かつてと今の青春ブタ野郎
井守千尋
HARUHI世代とSAO世代
コミックマーケットの企業ブース店番というある意味では名誉な休日出勤を終え、満席御礼の新幹線を岐阜羽島で降りた俺は、駅前に見覚えのある車を発見する。
「ただいま姉ちゃん」
田舎に戻って迎えに来てくれる姉ちゃんは清楚な美人というのは、ライトノベルの世界だけに存在する。有美姉ちゃんは、既婚者で子どもが一人いるというのに金髪だし、眉も剃っているし、童貞を殺しそうな服とは対極的なしまむらのTシャツと中学校のジャージをはきつぶしている。腰パンでパンチラが拝めるのだろうけれど、まったく有り難みもない。細いメンソールのたばこを吹かしながら、ごてごてした内装の軽自動車をかっ飛ばす。やれやれ、田舎の現実ってのは得てして厳しい。美人で気の強いいい姉ちゃんなんだけど。
「最近さあ、平太がオタクみたいになってんのね」
「オタク? 何オタクだ」
「知らんけど、昔この辺でもアニメ町おこししてたやら?」
「立派なアニオタって奴か」
俺も出版社でライトノベルのマーケティングを担当しているし、もともとオタクだったから平太のことを悪く言うつもりはない。
「俺もそうだったんだぞ」
「知ってりゃあ。でも英太はおとなしかったやら。最近のあの子は異常だから、ちょっと行ってやってくれ」
はいよ、と受け流す。煙たいので窓を全開にすると、熱風と共に稲の香りが漂ってきた。
「母ちゃん、帰ったよお!」
だが、母親は買い物に行っていたようだ。「おーう」と平太の声が聞える。早速、姉ちゃんに言われたことを確かめないとな。
「お帰り兄ちゃん」
「ただいま。一年ぶりだな」
なんというか、平均的な高校生を絵に描いたような弟・英太はわざわざ玄関まで出てきた。おおかた、俺の職業がライトノベルマーケティングだということが気になって仕方ないのだろう。オタクは作品を一通りなぞったら、同じ作者の作品や似たようなジャンルの作品に手を出して、どうにかして自分だけがクリエイター側とのつながりをつくろうと躍起になるものだ。わかるぞ、弟よ。しかし、俺の担当している麺々社こむぎ文庫にはハルヒもシャナもルイズも居ないのだ。キノもブギーポップもフルメタも伝勇伝も、バカテスや文学少女も。あるのは、カンスイガールのちぢれ、針金、もっちりと、世紀末香川少女・うどん等である。あと、今度出る新シリーズのBono!(パスタの世界のお姫様)くらい。
「麦茶でいいよね兄さん」
こんなに兄に優しい弟など気持ち悪くて仕方ない。
「サンキュー。それで平太はオタクになったんだって?」
「そう! そうなんだよ。兄さんの部屋に残っていたラノベがおもしろくてはまっちゃったよ。俺、岐阜県ナンバーワンのライトノベラーだね。長良川の黒の剣士なんて呼ばれていてさあ! ちょっと待っていてよ!」
一気にしゃべった弟。姉ちゃんは、「面白がって呼んでいるけど、あたしらくらいになると恥ずかしくなる奴やね」と現実を言ってしまう。
「ほら、スゲーだろ」
工業高校に通っている平太は、木を削ってつくった一本の剣を取り出した。
「マイ・リーガル・ウェポン。光のエクスキャリパーだ!」
「……リーガルウェポン? リーサルウェポンでなくって?」
「ふふふ、法的武器って何よ。法令違反だろってーの」
これでいて姉は大阪大学まで出ている。
「とにかく! 俺のストロングな武器なわけよ」
「触っていいか?」
「仕方ねえなあ。兄さんには特別だぞ」
平太がつくったエクスキャリパーは、ソードアートオンラインを何度もアニメ出見たのだろう。かなり精巧に作ってある。色を塗るとチープさがばれてしまうからなのか、色はついてない。非常に精巧な木工細工だ。すごい情熱だな。
「アリシゼーションではこいつ出てこねえんだよなぁ……」
俺はすべすべとした刀身を撫でながら、ソードアート・オンラインのその後のストーリーをおもいだす。
「兄さんもSAOわかるんだね!」
「当たり前だろ。お前が読んだソードアートオンラインは俺の本だぞ」
「そうだったのかー。いやぁね、俺SAO読んでねえの」
なんだって、と眉をひそめた。
