第2話
転移した先は森の中だった。
俺のいた世界ではまず見られない豊かな森。鳥や虫たちは陽気に歌い、土と植物の芳しい香りが漂っている。
いい場所だ。もし前世ならネットと冷暖房完備でなくても住みたいと願うであろう。
「で、お前らは何?」
「はい、私は貴方様の性奴隷となりました、エルーニャルニャです」
まずは妙なことをほざいているエルフをどうかしなくてはな。
「見たところエルフという種族に見えるが間違いないか?」
「え、ええ。私はエルフです。というか、ここはエルフの里です」
「里? エルフがここに住んでいるというのか?」
「え…ええ。エルフだけでなくフェアリーやリャナンシーも暮らしています」
エルフ。前世では空想の産物だったから当然だが、俺のいた世界にも存在しなかった種族だ。てっきりいないものだと思っていたがこんなとこにいたとは……。
というか妖精なんて存在しなかったし、人間に似た種族もいなかった。鬼や悪魔などは存在していたが、どいつもこいつも邪悪かつ凶暴な化物ばかり。前世で何度も息子がお世話になったようなエロい悪魔っ子や鬼っ子などいなかった。
だが世界は広い。
群れを抜けて幾多の大陸や島を訪れ、海を越えてきた。しかし未知の国というものは存在するもので、ここがそうなのかもしれない。実際にこんな場所は今世で見たことないからな。
「それで事情を説明してもらえるか?」
「え?は…はい」
それから俺はエルーニャルニャの話を聞きいた。
話を要約すると、ここは俺のいた世界とはまた別の次元、現界というらしい。彼女たちは現界と隣合わせの世界―――魔界―――から魔界の生物である魔物、つまり俺を召喚したという。
召喚した理由は人間という種族からこの里を守らせるため。
エルフと人間は昔から争っており、その決着がついてない。両陣営共に消耗しているが長寿であり魔術に秀でたエルフ側が有利。そこで人間は『勇者システム』を導入してきたらしい。
勇者システムとは異世界から勇者と呼ばれる特殊な力を持つ異世界人を召喚するシステム。これを切り札にすることで人間は今まで生き延びてきたらしい。
そして、エルフは対抗して禁術を使った。それが魔物召喚である。
俺たちのいた世界である魔界は大変危険な世界であり、この世界では地獄とも同一視されているという。
そんな危ない場所でも生息出来る生物を召喚して使役する。それが魔物召喚である。
「なるほど。テンプレだな」
「て、てんぷら?」
「いや、こっちの話だ」
これほどにないほどのテンプレ展開だ。よく見る異世界召喚モノじゃないか。前世では夢見た展開がこんな形で起こるとは。長生きはしてみるもんだ。
「なるほど、話は理解した」
「じゃ、じゃあ戦ってくれますか!?」
エルフの女はその美しい顔と豊満な身体を寄せ付けながら言った。
腹部はキュッと細く引き締まり、胸も尻もこれでもかと自己主張している。
スラッとした高い鼻筋、細く凛とした眉、桜色に潤っている唇、そしてサファイアのように輝く碧眼。非の打ちどころのない美人だ。
金色に靡く髪の毛は腰まで延び、肌は陶磁器のように白く、絹のように滑らかだ。
やれやれ、そんな美人に頼まれたら弱いな。
「断る」
前世ならな。今の俺は蜂なのだ。
「な…なんでですか!?ここは潔く了承する場面でしょ!?」
「生物が他の生物に命を脅かされるのは自然のことだ。それを他種族に助けてもらおうとするなど間違っている」
前世では忘れてたが、生物とは本来そういうものなのだ。
何かに命を脅かされ、生きるために他の生物と争う。時には同族と戦争することで食糧と住処などの資源を奪い合うのだ。
現代社会の過剰な優しさに生かされていた世界とは違う。今世では常に自然(リアル)を体感することになっていた。
「他種族?何を言ってるんですか魔の勇者さま?」
「何って、俺は魔物なのだろう?ならキサマらとは他種族だろ」
「いえ…‥今の貴方はエルフですよ?」
そう言って女は俺に手鏡を渡した。そこに映っているのは蜂ではなく……。
「な……なんだこの姿は!?」
そこに映っているのは巨大な雄蜂ではなかった。
小麦色の肌に銀髪、目は深紅色で耳はエルフのように尖っている男、所謂ダークエルフだった。
首と肩が黄色いモコモコの毛に包まれた、昆虫の羽のように半透明な外蓑。その下にはロボットアニメで見るパイロットスーツのようにピッチリとした服が肌に張り付いている。
腹筋部分と背中、そして太ももあたりにスリットが入れられた紫色の特殊な服装。外套にもこの服にも所々に金の装飾や刺繍がされており、それなりの高級感がある。
蜂だった名残か、頭からは雄蜂の象徴の一つである大きな触角が生えている。
なんだこの姿?俺はいつの間にエルフに生まれ変わったんだ?
「ど、どうやら応急措置システムが働いたようです」
「応急処置?」
「ええ。もし召喚する魔物が瀕死だった時はその魔物の傷を修復することになってます。ただ、あまりに損傷が激しかったり、未知の種族のため直せない場合は召喚者と同じ種族に身体を作り変えて直しやすくするシステムが働くんです」
「なるほど、たしかに俺は死にかけだったからな」
俺たちの種族は個の命が軽い。だから命に対する執着というのも当然薄い。最初は人間としての心がある俺はアレだったが、年を経る度にどんどん前世での感覚が薄くなっていった。だから自分が死にかけたって事実を忘れかけてたんだろうな……。
「で、お前たちの一族と同じになった以上お前らと生きられないってか?」
「そ、そういうことになります。食べ物や住居も私たちと同じものでないと生きられないので………」
「なら俺を元の姿に戻す手段はないのか?」
「わ、わかりません。もしかしたらこの術のモデルになった人間の帝国にあるかもしれませんし……」
バツが悪そうに下を向くエルフの女。もしかして俺をここにここに呼び出した挙句に転生させたことに罪悪感を抱いてるのか?…‥余計なお世話なんだけどな。
「わかった。俺はお前たちの種族の一員となろう。その手段として勇者と戦えばいいんだな?」
「ええ!? も、物分りが良すぎませんか!?」
「俺たちの種族は徹底的に合理的な種族なんだ。余計なことは考えない」
「よ…‥余計なことでしょうか……?」
「余計だな。起きてしまった事象に腹を立てる暇があるなら次の手を考える。そのあとに起きた事象の分析だ。……そういう種族なんだよ」
「は……はあ……」
納得したのかしてないのか、とりあえず頷く女。
まあ当然だろう。いきなり異世界に呼び出され、いきなり種族を変えられたら普通は慌てふためくであろう。
けどそんなことは今世で十分体感している。いきなり地獄のような世界に転生して、その転生先は蜂ときた。だからもう十分味わってるんだよ。
「それで、俺の寝床はどこになるんだ?」
「あ、それなら向こうになります」
転生した影響か、妙に倦怠感がある。なので俺は休憩と食事を所望した。
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