第3話
悪魔に襲われて、僕は必死に逃れようと身体を震わす。
半裸の僕に悪魔は容赦なく、牙を剥く。
僕は喘ぎ続け、喉が嗄れてくる。
ベッドが乱れる。
噛まれた所から内出血している。痛い。痛い。痛い…!
もうイヤだ。
「この悪魔!やめろよ…頼むから…」
悪魔はクスクス笑っていた。
「本当にやめていいのかしら?」
悪魔の髪がサラリと僕の頬にかかる。
僕は辛辣に言葉を選んだ。
「こんなこと望んでない」
悪魔は口元に手を当て驚いたフリをした。
「貴方の身体中から漂ってくるわ。女性に可愛がられたいのでしょ?いいのよ。恥じるべきことではないわ、了君」
僕は激昂した。
「何勘違いしているんだ?悪魔。僕は豚じゃない」
顔を近付け悪魔は僕の顎を持ち上げた。気迫に恐怖へ蹴落とされそうになる。
漆黒の闇のような悪魔の羽根が僕の身体を包む。
美しき悪魔は僕を咎めた。
「貴方は私の餌よ。豚ですらないわ」
ゆっくり悪魔の牙が僕の乳首に近付く。
数分かけて乳首を吸われ、大声で喘いでいる内に夢精しながら、自室の天井を見ていた。
最悪な気分だった。
無性に自分に腹が立った。あんな女がどうした?僕に惚れ、因縁付けて言い寄っているだけじゃないか。それに--あんな乱暴…。弱みを握られた。写真のデータを早く消さないといけないのに来週の授業まで後丸々6日ある。
恥ずかしくてもう顔を上げて生きていけない。
僕は呟いた。
「ちくしょう…ッ」
部屋を出ると睡眠が趣味のシェパード・パイソンが寝床から出て来、僕をしょんぼりとした瞳で見つめた。
僕は何とか笑ってみせた。
「大丈夫だよ、パイソン。ちょっと不味いことがあってね」
パイソンは虚ろな様子でヨタヨタと食卓へ向かう。その後を追う僕も足を引きずっていた。
まずだ。
脱ごう。洗おう。証拠隠滅しよう。
階段を降りるとパイソンの逆側--丁度洗面台のある方向へ足を運ぶ。
この歳で夢精とか僕は童貞か?この僕が?あの女の罠だ。発情させやがって。
僕は全裸になると服に一気に洗剤をぶっかけ、ズサンに手洗いした。そのまま、臭いが落ちるのを待った。
オフクロにもオヤジにもバレる前に事故現場は跡形も無く処理できた。布団も手洗いし、綺麗に干した。
オフクロは僕が器用なことを知らないから、何の疑いもなくいつもの朝を繰り返すが如く家事に勤しむだろう。
3日に1回しか着ないモノトーンのパジャマ姿で目を擦って欠伸しながら、2階から降りて来る演出をする僕にオフクロはどうでも良さそうに言った。
「了、おはよう。今日、買い物行くけど、付いて来る?」
僕は伸びをする。
「こてっちゃん、食いてぇ。てっちゃんじゃないよ、こてっちゃんだぞ」
オフクロが不思議そうにする。
「どう違うのよ?」
「味付けされてるか、どうか」
「了」とオフクロは急に言った。
「大人っぽくなったじゃない。家庭教師さんと何かあった?」
何の戸惑いもなかったと言えば嘘になる。それでも悪魔にオフクロを奪われることを僕は強烈に恐れた。
「何にもなかったよ。本当に何も」
オフクロは僕を如何わし気に視線で舐め回し、少し嬉しそうにした。
「てめえで産んだ子供のことが分からない程、鈍感じゃないわ。好きな人ができることは素敵なことよ。けど、人目憚ることはもっと大人になってからね」
僕の目に何が映っていただろう。絶望?失望?悲観?喪失感?
てめえで産んだ子供のことを全く理解せず、勝手に決め付けるオフクロの態度に僕は酷く腹を立てた。と同時に腹を猛烈に空かせた。だから、日常は続いた。
僕はパイソンと食事をし、いつかあの女の犬になるのかと妄想しつつBOCKIした身体を慰めた。
今日1日そんな日々だった。
休みの日はいつも優雅な神戸了だった。
「神戸君、次の答えは?」
禿げ島--担任教師だ。ニックネームの由来ぐらい察してやれ--が僕を名指しする。
暗い教室をジトジト雨が表現していた。
僕は思わず、心にあるそのままのことを言ってしまった。
「どうした?禿げ」
禿げ島は驚愕の表情を一瞬浮かべたが、教室中溢れるクスクス笑いに顔を赤らめ、僕に放課後居残り掃除を命じた。
「お前がどうした?だ。神戸了様」
氷河のキンキン声が煩い。耳障りだ。
僕はボーッとトイレを磨いていた。糞がこびり付いて取れなくなっていた。
土日はずっと優雅にオナっていた。勉強など頭の中に入って来る訳がない。
「僕、殺されるかも」
僕の悲しげな口調に義樹が納得した様子で頷く。
「今日のお前見て確信した。女関係の揉め事だな」
僕は義樹を睨みつけた。
「お前、分かってても言うなよ。男が真剣に悩む時は必ず女が絡んでるもんだぜ」
義樹と僕は「うぃー」と奇声を上げながらお互いの手の平をぶつけた。ついでに抱き着いて来る義樹を僕はぶった。
「バーカ」
義樹が小声で「うぃー」と言う。少し拗ねた様子だった。
トイレ掃除を終えるともう陽は傾いていた。当たり前のように義樹も氷河も姿が見当たらない。これが底辺男の友情だ。
首筋の痣をなぞってみる。全身がゾクゾクする快感に支配される。運の良いことに学校で襟元を露出させているのは怖い兄ちゃんばかりだ。我が校ではキスマークを自慢させない掟があるようだ。
僕は息を荒々しくさせながら、愛用の自転車フェニックス号を使って自宅に帰そうとしていた。
あの女が校門にいた。
僕は思わず叫ぶ。
「龍エミナ!どうしてここに!?」
龍は笑みを浮かべる。夕陽に劣らず危ない美しさに溢れている。長い黒髪が揺れた。
「いけない子」
龍の指が僕の頬に伸びてくる。
「居残りも年上への態度もご立腹よ、私」
龍の美しく長い爪が僕の頬の輪郭をなぞる。目を閉じて、耐えていた僕の耳に鴉の鳴き声が痛い程響いて、怯えを隠し切れなくなった。
「い、嫌だ。僕に近寄るな…」
「ご法度ね。大丈夫。良い子にしていたら酷いことしないわ」
龍が僕を抱き寄せる。イヤなヤツなのに心臓はときめき続けている。
ーーもっと酷い目に遭わせて欲しい。僕をどうにかして欲しい。めちゃくちゃに痛み付けて欲しい。
本心に気付き僕は自分に羞恥心を抱いた。それがより恍惚のスパイスになる。
潤んだ瞳で熱い吐息を吐いていると龍は僕をチラリと爬虫類のような目で見、ほくそ笑む。
罠にかかった獲物という訳だ。
僕の火照った身体を龍はグイッと引っ張って、咄嗟に口紅を唇に付け、力強く僕と歩き出した。
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