第3話
そうして、野村萬斎の元に、占い師が、現れました。
「あなたの住む時代は、ここじゃない。」
青い硝子球を、取り出すと、また、萬斎の顔が、反射し、屈折しました。
降り立ったところは、一人暮らしのアパートでした。
本物の野村萬斎が、現れて言いました。
「あなたの住む時代は、ここじゃない。」
そう言うと、本物の野村萬斎は、青い硝子球を、手渡しました。
2020年東京。そこには、芸道を突き進む政宗の姿が、ありました。まだ手付かずの笑いがそこには、あるはずだ、と信じきっていました。手垢の付き捲った笑いより、斬新な笑いが、ある。そう信じていました。
「萬斎さん、この椅子どこに設置しましょう。」
政宗は、野村萬斎の元で、下積みをしながら、芸事にも余念が無かったのです。生活の一部になった仕事と芸事の道に、二足のわらじを履きこなしていました。苦悩が無かったと言えば、嘘になります。食文化の違い。言葉の壁。人の多さ。そして、仲間との別れ。
政宗は、2018年のシステム手帳を開きました。
桂米朝
桂春団治
笑福亭松鶴
桂文枝
そういう走り書きがしてありました。若い頃、落語家を目指し、純粋に落語を愛した男は、東京で、古典から学んだ何かを、現代に調和させることに従事していました。政宗に、その頃の面影は、ありませんでした。型破りと形無しは違います。型というものがあり、それを破るのが、型破り。型というものを持っていないのが、形無し。そういった記憶を手繰り寄せて、型というものに拘りました。その上で、一歩先を行く笑いを見出そうとしていたのです。エロスの世界と死の世界。これが、笑いの根幹だ、ということに気づき始めたのは、若干、40歳を迎えた頃でした。例え、世の中にグロの世界があるとして、それに目を向ける。それも、一理ありました。しかし、自分の芸風を見出すのは、それより、もっと後の話です。
「萬斎さん、芸って何ですか?」
政宗は聞きました。
「遊戯だ。」
野村萬斎はそう言いました。
「それを職業にしていることに、幸せを見出せ。」
という、野暮は言いませんでした。そんな野村萬斎に、政宗は惚れました。
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