魔界の覇王が勇者をやるそうです

@banana333

第1話

 地平線の果てまで広がる不毛の荒野。本来ならば何もないはずが、今回は『資源』に溢れていた。


「グルアアアアアアアアアアァァァァッ!!」


 それは死体の山だった。俺は殺した死体を積み上げ、悦に浸った。


 転生して早数百年。俺は蜂の魔物として転生した。

 俺には前世のニートとしての記憶があり、その影響か一族の中では飛び抜けて強く、そして他者とは違う思考回路をしていた。

 この世界の蜂も前世の蜂同様に社会性で全員雌、種付用のオスが普段ニートとして生息する。だから俺もそれに倣ってオス蜂として生きようとした。




 だが俺は強すぎた。




 俺たちの一族は全体主義の生物で異端は徹底的に排除しようとした。俺もその例に漏れず、異端と判断されて群れから追放……どころか群れに命を狙われた。そこからだった、俺が戦いに身を置くようになったのは。


 引き裂いた相手から体液と臓物が飛び散る。

 コイツを生かしていた命の源。まるで魂が身体から抜けるかのように飛び散った。


 血肉と内蔵の匂い。魔界に充満する瘴気と共に俺の鼻腔を満たしてくれる。


「クフフ……クハハハ……ハァーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」


 ああ、楽しい。こうして戦っていると満たされる。

 いつ死ぬか分からない。殺し殺される命のやり取り。そう、俺は『命』を取り合っている。俺は今、生きている!!


「な…なんだあの化物は!?雄蜂の癖に何故これほどまで強い!?」

「バカな……これが蜂の王というわけか!?


 俺を恐れて下がる軍団共。どうやら長期戦に持ち込む気のようだ。けどそろそろ飽きてきたんで全軍ぶっとばしますか。

 まずは魔力を込める。この術は意外と魔力を食うからな。


「バオオオオオオオォォォォォォォオオウテンペスト!!!」


 俺は最大呪文の一つ、天変地異の術を発動する。

 血のように赤い雲が空を覆い、赤黒い雷と赤紫の酸性雨が同時に降り注ぐ。それは山どころか山脈さえを覆うほどワラワラしていた敵軍を一掃した。

 これで雑魚は粗方片付いた。残っているのは強敵のみ。……さあ、楽しもうか!


「お前がバアル=ゼブブの称号を継ぐ雄蜂だな!? 我が名は赤龍王ヴェールズドライグ・ア・ゴッホ! 貴様との対戦を望む!」

「妙な名乗り上げんじゃねえよ!」


 俺は赤いドラゴンに目を向ける。

 山一つ分の身体に全身を覆う赤い牙のような鱗。その下に隠されたたぎるような筋肉。翼は俺の呼び出した雲を切り裂き、尾は雷をなぎ倒していった。

 美しい。なんて生命力と闘争心に溢れた姿なんだ。是非ともお前と戦ってみたい。美しい《強い》お前と!!


 まずは景気付けに一発。開戦の狼煙代わりだ。


「メガロ・インフェルノ!」

「ディオウ・ケラノウス!」


 俺の放った赤黒いレーザー砲と圧縮された奴の体積と同じほどの極大の火球がぶつかり合う。

 瞬間巨大な爆破が起きた。ぶつかりあったエネルギーが反発、時には混じり合いながら大地を飲み込む。おそらく、空から見たらこの荒地を抉られたように見えるのだろう。それほどの規模だった。


 爆発の勢いを無視して突破。お互いの爪をぶつけ合って斬り合いを開始した。足捌きで良い陣地を奪い合い、次に空を飛んで殺陣を行う。外骨格をドラゴンの爪に切られ、お返しにこちらも鱗を切り裂く。斬る数こそは手数の多い俺が優位なのだが、腕力はあちらが上。おかげで深々と傷を負う羽目になった。ま、すぐに再生するけど。


「いいぞ、いいぞバアル=ゼブブよ! お前のような相手と戦えるとは光栄だ!」

「ああそうかよ!」


 ああ、俺も光栄だ。お前みたいな奴と殺し合いが出来るなんて最高の気分だ。

 爪をぶつけ合う度に、魔法をぶつけ合う度に発生する熱。それは俺の心臓をこれでもかと刺激した。


 楽しい。自分を殺せる相手との戦いはこれ以上にないほど楽しい。

 命の危機に曝される度に、恐怖を感じる度に。俺は自分の命を感じられる。



 前世で俺は生きるという実感がなかった。

 部屋でモニター越しに世界を見る《ネットサーフィンの》毎日。そんな生活をする度に俺はリアルを忘れ、向こう側に行こうとしていた。そうして俺は自分という存在の認識から目を背けていた。

