第5話

一発目は何も感じなかった。

ただただ暑い。身体が焼けるようだ。

僕は喘ぎも呻きもしなかった。そうしないと龍のサディスティックな心を刺激するだけだと分かっていた。

何発打っても、僕が微動だにしないと分かった彼女は嬉しそうに笑った。

次の瞬間ーー。

「ウッ…アガガ…ッ!!!」

今まで感じたことのないぐらいの痛みが肌けた背中に走る。

龍は手加減していたのだ。背後から噎せ返るような血の臭いがした。

僕は恐怖の余りに大袈裟に泣き出した。

「もう許して下さい!!!ご主人様、お助け…アゥガ…ッ!!!?」

言葉の途中で肉が引き裂かれる。痛いなんてものじゃない。胸元にできたクッキリとした真っ赤な傷痕を見て恐ろしさに震え上がった。

「ど…どうして…どうしてこんなこと…嫌だ…死にたくない…ヤダよ」

手足が痙攣を起こしている。

龍からは慈悲の欠片を微塵も感じさせられなかった。

「人間って頑丈なのよね。きっと貴方でいくらでも遊べるわ。可愛い私の仔犬」

ウットリとした口振りだ。

唐突に官能的に下唇を舐められる。唾液が繋がり合う。キスは痛み止めと聞いたことがあるが本当なのだ。

息ができない。

彼女は僕を躾けるように窘めた。

「返事は?」

「わ、ワン…。ご…ご主人様…」

不器用な僕を龍は喜んで受け入れた。

「良い子ね。精一杯誘って私をその気にさせなさい。できなかったら、鞭で痛ぶってあげるわ」

僕の呼吸は荒々しくなったり、落ち着いたりを繰り返す。ようやく肝が据わってきてから、脳をフル回転させ、どうしたら生きてここを出られるか、答えを導き出した。

熱っぽい瞳を潤ませ、少し病的な吐息を吐き出しながら、懇願した。

「縄を解いて下さい…ご、ご主人様…」

龍が値踏みするように僕を視線で撫で回す。

しばらくしてキッパリと言った。

「ダメよ、了。何故かって?私にその気は微塵もないのですもの。貴方はペット。性対象な訳がないわよね」

僕の声は消え入るようにか細く響いた。ズボンだけは履いているが、もはや人間として価値はないのだ。

「優しく…して下さい」

龍の目に毒が宿る。しばらくして、〝ある物〟を手に取った。

僕の恐怖は爆発する。手首が痛むのを無視してのたうちまわった。

ギシギシと軋みつつも縄は僕を離さない。

「お願いです!!!…それだけは…ッ!もう痛み付けないで下さい…ご主人様!!助けて…ッ」

僕の必死な言葉に、龍は美しく微笑した。手にした〝塩〟をペロッと舐める。

「殺菌作用があるのよ。傷口が膿んだら大変ね。仕方ない。そう思わないかしら?了君」

また涙が溢れ出した。傷痕に塩を塗れば、確かに膿みはしないだろう。だが、僕の精神力で耐えきれるだろうか?

「ご主人様、お願いします…それは…それだけはおやめ下さい…痛いのは…あの…好きでは…ないです…」

声がおぼつかない。呂律が回らない。

「こ…ころ…殺さないで…ご、ご主人様」

龍の眼に映る僕はぐったりとして虚ろだ。息苦しそうに呼吸している。少しだけセクシーだと自分でも思った。片目を隠したウルフカットの金髪。面長の顔立ちで凛とした瞳。整った高い鼻。アンニュイな薄い唇。気取ったピアス。

自己陶酔も束の間だった。

グイッと僕の身体を自分の口元に引き寄せ、龍は舌から塩を僕の傷口に塗り出す。

全身が痛みに痙攣し、僕の口から言葉にならない声が発せられた。

「ーーーーーッ!!!!!」

猛烈に暑い。

痛みは麻痺している。まるでいきなり熱湯の中に放り込まれたかのようだ。

心臓が危険信号を送り続ける。ドクリと鼓動する度にアンフェアな扱いに目の奥でジワリと何かが滲む。

僕は泣きながら再び懇願していた。無駄は百も承知だ。

「あ…ぅ…ご主人様…お願いですから…もうお止め下さ…い…お願いです…から」

こうなったら、話を合わせるしかない。

「風華さんのことは謝ります……僕のせいで命を落としたのなら、僕への制裁は軽い方でしょう。それでも僕を殺しても風華さんは帰って来ません」

龍の身動きがピタリと止まる。危険なハッキリとした殺気を瞳の中に潜ませて、龍は僕を爬虫類のような目でギロリと睨んだ。

次の瞬間、僕の目はカッと見開かれた。

龍がサンドバッグにするように拳を僕のみぞおちに叩き付けたのだ。

血反吐が喉に引っかかって窒息しそうになる。

「簡単に謝らないで。耳障りよ」

龍の声は凍り付いていた。

僕は必死に謝る。

「ごめんなさい…ごめ…ごめんな…さ…ごめんなさい!!…ごめん…ごめ…ごめんなさい!!!!」

鍛えられた龍の拳と脚が容赦なくちっぽけな僕の体を襲う。

それが3分以上続いた。

ぐったりとした僕の虚ろな眼を覗き、龍は言った。

「そんな顔しても痛み付けたくなるだけよ、坊や」

僕の髪の毛を鷲掴みにして自分の方へ引き寄せ、強引な深いキスをする。

舌を噛み切ってやろうという根性もズタズタに切り裂かれていた。

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