りするギルドでも、顔と名前を覚えられているんだ。もしかして、凄い冒険者だったりするのかな?


「実は、ここにいる女の子の、適性確認をして欲しいのよ」

「冒険者志望ですか?」

「才能があればやりたいと言っているわ」

「なるほど、分かりました。ではそこの貴方」

 受付のお姉さんが視線を向けてくる。


「初めまして、あたしはサクヤって言います」

「ではサクヤさん。適性の検査をしますのでこちらにどうぞ」

「あ、はい。分かりまして」

 言われたとおりにカウンターの前に行こうとしたら、ユーリに肩を叩かれた。


「どうかしたの?」

「私は少し用事があって外すけど、後で戻ってくるから」

「あぁ、うん。行ってら~。あたしは適性検査をしてもらってるね」

 ということで、ユーリを送り出したあたしは、カウンターの前に立った。


「それでは、担当はわたくし、フォルが務めさせていただきます。さっそくですがサクヤさん、この石版に手を置いてください」

「えっと……こうですか?」

 あたしは差し出された石版に、言われたとおりに手のひらを乗せる。

 その直後、石版が淡い光を放ち始める。


「はい、もう手をどけてくださって結構です。これで貴方の能力が表示されています」

「能力が表示……ですか?」

「ええ、石版を見てください。光で文字が書かれているでしょう?」

「あ、ホントですね」

 なにやら、筋力やら敏捷性やらが評価されている。


「ええっと……筋力や敏捷性は少女として一般的。精神力は高めですね。打たれ強さなんかも普通なので、近接戦闘には向きませんね。後は……魔力がAランクですね」

 たしか……フォルと名乗ってたかな? 受付のお姉さんがにっこりと微笑んだ。


「Aランクって……凄いんですか?」

「そう、ですねぇ……なにかの能力がAというのは、一般人の中で数十人に一人、魔法系の冒険者限定で見れば数人に一人くらいでしょうか?」

「数人に一人……」

 それは……凄い、のかな?

