第8話ー光ー(3)


十月中旬。

あの絵が完成した。


ずっと、連絡を取っていなかった植草先生には、お詫びと報告をしなくてはと思い、大学に行った。

でも、大学に先生はいなかった。

他の学校の講義に出ているらしく、資料室には誰もいない。


いたのは、彼だった。

久しぶりに、彼を見て決心が揺らぎそうになる。

あんなに酷い事をしたのに、彼はまだ自分を見ていてくれていた。

それが、また心を苦しくさせた。


―勝手に世界を狭めているのは、光さんじゃないですか…‼―


彼が、そう言った。驚いた。

彼は、こんなにも強かっただろうか…?

必死で彼を守ろうとしていた自分は、今、彼の言葉に守られている。

廊下に射した夕暮れの光が、彼を照らしている。

紅に染まる彼は、やはり美しい。

けれども、この瞬間を切り取る事が出来るのは、写真でも絵でもない。


今の、自分の瞳だけなのだ。


そう思うと、瞳は涙で視界を狭めた。

もはや、切なさで泣いているのか、嬉しさで泣いているのか分からない。

だが、彼に受け入れられて、初めてこの病を受け入れられた。


きっと、これからも自分にとっての〝光〟は彼自身だろう…。


異彩を放つ光。一瞬の儚い光。だが、それを永遠に感じる。

彼を抱き寄せる。そして、またキスをした。

夕日の灯りが二人を包み、少しずつその温度を上げていく。


月森光は今…。

ようやく闇から抜け出せた。




四月。桜の花が咲く頃。

僕は、光さんの個展会場にいた。

あれから大学を卒業して、一年が経った。

光さんは、その後も創作活動を続ける傍ら、絵の講師としても働いている。

僕は、その助手という形で活動しつつ、自分も絵の修行をする。という忙しい日々を送っている。


変わった事と言えば、僕らが一緒に住むようになったという事だ。

出会って三年目。僕から切り出した。

光さんの病状は、相変わらず止まる事なく進み続けている。

けれども、描く事が出来る内は描きたい、光さんはそう言った。

だから、日常生活の中で少しでも支えになれれば…。そう、僕が言ったのだ。


個展会場には、あの絵が飾られていた。

そう。あの時、完成させた僕の絵だ。


タイトルは、〝異彩〟。


光さん曰く、最高傑作らしい。

この絵は、これからもずっと残っていく。

そして、多くの人々の心の中にも残っていくだろう…。



永遠に、消えない光のように…。

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色彩 市川 滝 @taki19930328

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