第3話 青の瞳

 弟には剣の才能があった。

 令嬢は男の武器である剣を使う事を禁じられているので、幼い頃姉と2人で弟の剣の練習をこっそり覗きに行ったことがある。その時に見たのは、剣の師範に放り出されながらも必死に食らいつく弟の眼光の鋭さと、無尽蔵な体力だった。

「……なに、あれ」

 その頃からお淑やかな姉が目を真開き、ポカンと口を開けていた。普段は見られない間抜けな顔だった

「……すごい」

 私が思わず呟くと、その声に気がついた師範がばっとこちらを見た。茂みから顔を出していた私と姉は途端に、亀のように頭を引っ込めた。


「ラジミィア様、リリアーゼ様。これらは令嬢に見せるには、野蛮すぎますゆえ」

 弟の師範は大柄な身体に似合わぬ困った顔をして苦笑していた。見られていたことに驚いて固まっている弟を置いて、私と姉は走って逃げ帰った。

「……れんしゅうのときは見ないでください」

 その日の夜、怪我だらけの弟はただ一言だけ私たちに言った。次の日もその次の日も弟は新しい怪我を作って帰ってきた。



 私は弟の言いつけを守った。

 なので、弟が剣を握っている姿を見たのはあれが最後だ。しかし、姉はちょくちょく見に行っていたらしい。幼い頃の姉は今以上にお転婆だった。

「今日もアイツ、せんせいにぺしゃんこにされてたわ」

 姉はドヤ顔をしながら胸を張った。が、私は胸が冷える心地がした。

「ねえさま、見つからなかった?」

 見つかったら怒られてしまう。師範が怒っているところは見たことがなかったが、弟の傷を毎日見ているので何らかの罰を与えられるに違いない、と私は怯えていた。

 もちろん毎日しごかれている弟も心配であったが。

「ええ、こうやってやると見えなくなるのよ!」

 そう言って姉は、私の目の前で姿が見えなくなる魔法を使った。

 姉が一瞬で消えた。

 この前父の執事が見せてくれた手品によく似ているが、それよりも摩訶不思議だった。

「ほらね!」

 その日二度目のドヤ顔をした姉の向こうで、メイドが倒れた。



 慌てた別のメイドが姉の事を父に報告、その後父がすぐに手配をし、やってきた魔導師たちは三つ子の魔力検査をした。検査といっても手を黒い板の上に乗せるだけ。3人ともやったが、眩い白い光を示したのは姉だけだった。私と弟は手をかざしても何も起こらなかった。

「ラミィは魔力が高いな。こんなに魔力探査機を光らせるなんて」

 父はラミィを高い高いした。すごく羨ましくて悔しい気持ちになったのを覚えている。

 弟は悔しいからか頬を膨らませたので、微笑んだ父は弟にも高い高いをしていた。


 姉は魔法。

 弟は剣。

 とすると、私は……何?


 何にもない平凡な真ん中は、才能など何もなかった。学力も真ん中くらいで、歌も絵もダンスも字も裁縫も、特にできるという訳ではない。


 幼いながら、意味もなく漁ったことは何度もある。姉と弟がかなり羨ましかった。

 だが、焦った所で何か変わることはない。

 私は焦ることをやめた。つまり、諦めた。


 伸ばそうとしても伸びないものは仕方ない。それに、全然できないよりは上手くはないができる方がいいじゃないか、と自分に言い聞かせ続けていた。






 朝食が終わり、自分の部屋に入ると、私はおもむろにクローゼットの扉を開けた。以前姉の部屋に入った時に見た姿見は、部屋の角のよく見える所に配置されていたが、私の場合はクローゼットの中にしまってある。


 なんとなく、鏡などの自分の姿が映るものがあると目を逸らしてしまう癖がある。理由は単純で、鏡を覗くのが怖いからだ。

 それなのに、どうしても毎朝確認しないと気が済まない。


 ーー自分で自分がわからない。


 恐る恐るつま先から目線をあげると、そこに映るのは姉と弟によく似た顔の自分の姿だ。さすが三つ子だ。

 母譲りの亜麻色のまっすぐな髪は肩の長さ。あまり屋敷から出ないため日に焼けない白い肌。

 母は三つ子を生んだ直後に亡くなってしまった。それほど三つ子の負担は大きかったのだろう。私たちは母の姿を肖像画でしかみたことがなかった。そして、の瞳。


 姉と弟の瞳は緑色なのに対して、私だけ藍色なのだ。父と母も緑色である。

 タージアン王国では亜麻色の髪、緑色の目が一般的であった。ただタージアン王国王族だけは金髪、グレーの目だ。でも、どこを探しても青の色素はない。

 それどころか、古くから青の目は禁忌だとされている。青の目をした子供は疎まれ、運が悪いと処刑されてしまう。処刑される事は稀であるが、青の目を持つ民の先は、孤独。他人に疎まれ、1人でひっそりと生きる運命にあった。

 マリア以外のメイドはそのせいか、私に近寄ってこない。そして、何かにつけて私の悪口を言う。マリアはその点私に対して何かと世話を焼く変わり者であった。


「なんで青の目を持つだけのお嬢様から離れなければならないのですか?所詮、理由などないでしょう?ただ、青の目を持つというだけ。なんて」


 馬鹿らしい。と彼女は言い放った。

 使用人が声を上げるのは無礼な事であるが、マリアの言葉は私の心をぎゅっと掴んだ。

 頬を優しく涙が伝った。泣いて笑った。

 姉と弟はマリアに賛成した。

 しかし、それでも人目を避けるために私は一日中モンテリオールの屋敷にいる。

 同年代で私に気軽に声をかけるのは、血縁である姉と弟だけだ。6歳になって社交デビューする事になっても、私は周りの子息令嬢に挨拶をした事はない。4年経った今も。

 というか、家の者以外には話をした人などいない。そんな私が口下手かつ人見知りになってしまうのは最早必然だ。


 父は必要最低限のことでしか、私に触れようとはしなかった。そして、私に決して屋敷から出ないよう言いつけた。


 それを「青の目を持つお前は恥だからだ」と思うほど私は短絡ではない。父は周りの誹謗から私を守っているのだ。


 ーーそれでも。

 それでも、時々思ってしまう。

 姉と弟を抱き上げた後、私と目が合うと不意に逸らして行ってしまう父を見てしまうと。


 私の目はいつも通りの、深い青色だ。

 まるで海みたい、とマリアは私の目を見て言ったが、私は海など見たことがない。

 どんなドレスにもこんなに濃い色をしたものはない。あっても薄い水色。青の瞳ほどではないけれど、青系の色は好まない。

 青の色彩を、残酷なほどに人の心は拒んでしまう。


 ズキっといたんだ胸を無意識に手で押さえた。


 今日も、バタンと大きな音を立てて強くクローゼットの扉を閉めた。

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