 結果、俺は自分という感覚を、今ここにいるという感覚を忘れていった。


 今世でも自分が曖昧になる時がある。

 俺たちの種族の精神構造はとてもシンプルかつ合理的なものだった。だから人間のように余計なことを考えたり無駄な行動はしない。

 中でも特に俺たち魔蜂族はひどかった。蜂や蟻の生態を知っているものがいるなら分かると思うが、女王は子宮、労働者は手足のように、群れ全てが一つの生物として機能する。

 だから個人の感情や価値観など不要。俺は群れという荒波によって自分という感覚を消されつつあった。


 そんな俺を唯一残された自分を認識する手段がある。それが戦いだ。


 個人で戦っている時、俺は自分という存在を意識することが出来る。命の危機に瀕して、本物の戦闘を通して俺は自分の生を実感出来るのだ。


 そうやって俺は戦ってきた。戦って戦って戦って……。やがて俺は最強と呼ばれ、誰にも挑まれることがなくなった。

 来るとすれば集団で来るか俺の力を知らない阿呆ぐらい。だから、俺の強さを知りながらも単独でくるバカは大歓迎だ!!


「ギギャギャギャギャギャギャギャ!!!」

「ガアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 俺は羽から超音波を、ドライグは山を吹き飛ばすような羽ばたきを起こす。

 空気の振動と暴風がぶつかり合う。大地は裂け、岩は舞い上がり、空は割れた。


 ああ、なんてことだ。俺と互角にやりあってくれる存在がいるなんて。 

 ありがとう、俺の前にこれほどの敵を奥てくれってありがとう。俺は無神論者でありながら、神のような存在に感謝したくなった。

 このまま永遠に続いて欲しい。こんな楽しい時間がずっと続いてくれたらいい。


「「行くぞおおおおォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ」」


 俺たちは歓喜の咆哮をあげながらもう一度攻撃をぶつけ合った。







「………終わっちまった」


 三日三晩俺たちは戦いあった。その間に山は悲鳴をあげて崩れ、海は龍となって天を登り、大地はせんべいのように何度も割れたが大したことではない。こんなことは俺らが戦うとよく起こるハプニングだ。

 楽しかった。ドライグとの殺し合いは本当に楽しかった。

 何度もヒヤヒヤした。何度もあいつに恐怖した。けど、決して悪い気分はしなかった。


「楽しかったぞ、ドライグ」

「……‥」


 話しかけても赤き龍の帝王は返事をしない。当然だ、死んだ者はただの肉と化すのだから。

 勝利を確信した俺は友の肉を取り込み、己の一部とする。人間から見れば残酷に映るかもしれないが、これが俺の流儀だ。強敵は俺の一部となり、次のステージでも俺と共に戦うことになる。というか多分コイツだって俺に勝ったら食うと思うぞ。味は保証しないけどな。


「けどこれで……」


 また俺に挑む強敵が一人消えてしまった。その事実は俺に様々な感情を生み出すことになった。

 俺の命を奪う敵がいなくなったという安堵と落胆、俺と並び立つものはいないという優越感と孤独感。二率相反の想いが胸の中で闇鍋のようにごった煮した。



 敵が欲しい。俺に自分という認識を、生きているという実感をもたらしてくれる相手を。

 いや、この際戦いでなくてもいい。誰か俺に……俺に!!


 俺の願いが届いたのか、頭上に突如魔法陣のようなものが現れた。


「これは……転移魔法か!?」


 転移魔法。名前のとおり対象を転移させるための魔法。移動用として自分に使うこともあれば、対象を転移させて自分に優位なフィールドに引きずり込むためにも使われる。


 魔法陣は俺を吸い込んで転移させようとする。抵抗することは出来るが、俺は敢えて魔法陣の引力に従った。

 もしかしたら罠かもしれないが、その時は全員ぶっとばすだけである。俺にはその力があるのだから。


 けどもしかしたら……もしかしたら……!


「俺に……俺を実感させてくれ!!」


 魔法陣に突撃する。トンネルのように長い通行路を飛び、出口らしき門へと向かった。


 俺は門を乱暴に開ける。

 いきなりこの俺を了承もなしに転移させようとしたのだ。満足させる覚悟はあるんだな!!












「い、偉大なる魔の勇者様よ!こ、この私を性奴隷として捧げます!ですから、この国をお救いください!!」

「…………は?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る