第8話ー光ー(2)


こんなはずじゃない…。

自分の人生でこんな事は初めてだ。

何故だか、彼の前だと上手くいかない。


こんな事を言うと、あまり聞こえは良くないかも知れないが、自分はこれまで大きな失敗というものをした事がない。

誰かに、こっ酷く叱られた事も、拒絶された事も無い。

安穏で、変動もない。

それなりに友達もいて、恋人もいた。恋愛だって、人並みにはという感じだ。

至って、順風満帆な人生。

そういう毎日だった。


だが、そんな日々が崩れる日が訪れる。高校受験の前の、中学三年の時だった。

父の目が完全に見えなくなったのだ。

それから、家族の生活は一変し、父は画家を辞めた。

元々、目の病を持っている事は知っていた。

だから、時が来ればそれなりに受け入れられる。

そう思っていたのだが、待っていたのは予想以上の大変さだった。


何より、才能しか無かった父が、画家を辞めるなんて…。


そこで、初めて父は〝障害者〟になってしまったのだと悟った。

だが、自分の才能が開花され、美大生としての生活が始まった頃。

父が言った。


―お前もいずれ、私と一緒になる。私のせいだ。本当に、すまない…。―


父は、謝るばかりだった。あの気丈な父が泣いたのは、その時が初めてだった。

あまりの受け入れ難い事実に、その後は何を描いても満足出来なくなった。


美大を卒業後。

それが、ようやくスランプなのだと気が付いた。

この世界にタイムリミットがある。そして、そう知ってしまった時。

自分の中の、世界に対する見方が変わった。

友人、恋人…。それまで関わってきた人、全てに距離を置くようになった。

誰かに、本音や弱音を打ち明ける事もしなくなった。その時が来るまで、自分は彼らにとって〝いい人〟であればそれでいい。

極力、大切な人は作りたくない。


母がそうであったように、大切な人にあんな苦労はかけたくない。

そう、思っていた。だから、彼の事も深くまでは近づくつもりは無かった。

その時が来たら、離れなければならない。

ちゃんとそれくらいは、分かっていたはずだ。


でも、彼を作品として割り切るなんて無理だった。


〝彼を見ていた〟という事実を作品として残したい。そう思ったあの日から…。

彼を描くたび、その色味は増した。彼に会うたび、苦しくなった。

気づいた時にはもう遅く、彼を引き寄せ、唇を重ねていた。



九月初旬。

彼に初めて友達が出来た。

校内で、彼が何人かの学生と話をしているのを見かけた。

その頃。自分には、進み続ける病状の進行を告げられた。

気づかない内に、また闇が広がった。あの絵も、早く完成させないと…。

いつ描けなくなるか…。

いつか、この光と闇の割合は一つになる。


そう思うと、急に怖くなった。

自分が自分でなくなった時。彼が、自分をどう見るか…。

彼は、ああいう光の中で生きていかなければならない。

勝手な自分の都合で、こっちに引き込んではいけない。

彼の自由を、未来を奪ってはいけない。



嬉しそうに友人と話す彼を見て、そうやっと決心した。

それから間もなく、彼にはもう会えない事を告げた。

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