それでも、平太はラノベをよく知っていた。こいつらはリゼロやこのすばといった異世界転生なろう系ばかり読んでいるのかと思ったが、名作と言われる10年以上ファンの離れない作品群も知っている。ただし、アニメを見た、レールガンは読んだ、エンドレスエイトありきの涼宮ハルヒしか知らない等、俺達とのジェネレーションギャップは明らかであった。
「ハルヒかぁ。懐かしいな」
「兄さんは丁度世代だもんな」
「ああ。俺の青春そのものだ。高校一年の時に一年遅れながら涼宮ハルヒに出会ってな。それこそアイスピックでかち割られるような衝撃だったよ。思春期の一番変なこと考える時期に、自分の生きている世界が本当に面白いものか、なんて言われたら、自分だってハルヒのように生きようとバカなことをするだろう」
あの頃は、一言で言えば青かった。子どもっぽいというか、二年遅れの中二病全開。当然文化祭では映画。ギターを齧ってみたり、同人誌や自主製作ゲーム作ろうとしたり、放課後の時間を全力で遊び倒そうとしたものだ。ティータイムするのは二個下の世代だな。
「高校二年生のときはとらドラ!直撃だった。部活モノでなくて、クラスの友達との青春だ。超弩級ラブコメにみんな撃ち抜かれたよ。最終回の放送の日なんて岐阜じゃ映らないから徹夜してさ、インターネットで見てから登校したらおんなじことをしているやつが何人もいたなあ。高須棒作ったりもした」
「高須棒」
気分を良くした俺は、平太に言わなくてもいいことを聞いてしまう。
「平太の世代の青春ラブコメは何だ?俺ガイルか?」
待っていましたと平太は立ち上がる。
「よく聞いてくれたよ兄さん。思春期症候群真っ只中の俺の話を聞いておくれ」
「思春期症候群?」
「青春ブタ野郎シリーズって知らないのか? ライトノベルのマーケティングやってんだろ?」
「名前は知っているが、電撃の。さくら荘のコンビだろ?」
「さくら荘……? まあいいや。俺イチオシ、俺の嫁紹介を兼ねて、作品をプレゼンするぜ」
俺の嫁。懐かしい響きだな。長門、翠星石、ルイズ……。平太は部屋から電撃文庫を8冊持ってきて、横に並べた。それぞれ白地にパステルカラーの丸く切り取った背景とヒロインが並んでいて。「青春ブタ野郎は〜」というタイトルが添えられている。
「一巻はバニーガール先輩の夢を見ない。サイレント・バニーガールの桜島麻衣先輩がヒロインだ」
「サイレント・バニーガール?」
「見えなくなっちゃうんだよ」
「へえ」
「二巻はプチデビル後輩の夢を見ない」
「いろはす的な小悪魔?」
「全然違うし! ノットオンリープチデビル、バットオールソーマイエンジェルだし!」
そして、ロジカルウィッチ双葉理央は踏んでほしいおっぱいで、シスコンアイドル豊浜のどかに関しては姉の桜島麻衣と入れ替わるらしいが、平太が代わりに入れ替わって毎朝乳をもみたいそうだ。
「お前。順調にヤバくなっているぞ」
「そんなことねえよ。俺たちみんなこうだから。というかもっとやばいやついっぱいいるから!」
楽しげに話を続ける平太。おるすばん妹の梓川かえでは絶対に平太の嫁らしい。
「かえでは嫁。かえでに負けないパンダニストになりたい。そんで、麻衣さんをねえさんって呼ぶの。のどかとのエロイベントとかも発生したりして。そして! もう一人の俺の嫁。牧之原翔子ちゃん」
「どっちの方?」
「ハツコイ少女の方……、兄さん知ってるの?」
まだ読んだことはないけどな、と答えた。
「お前。ほんとに中二病っていうか、思春期症候群になったんだな」
「女子にモテないけどね」
「いいんじゃないの?俺だって高校のときはそんな感じだったよ」
「今だってモテてないじゃん」
「うるせえ!」
「今だって思春期症候群だよ兄さんも!」
いや、違うと否定するのは簡単だ。でも、なんだかよくわからないけどそれができない。
俺の思春期は確かに終わっている。平太は自らの思春期を思う存分楽しんでいるみたいだ。とっても眩しい。
「な、こいつもひでえオタクだろ?」
姉ちゃんがずかずかと入ってきた。も、にやたらアクセントが入っている。
「ああ。しかもブタ野郎って呼ばれたい系のオタクだ」
「そうやら? こん、ブタ野郎!」
姉ちゃんに言われたら、露骨に嫌そうな顔をした。
かつてと今の青春ブタ野郎 井守千尋 @igamichihiro
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