Track4:能動的三分間-5
顔面と顔面の間の空間、缶コーヒー一本分ぐらいの密着度合いの距離感から、キヨスミは口角泡を飛ばさん声量の妙に凛々しい声音で言い放ち、天を仰いでサイコパスじみた笑い声をぶち撒けた。ついでにおれの顔面にも唾液の飛沫がぶちかかったんだがどうしてくれるつもりや。
笑止、と言い放ちつつ高笑いをぶちかますキヨスミのアマガエルのような口とその下でぷるぷる揺れるおっぱいの憎たらしさに、俄に首をもたげていた耽溺の渦を大気圏に放り投げながら(もちろん脳内イメージだ)腕を組むと、キヨスミは組んだ腕に性懲りも無く脂肪の塊Dカップ(本当はこんなおっぱいへのリスペクトを感じられない呼び方したくはないが、敢えてこう呼ばせてもらおう!)を押し付けつつ、笑止の根拠を述べ始めた。
「音のアプローチは新鮮だし歌詞の着眼点も良かったんじゃない? パクリとは言えオリジナリティは出てたと思うけど」
まさかの高評価。
どんな口汚い罵りが投げられるかと心の中でキメたファイティングポーズが無駄になった。
しかしキヨスミの本領が発揮されたのはこの後からだった。
「でも一個だけ良い? 視野がね、狭ぇんだよナ」
一瞬何の話をされているのかわからなくなった。
まるで口紅でも塗ってるみたいに赤い唇に人差し指を当てた美少女ポーズのキヨスミは、その口を
「組長の歌詞は米から脱出してないのよ、二番でどうするつもりだったか知らないけどどうせノープランでしょ、現時点でただただ米が食いたいって話だけじゃない、それじゃあ打首獄門同好会にも訴えられないレヴェルの駄作でしかないよ、目にすらつかない。猫跨ぎ。深夜のデブの戯れ言が聞きたいわけじゃないの俺は。上質なポップソングはね、目の前のお茶碗の中で湯気を立てる白いお米の向こう側に宇宙を見出すぐらいのスケール感を有しているものなの。ストーリー性がないと駄目なの。俺は日頃から“左胸に小宇宙”を信条に作詞をしているわけ、だからその辺意識しといてくんないと俺には勝てないどころか
全く見事な長台詞である。途中から内容が上滑りして右から左へ抜けていくような感覚を覚えたが、問題ない、どうせこいつだって自分が何を言っているのか全ては理解してない。そう言う適当で軽薄な野郎なのだ。
しかし、おれの今現在の唯一にして無二の誇りである“HAUSNEILSのギターボーカル”と言うポジションをひどく侮辱された事だけはわかった。木に登ったら降りられない仔猫のカズくんは次の瞬間、頭に血が上った勢いで思わず凄んでいた。
「上等じゃオラァ! おれが下北沢に
張り切って歌いすぎてカッスカスの喉が悲鳴を上げたがこの際どうでも良かったのかもしれないがどうでも良いなんて事はなかった。
このおれの軽率な一言が、そしておれの売られた喧嘩は一括払いで買うこの負けん気が、この後の誰も予想だにしなかったであろう悲劇を引き起こす引き金となったのかもしれない。
今となっては、そう思う。
たらこ唇を横に引き伸ばした楽しげな表情のベーシストが、担いだ愛機の弦を一発弾く。今度は美しい低音の和音が部屋に響いた。
「出ちゃう? オモテ、出ちゃう?」
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