第2話

初めて彼女を見た時、心臓が跳ね上がる感触を確かに掴んだ。

穏やかな雰囲気で女家庭教師・龍エミナは僕を見て、微笑する。

大きな胸と長いサラサラの黒髪とスラリとした長身より僕を飲み込もうとするような雰囲気に圧倒された。

龍がオフクロの見てない隙に舌舐めずりしているのに気付いて、僕の背筋に冷たいものが走る。

この女、僕に何か企んでる。

「僕に用?」

連れない言葉が震えているのに、オフクロは面白そうに僕の背をどついた。

「あら?了、女の人に怖気付いてるの?優しくしてもらいなさい。お母さんは後15分したら、お父さんとコンサートに行って来るわ。良いこと?この女の人を誘惑しないこと」

僕は愕然とした。

オフクロは分かっていない。誘惑してるのは龍という女だ。

龍エミナは垂れ目でニッコリ笑って見せた。

「神戸了君、初めまして。お部屋に案内してくれる?」

とても色っぽい。大人の女の香りがムンムンと漂う。

僕はタジタジと言った。

「こ、こちらへどうぞ…」

良い想いをするかもしれない。けど怖い。この人、普通ではない。

僕は速やかに部屋に篭ろうとすると、龍がいつの間にか靴を脱ぎ、音もなく2階に上がった後、部屋の扉を押さえた。何某かの運動をやっていそうだ。

力強かった。

僕は再び恐怖を覚える。

何故だろう。ただの勉強会に終わりそうにない。


円周率を覚える勉強中、龍はイヤらしい目付きで僕を撫で回し、座っている僕に胸と手を密着させた。汗と汗が溶け込む。

心臓が煩い。

きっと聞かれてる。

マズイ。この状態はマズイ。

オヤジとオフクロが何か大声で言って出て行った後、本格的に龍は僕の身体を弄り始めた。

「覚えてるかしら?」

「な、何を?」

「貴方のやった罪」

僕は龍の目に宿る狂気に震えた。怒っているのか。何か言わなくてはと思いつつ、適当にはぐらかした。

「変なこと言わないで下さいよ。美人が台無しです」

龍が考え事をするフリをする。

「変なこと?貴方にとって風華ちゃんの死は大したことではなかったのね?」

僕には風華という名は初耳だった。

龍は僕を別の男と勘違いしている。そう思うと、少し安堵感を得た。

「人違いです。僕は風華という女を知らない」

龍エミナはゾクッとするセクシーな声で僕を宥めた。僕の首筋に指を這わせる。

「思い出すまで愉しみましょ。貴方が」

息が自然と荒くなる。

耳元で龍の吐息を意識する。

龍は僕の返事を待たず、僕の首筋に顔を埋めた。

龍から女モノの香水の香りが強く浮遊した。

「どこから責めようかしら?女の子の嘆きが分からない貴方の耳からどう?」

僕は必死な抵抗を無駄に使った。

「やめて下さい。それより、ここが分からないんですけど」

数学の応用問題の至難そうな言葉の羅列を指して適当に言ってみる。

龍は唐突に僕の耳をネットリと舐めた。

「ひゃあ!」

僕の悲鳴に龍の心臓も高まるのを意識した。興奮してるのか?復讐相手にこんなことして興奮するものなのか?

何だって言うんだよ!

顔が火照ってくる。薬でも盛られたのだろうか。

龍は気力の抜けた僕の頭を胸元に引き寄せ、僕の顎を指と指で挟み、愛撫した。

「先生、やめて下さい…」

僕の期待の薄い懇願に龍はウットリとした微笑で答えた。

「何をやめて欲しいのかしら?」

顎をグイッと掴まれる。そのまま、今までやったことのないような、エロスを感じさせるディープキスをした。

全身が蕩ける。

龍エミナと僕、神戸了の唇が離れる。2人の唇の間で唾液が糸を引いた。

頭の中がボーッとする。もう何もかもどうでもいい。この世界にいるのは僕と龍だけだ。

僕は虚ろな瞳に女家庭教師を映し、ときめく鼓動に意識を集中させた。好きとか嫌いとかではなく、ただこの女にされるがままになるのが快感だった。

「先生…ダメ…ですよ…」

言葉とは裏腹に恍惚の時を過ごす。

龍エミナは僕のシャツのボタンを外し始めた。その間も首元へのねちっこいキスをやめない。

僕は空気を求めて喘いだ。甘くて苦しい。

「了君はマゾなのね。ここが硬くなってる」

龍が僕のアソコを弄ぶ。完全に息子がBOCKIしていた。

僕は変なSMの漫画を思い出し、気持ち悪い豚男と自分を重ねた。それでも魅惑の魔法は解けなかった。

男として情けない声が漏れる。

「あっ…うぅ」

僕のシャツのボタンを半分外したところで龍はふと手を止めた。

「了君、どうされたいの?」

龍エミナという女は意地悪だ。今、一番聞かれたくない言葉だった。

僕は涙目になるのを我慢しつつ、龍をベッドへ誘った。自ら肩を露出させ、持てる全魅力を持って龍を呼ぶ。

「先生…」

龍は牙のような歯を剥き出しにして、僕を力強くベッドに押し倒した。大人の女の香りに脳が震えた。

龍がウットリとした微笑で聞く。

「どんなプレイをすれば、私なしでは生きていけなくなるかしら?」

龍はキスを甘噛みに変えた。少しずつ力を込めていく。

僕は目元を隠して激しい息遣いでのたうち回った。

「いっ…イヤだ!もうやめて下さい!!先生…」

強引に手首に爪を立てられ、抑え付けられる。泣いている顔を見られ、余計に顔が火照る。

手首が痛い。

股間がヤバい。

涎が布団に滴った。

ふと、デジカメのシャッター音で現実に帰った。

「了君のアヘ顔、男性にも売れそうね」

僕は茫然自失状態に陥った。

この女は僕のことが好きでこういうことをやっているのではない。復讐なんだ。けど、風華という女を本当に知らない。不毛な復讐劇だ。


残念ながら、授業初日で僕は涙しながらイッたし、その顔も写真で撮られた。

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