第4話

いきなりラブホテルに連れ込まれる。

抵抗の余地がなかった。帰宅部と運動やってる人間とでは力勝負は明らかだった。

ピンクのネオンで〝ラブリーサービス〟と書かれている。チカチカし、龍の香りと一緒に僕の頭を鈍らせた。休憩2800円のようだ。フリータイム3800円とホテルの中では中の上ぐらいだろう。夜に近付く街が危険を匂わせる。

怖かったが本心嫌ではなかった。こんな美人とヤレるならお小遣い全額ソーシャルゲームに投与するのも辞めていいと思った。

その時点で僕は大きな勘違いをしていた。僕の顔目当ての女は簡単にヤラせてくれる。だが龍エミナの目的は僕の顔ではない。僕の心だ。

何故今更そんな単純なことを言うかって?分かってなかったんだよ。そんな些細なことさえ分からないぐらい僕は余裕だった。それが禍した。

あの時、もっと抵抗すべきだったのだ。全てはラブホテルでのあの一件から始まる。僕の捻れた人生が色を変えたのはここからだ。

家庭教師、龍先生の出した物は犬用の首輪と縄と鞭だった。


ホテルに着くと優しく僕を抱いていた龍は僕をフローリングに突き飛ばした。

「イッ、何するんだ!?このアバズレ女め」

僕はワザと女を罵倒する。そうすると大抵の女は僕に優しくなる。

僕の意図とは反して龍はニタリと笑った。全身に寒気が走るぐらい獲物をいたぶる獣の気配が漂い、初めて僕は恐怖する。

ーー殺される!!

「了君」

空気と声の調子にギャップを覚える。甘くて、気持ちの良い女の低い声だ。

言葉が喉を通らない。蛇に睨まれた蛙のように身体が言うことを聞かない。

目が龍の膝にしかいかない。倒れ込んだ僕の目線など龍の胸元にも及ばない。身長差およそ30cm。一般的な大人と子供程の差だ。

息が荒くなる。恐怖と不安で顔が歪む。目頭が熱くなる。何もされていないのにもう股間がMAXだ。

ーー怖い。この女、変質者だ…ッ!

龍の鍛え上げられた腕が乱暴に僕の服を毟り破く。

ビリビリッという音を耳に僕はガタガタ震え出した。

「ご、ごごごめんなさい…ゆ、許して下さい…」

「了君、何を謝っているの?これから償うのでしょ?ふふ…こんなに怯えて。可愛いのね」

龍の紅いマニキュアを塗りたくられた爪が僕の裸体を撫で回す。

頭がボーッとする。どこかに僕はいる。確かにそれは分かっていた。だが、もう精神は宙を彷徨っている。

身体が暑い。

「は…うぅ」

目からは涙、口からは涎を滴らせ、朦朧とした意識の中、微かに呻いた。

そこを逃す龍ではなかった。

「貴方のご主人様は誰かしら?」

心臓がドクドクと脈打つ。催眠術にかかったのだと一人納得していた。僕は一人の女に夢中になりはしない。そして、何よりドMではない。

変態なのは龍エミナだけだ。

顎を挟まれた。

「これからはこのお城のご主人様は私よ。分かったかしら?」

つまりーーまたここに連れ込まれるという訳か。ラブホテルをお城呼ばわりして許されるのは龍のような女だけだ。

虚ろな僕の口から唾液と一緒に言葉が滲み出た。

「…はい…ご主人様…」

龍エミナは家庭教師の顔を捨て、歓喜した。

サラサラの黒い髪の毛が頬を打ち付けた瞬間、額にキスされる。

「後ろを向きなさい、了」

何も考えられない。ただ従順でいたい。

後ろを向いた瞬間、いきなりだった。

龍は僕の首を背後から締め上げた。

首の骨が痛み、ギシギシと音を立てる。ホテル内のムード作りされた光が目に刺さる。肺の中に二酸化炭素が入り込み、身体中が悲鳴を上げた。

ーー苦しい!苦しい!苦しい!!!助けてくれ!!お袋!

お袋の顔が頭を過ぎる。心配そうな顔のお袋の目には僕への愛情に溢れていた。

ーーお袋…ッ!!

僕はありったけの力で暴れ回った。

机が倒れ、龍に無理矢理ベッドに押さえ付けられる。ベッドの生地にベッタリと涎が付着する。

ーー嫌だ。死にたくない。嫌だ…ッ!

死を覚悟した瞬間、〝ご主人様〟は僕の上に馬乗りになり、残念そうにほくそ笑んで、僕の首から手を放した。

咳き込みが激しく、涙をポタポタと滴らせながら、全神経が酸素を取り入れることに集中する。ゼェゼェという深い呼吸音と共に全身を得体の知れない快楽が襲った。

「やっぱりね」

〝ご主人様〟が言う。

「貴方は間違いなく奴隷の素質があるわ。内心本当はとんでもなく酷いことされたかったんでしょ?」

惨めなことに涙ぐむしかなかった。

僕は蛇を恐れつつ言う。

「僕は変態じゃない」

僕の言葉を無視して龍が続ける。

「私の言葉を繰り返して。了。『僕は風華殺しの犯人です。だからお姉さんのエミナ様に何をされても文句は言えません。僕を奴隷として弄んで下さい』」

龍の言葉に咄嗟に反応する。

「僕は風華なんて女、知らないぞ!」

龍の瞳に住む爬虫類が唸り声を上げた。

「言い訳が聞きたい訳じゃないわ。貴方は私の言葉を繰り返すしかないの。後、もう一度でもタメ口利いたら殺すから」

ただのこけ脅しにしては、度が過ぎた。

僕はカッと目を見開いて現実を受け入れつつ、生き残るルートを探って、龍の言葉を追いかける。

「『僕は風華殺しの犯人です』」

「僕は風華殺しの犯人です」

「『だからお姉さんのエミナ様に何をされても文句は言えません』」

「だからお姉さんのエミナ様に何をされても文句は言えません」

「『僕を奴隷として弄んで下さい』」

「僕を奴隷として弄んで下さい」

龍が満足げに啜り笑って僕を見る。

僕は反抗的な態度で龍を睨み付けた。言われた通りにした。ただそれだけだ。何も恥じらうことはない。

それなのにプライドをズタズタにされて、心の中で泣いている自分がいる。こんな自分、自分ではない。いっその事殺された方が楽なのではーー。

まただ。ゾクゾクする。ヤバい。快感。この感情は自滅的な時、発生する。僕の中で何かが目覚めようとしていた。


龍の手にある物を見てももう何とも思わなかった。

カチャリという無機質な音を立てて、犬の首輪を嵌められる。

龍は2階に上がると天井のバルコニーの取手に縄を結び、僕の手首を縄でグルグル巻きにして、僕を吊り下げた。

龍の手には鞭がある。

僕はまた意識を飛ばした。

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