 いや、ダメってことはないと思うんだけど……


「ちなみに、石版で測れるのはAランクまでなので、もしかしたらAAとかAAAとか在るかもしれませんよ。それに可能性だけで言えば、神話級のSSSなんてことも」

「Aの上に、それだけあるってことですか?」

「ええ。といってもせいぜいがAAAまで。Sランクに至っては、それこそ数万人に一人とかの確立なので、まずないと思ってください」

「そっか。なら、AAくらいあったら嬉しいなぁって、願っておきます」

「それが良いと思います。それで、スキルですが……近接系のスキルはなにもありませんね」

「そう、ですか……」

「あぁでも、大丈夫ですよ。貴方は魔力が高いので、魔術の適性が期待できます」

 そう言って、フォルさんが石版を指差しながら読み進めていく。


「まずは、魔術の適性ですね。あっ! 炎属性がありますよ!」

「炎属性?」

「ええ。炎属性の魔術を使う適性があると言うことです」

「炎属性の魔術……」

 あ、お風呂のお湯を沸かせそう。


「それに……凄い。水属性もありますね。二つ適性があるなんて、かなり珍しいですよ」

「わぁ、そうなんですね」

 水属性の魔術も使えるなんて、お風呂に使う水も魔術で用意できちゃったりするのかな。


「他は……え? 風属性? それに……えぇっ!? 土属性まで!? ――って、闇属性や光属性まであるじゃないですか、一体どうなってるんですか!?」

「え? どうと言われても……凄いんですか?」

 風や土なんて、お風呂を沸かすのに必要なさそうなんだけど。


「もちろん凄いです。全属性の適性がある人なんて、それこそ冒険者の中にも数えるくらいしかいないレベルですよ」

「へぇ……ところで、お風呂のお湯を沸かせたりも出来ます?」

「……え? お、お風呂ですか?」

「ええ、お風呂です」


 冒険者として稼ぐのは重要だけど、お風呂なんかを自力で用意できるのなら、生活の維持に必要な金額が一気に下がる。

 あたし的にはそっちの方が重要だ。


「ちょ、ちょっと待ってくださいね。お湯を沸かすのには、低級の火属性魔術が使えれば問題ないので……あ、あれ? おかしいですね、肝心のスキルが……」

 フォルさんが、石版を読み進めて首を傾げ、再び上から読み直すことを繰り返した。


「あの……どうしたんですか?」

「えっと……その、大変申し上げにくいんですが、全属性の適性はあるんですが、肝心のスキルが治癒魔術と、強化魔術の二つだけのようです」

「……つまり?」

「少なくとも、現時点ではお風呂を沸かせません」

「……がっかり」


 い、いや、落ち込むのはまだ早いぞ、あたし。

 お風呂は沸かせなくても、冒険者として大成できるかもしれないし。そうしたら、お風呂を沸かす魔石だって買い放題だから問題ないはずだ。


「あの、あたしって冒険者になれそうですか?」

「えっと……それは問題ないと思いますよ」

「ホントですか!?」

「ええ。全属性の適性があるので将来は有望ですし、現時点でも治癒魔術と強化魔術がありますから。どこかのPTに見習いとして入れてもらえると思います」

「……見習い?」


 なにそれ美味しいの? くらいの勢いであたしは首を傾げた。


「有力なPTに入って、貴重な経験をさせてもらうことです。分け前はあまりもらえませんが、冒険者にとって必要な貴重な経験を積むことが出来ますよ」

 分け前があまりないって……ダメじゃん。


「ちなみに、その……見習い期間って言うのはどれくらいなんですか?」

「人にもよりますが……数ヶ月くらいは見た方が無難ですね」

 やっぱりダメじゃん。


「あの、単独で依頼をこなすとかはダメですか?」

「ダメではないですが、サクヤさんの場合は治癒魔術と強化魔術だけ。自身を強化しても戦闘が得意でなければ意味がないので、死にたくなければやめておいた方が良いですね」

「……ぐぅ」

 そうだよね。あたし自身が戦える訳じゃないし……


「じゃあ、その、新人同士てPTを組むとか」

「それは良くあるケースですね。ですが、貴方は魔術の使い方も分かってないですよね? 相手が新人だと、魔術の使い方を学ぶことも出来ないので……」

「あうあう……」

「それに、新人ばかりのPTが壊滅すること確率は高いです。そして、貴方は自信に戦闘力がある訳ではないので……真っ先に死ぬ可能性が高いです」

「うぐぅ……」


 うぅん、くまったなぁ。冒険者になるのが、こんなに大変だなんて。

 ……いや、たしかに最初からユーリと同じように稼げるとは思ってなかったけどさ。それでも、なんと言うか……もう少し夢があると思ってた。


「どうしますか? あたしとしてはどこかに見習いとして入るか……もしくは、受講料が掛かりますが、ギルドで戦い方を学ぶことをお勧めします」

「えっと……ちょっと待ってくださいね」

 あたしは周囲を見回してユーリを探す。

 ……みっけ。


「ユ~リ~っ!」

 あたしは手をぶんぶんと振る。すると、すぐにユーリはあたしに気付き、近くにいた冒険者風の人達になにか一言二言話してこっちへと歩み寄って来た。

 ……あれ? 冒険者達の中にいる金髪の女の子、どっかで見たような気がする。あ、もしかしたら、あたしがこの地に降り立った日にぶつかった女の子じゃないかな?


「サクヤ、どうかしたの?」

「あっと……あの子、ユーリの知り合いなの?」

「ん? あぁ、そうよ。仲間みたいなものね。それより、どうかしたの?」

「あ、そうだった。実は……」


 あたしは自分の適性検査の結果をユーリに伝えた。

 魔力がAなことや、全属性の適性があることを話したときは少し驚いていたみたいだけど、使用できる魔術が治癒魔術と強化魔術だけだと伝えたらクスクスと笑われてしまった。


「なんだよぅ……」

「ごめんなさい。なんだか貴方らしいなと思ってしまって」

「あたしらしいって……なんだよ」

 ぷくぅと頬を膨らます。


「そんなに怒らないで。私がPTを組んであげるから」

「……え? ユーリが? 気持ちは嬉しいけど……」

「あら、私じゃ不服?」

「そんなことはないよ。凄く頼もしいって思う。けど……」

「けど?」

「見習い期間を経て頑張るくらいなら、ウェイトレスを頑張った方が良いかなって」


 あたしは自立する手段を探しているのであって、どうしても冒険者になりたい訳じゃない。どのみちすぐに自立できないのなら、ウェイトレスの方が無難だと思うのだ。


「あぁ……なるほどね。そういうことなら、今日だけ試してみたらどうかしら?」

「試すって……なにを?」

「貴方の使える魔術の強さ。もし十分な効果が得られるのなら、そのまま私が相方として稼がせてあげる。それが無理でも、治癒魔術を使いこなせるようになっておいた方が良いわ」

「……自分が怪我をするかも知れないから?」

「それもあるけど、酒場を間借りして治療所なんかも出来るでしょ?」

「あぁ……そっか、そうだよね」


 治癒魔術の効果がどれくらいかは分からないけど、医学が遅れていそうなこの時代において、怪我を治す手段があるのは絶対に役に立つ。

 そういうことなら、ひとまずユーリのお世話になってみようかな。


「それじゃ、悪いけど……」

「ええ。ひとまずは……そうね。森の浅いところに行ってみましょう。魔獣が出れば、お風呂を沸かすのに使う魔石も手に入るわよ」

「それ良いねっ、それじゃあ、今日一日、よろしくねっ」

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