第5話

「ここなら大丈夫か」


 外から出た俺は訓練することにした。

 昆虫だった頃の身体を思い出し、羽を拡げる感覚を思い出す。すると背中のスリットの入った部分から雀蜂のような羽が伸びた。

 どうやら羽は伸びるらしい。なら他の部位はどうか……ダメのようだ。


「まあいい。飛べるだけマシか」


 俺は男を無視して羽ばたく。……うん、やはり大分筋力が衰えているな。この身体になった影響か?

 まあどこまでやれるかはまだ不明だ。とりあえず飛んでみるか。


 ビュン


 一瞬で俺の身体は空高く舞い上がった。

 瞬間、Gが身体に襲い掛かり、ソニックブームらしきものが周囲に起きる。もし里でやれば周りは大被害であっただろう。


 続けて飛行テストを行う。前進、後退、旋回、ホバリング、急停止、急加速……。魔界では当たり前に出来たことを試してみた。

 結果は全てOK。何の支障もなく成功した。


「………機動性も運動性も大分落ちたな」


 だがそれだけだ。機能こそ働くがそのレベルは大分落ちている。この調子で本当に大丈夫か?


 次は里を見下ろして視力を確かめる。

 虫だった頃はレンズを調節するかのように拡大も縮小も楽に出来たのがこの身体ではどうだろうか?


「……問題ないな。少しズレはあるし弱い所はあるが使えないことはない」


 目はちゃんと機能している。複眼じゃなくなって心配だったが、どうやらこの眼も同じように働いてくれる。

 身体の構造は大分変わってしまった。腕は二つだし針も大顎もない。虫特有の感覚器官だってあるのに、それも感度に不満はあるが機能していた。

 一体どういうことだろうか。あの召喚によって俺はダークエルフになったはず、なのに虫だった頃の身体的能力が中途半端とはいえちゃんと使える。一体どう言う仕組みなんだ?


 ほかにも色んな機能を確かめてみる。……問題ない、虫だった頃と比べたらレベルが低いし中途半端なところがあるがちゃんと機能してくれる。


 身体の機能は把握した。ならば次は魔術だ俺たちの一族は雷を中心とした魔力を使うのだがこの身体でも機能するかどうか……。


「……ん?あれは人間か?」


 悲鳴が聞こえたので目を向ける。そこには人間の男たちに追われるエルフの少女がいた。

 ちょうどいい機会だ。もし敵がいるのならば的にして試し撃ちをしよう。












 エルフの少女は己の愚かさを呪った。

 今日は偶然朝早く目を覚ました。日の出前はまだ誰も起きてない時が多いため大人の監視も弱い。

 だから彼女は外に出てみた。なんてことはない、軽い気持ちでやった。……その結果彼女はこんな目に遭ってしまった。


 エルフの里には結界が張られている。中に入るには祠にある石像に開錠の呪文を唱えるしか方法はない。

 結界意外にも認識阻害の術師位がかかっている。森の外から見ても里は見えないし、近づいても術式によって無意識に離れてしまうのだ。

 故に、この里に部外者が入ったことはない。例外は里のエルフが招き入れる時か空間移動するぐらだが、両者共に今まで一回か二回ぐらいしかない。


 だからだろう。エルフの大半は油断しきっていた。結界と術式によって守られているおかげで警戒心が緩んでいた。

 それは子共だけではない。大人も同様だった。この結界と術式がある限り侵入者が来ることなどない、そう誰もが思い込んでいた。


「待てエルフのガキが!!」


 ……そのせいでこんな目に遭うのだが。


 彼女を追いかけているのは人間の兵士たち。性格に問題はあるが実力はたしかなものであり、ある任務のためにこうして森の中を探索している。

 そして目の前にはその『手がかり』がある。見逃す道理はない。


「へへッ!ここにエルフの里の手がかりがあるってのは分かってんだ!おとなしく捕まれ!!」

「きゃあ!!」


 男の手が少女の襟に伸ばされる。

 そう、これが当たり前だ。いくら森がエルフのテリトリーでも相手は大の大人。しかも訓練された兵士である。逃げられるはずがない。


「よし、じゃあ早速ヤっちまうか」

「こんなちんちくりんをか?まだ胸も尻もスットンットンのイカ腹だぜ?」

「バッカ、だからいいんだよ。それにキツい目に遭わせたら方が吐くかもしれねえしな」

「ひゃっ!?」


 欲望に塗れた手が彼女の服にかけられる。そのまま薄い布は破られそうになるが……‥。







「離れろロリコンが」

「へぶしッ!?」


 突然飛んできた物体によってふっ飛ばされた。


 その物体は空気を震わせながら飛んできた。土埃が舞い上がり、植物たちが仰がれる。その勢いによって直撃しなかった兵士まで吹っ飛ばされてしまった。


「この世界の人間の雄は幼い子供を好む性質があるのか?」


 飛んできた物体―――バトラは人間の兵士たちを無機質な目で見た。いや、観察した。

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