第4話

 政宗は、思いました。芸事に終わりが無いのであれば、芸の道を究めること自体、ナンセンスなのではないか、と。しかし、その魅力に憑りつかれる人はいます。芸に終止符を打つのは、その人が亡くなった後なのかもしれません。後の人間が見たとき、

「これが芸だ。」

と、言えるものが芸なのではないか、と。

 政宗が、その懸念を抱いている時を同じくして、野村萬斎の結婚が、報じられました。奇しくも、以前に惚れた許婚との結婚でした。何度目かの青い硝子球を、手渡された時のことでもあります。

「負けた。」

 そう思いました。元々、勝ち目は無かったのです。相手はプロ。常日頃から、笑いに携わっている人に、勝てるわけが無かったのです。叶わぬ恋から始まった、笑いという分野への移行は、形無く崩れ落ちました。その時、

「辞めよう。」

と、政宗は決意しました。

「辞めちゃ駄目だよ。」

野村萬斎は、政宗に優しく言いました。表現者としての狂言師が、一介の芸人に、それ程までに、言う訳が分かりませんでした。

「まだ時代が、君に追いついていないだけだ。」

慰めにもなりませんでしたが、その日、政宗は酒を飲みました。そこで、あらゆる現実を見ました。自分の小ささ。それに伴わない夢の大きさ。そして、それが、日々の努力によって、近づいていくこと。政宗は、もう一度、野村萬斎の言葉を思い出しました。

「芸は遊戯。」

古い物の考え方かもしれないが、的を射ているような気もしていました。政宗は、今までに勉強してきたことを、全て捨てようと思い返しました。そうして、新しいものを取り入れよう、と。

「辛いか、政宗。」

野村萬斎は、言いました。

「一生遊んで暮らすというのは、こういうことだ。」

笑いというのは、積み上げられた物が壊れるときに起こりやすいのです。働いて、働いて、積み上げたもの全てを、政宗は、芸事に注いだのです。それが、悲劇でした。

「ただ、勉強だけは怠るな。」

それも、野村萬斎の教えでした。

「萬斎さん!」

そう呼んだとき、野村萬斎は、狂言の舞台に上がろうとしていました。

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その人の名を呼ぶとき 小笠原寿夫 @ogasawaratoshio

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