応援コメント

有澤の書評に金を払う価値はあるか」への応援コメント


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    ムズい…

    お金払っても感想ほしいかと言われると、逆に負けなのかな、という書き手としての固定観念や先入観がジャマをする感触があります。

    仮に、払っても!と思う方を想定すると、私の中では尊敬するプロの作家さんというありえない人が浮かびました。

    つまりまだ、感想としてお金を払うレベル、レベルじゃないな……書評とは差別化された感想でしか得られないものに、確立したイメージが抱けてません状態。

    書評家はそれだけで、食ってる方もいるので、それとは違う感想家とでもいうものを、考えてるのかな、と思ったのですが、違ったらごめんよ。

    あとは払ってないけど、アマゾンのベスト500レビュワーの感想は、その洞察力と説得力と解説力に、そのレビューを読む価値がある、と思わされる方がけっこうざらにいると感じてます、自分の本が語られたら嬉しいなぁ、と思ったり。(こういう風に書きたいなぁとも)
    特徴としては、バランス感覚、安心して読める目線の高さと、安定感、何より素直、話の内容をしっかりつかんでいる。といったとこです。

    でも、いっちゃんが言ってるのは、小説のように感想を〜だから、そこににじみ出る個性ではなく、魅せる魅力を備えたものを指すのかな、と思うので、

    ふだん私が、読んだ人からどんな感想がほしいかなぁとぼんやり思い浮かべるものとは、一線を画す気がします。

    小説みたく書くけど、読む読まないは自由! というスタンスならば、原作ありきの二次作と内容も動機も異なるけど、根っこが同じと思われないか、一方で感想を書くという断りを原作に入れる必要なく行っていくものではないのか、

    なぜか真逆の事態を想像しました。

    まぁ、それは机上の論として。

    ある書店員さんの書評がおもしろいって、まとめたものが本にもなってるし、ぜんぜんお金は発生すると思うのです。

    私は、読まれた段階で書いた話は自分のものではなくなる、その人のものになるという意識が強いので、感想も著作だと思ってますが、感想をもらった場合はそれをどう受け止めるのも、作者の自由かなと思ってます。
    それが文通のように続くのが理想ですが、できてないという、作者としてテーマのない生き方をしてるなぁ、と思います。(プチ反省)


    エッセイストのような作家読みで、そのジャンルだけを集めた、ジャンル分けされた感想集とか読み比べてみたいなー、と今思いました。

    作者からの返信

    いつもありがとうございます。受け身な私です。ひーたんのところにも色々いって、読んで、何かしらコメントをしたいのに。もらってばかりです。

    感想って言葉って、意味が広いよねーってところからこの話は始まってます。感想には、簡単に書けるメッセージも含まれるし、私の書評みたいなものも含まれる。その認識が人によって違うから、感想という字面を見て「どうせパパっと書けるやつやろ」とか、軽視する人がいるし、感想というだけでそういう種別の人間に含まれる気がして……みたいな話です。私もうまく言語化できた自信はない。

    お金云々は、熱心な感想書きさんとお話しして出てきたことです。そうやって軽視される感想の価値を高めたいと。詳細は省きますが。
    私はどうなんだろう。感想を依頼されて書いてお金をとるだけの活動ができるだろうかと考えていたけど、ひーたんの言葉を受けて揺らいでしまっているから、時期尚早ということでしょう。まだその境地に至った、あるいはそこまでして感想の価値を高めたいと思いきれていないのかも。

    と、もう少しで外部でやってる書評がなんとか終わりそうなので(半年以上経ってまして、やっとです)、次を考えていたところでした。私の書評(と書くことで感想のイメージを変えようとはしてますが)にはある程度の需要があるみたいなので、感想書きとして、物書きと平行してライフワークにしたいなと思った次第です。感想を綴る自分を誇っていたいなって話。

    ということでばけとりを待っている私ですが() ひーたんの他の作品もいずれ読めるよう、インプットしておきたいと思います。長々と失礼しました!