ベランダの一幕。煙のくゆむ、しかしすっと美しい一時。素敵な比喩を当たり前に会話に混ぜてすっと飲み込ませてくれる文章の心地よさと、二人の時間が心地よいです。いくばくかの寂しさと、それでもその寂しさは「悲しい」ではない、ただ穏やかな日々の、ふと思いを馳せる時間。読み進め「ああ」とこぼれる溜息すら愛しくなるような、寂しささえ愛の欠片のような不思議な短編です。読んでみると染みるものが、きっと読み手ごとにじんわりとあるんだろうなあと思います。夏の夜を、共に。
日常に寄り添い、ふと姿を見せるこの寂しさ。幸せの彼方にいつしか置き忘れてきた、このちいさな寂寞を拾い上げ、ここにかたちにしてくださったことに感謝したいと思います。この作品を読んだ誰もが、きっと忘れていたそれぞれの亡霊に気づいて、胸をしめつけられるでしょう。私はしめつけられました。こんなに切ない、愛しい視座をありがとうございます。