第6話

「可哀想に、了君」

お袋の前で龍エミナは僕の肩を優しく抱いた。手は暖かく長い髪の毛が僕の背に絡み付く。

「不審者を捕まえられなかったのは私の落ち度です」

爬虫類を臭わせない柔らかい口調だ。

エプロン姿のままでお袋は神経衰弱しきった僕を僕でない誰かを見るような目で見ていた。

しばらくして言葉を口にする。

「了。アンタ、大丈夫?」

僕は反抗心から何も言わない。肯定も否定もせず、ただ虚ろな視線を彷徨わせた。

ふと龍の吐息を感じたと思ったら、今一番聴きたくない言葉を感知した。

‘ お母様がどうなってもいいの?’

思わず息を飲む。この人は犯罪に背徳感がないのだ。僕にとってそれはとてつもない恐怖だった。

咄嗟に口にした。

「お袋には関係ない」

彼女にもお袋にも感じ方は違うかもしれないが、それぞれ意味は伝わっただろう。

お袋はホッと安心した様子で馬鹿ばかりやらかす自分の息子を叱咤した。

「母さん、心配して損した。了、ダメよ。こんな時間に彷徨いたりしちゃ。ありがとうございます、家庭教師さん」

龍が別人のように微笑む。

「またこういうことがあるかもしれませんが、私が身元の保証はします。了君、よく傷を癒して頂戴」

僕は皮肉を言うくらいには回復していた。

「ありがとうございます、先生」

また毒気のある目が僕を貫く。だが、一瞬のことだった。お袋は気付く気配がない。

その日の夜は入浴を避けた。痛過ぎて死ぬかもしれないと思っても異常ではない。そもそも包帯グル巻きでどうやって入ると言うのだ。

大事件につき1週間学校を休むことを許可された時でさえ龍に感謝の気持ちを持つことはできなかった。

そして何食わぬ顔で変態家庭教師は僕の成績に関わること全て把握して、ノコノコと日曜日の午後から顔を出した。



「アンタさ、いつかムショだぜ」

僕は恐怖心と震えを隠してニタリと笑ってみせた。人の心は体よりタフだ。ネガティブにできていない。殺される覚悟が決まれば強くなるのが人間というヤツだ。

体は未だに痛みを訴える。だが、僕の心は完治していた。

机の上の成長し過ぎたパキラを眺める。

振り返ると龍の唇が紅色に煌めき、眼がまたいやらしく僕を物色していた。

「ご主人様のことをアンタだなんてどういう心境なのかしらね?例えばーー」

龍が乱暴に僕の服をたくし上げ、背中の傷口を包帯越しに血が滲むまで噛み付く。

痛みの余り涙と汗が吹き出した。

声にならない叫びが口元から発される。

「ーーーーッ!!!」

「もう死ぬの?これくらいでは無理よ。バカな子」

この女は笑っていない。かなりサイコだ。

龍が続ける。

「分かってると思うけど、この場で大声を出したら、出来損ないの息子より誠実な家庭教師の方が信頼される。貴方を精神病院に入れるのも私の目標達成の一つよ」

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りうりう-龍×了- サーナベル @sarnavel

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