4 忘れられない過去さえ捨てられる場所

(――っ痛てててぇ)

 そこはろうの中だった。

 先程まで森にいたような気がするが、どうやら夢だったらしい。

 このバルサス監獄から逃げるのは、精霊使いではないジオにとってはかなり困難だ。

 夢の内容はあまり覚えてはいないが、臨場感の強い夢だったように思う。

(……潜在意識じゃ、こんなとこ逃げ出したいとでも思ってんのか、俺は? その強い気持ちが夢になってあらわれたか――?)

 夢での脱獄は誰かに助けてもらったような気がする。

(フッ――あめぇーな、ジオ・インザーギッ! 差し伸べられたすくいの手にすがるなど、俺のやり方じゃねぇんだよ!)

 己に悪態をついて檻を蹴る。

(――こんなところ自力で脱出してやるっ!)


  ◇


「――どこへ行った?」

 カミトは森を走り回って、不審人物の足取りを追っていた。

 しかし、その足跡そくせきは見当たらない。

 ――カミト、左だと思うわ。

 ――いいえ、右です。カミト。

 おまけに、精霊の二人の意見が食い違うので、カミトは頭を悩ませていた。

「――分かった! まっすぐだッ!」

 精霊の感覚をあてにして神威を探ってもらっていたが、こうなっては自分で決めて進んだほうが早い。

 なぎ倒された大樹を難なく越える。

(――これってレスティアの闇魔閃雷ヘルブラストの結果だよな……。これがグレイワースに知られたら、とんでもないことになるな……)

「きゃあっ――!?」

「――ッ!」

 誰かにぶつかった。

 手に柔らかい感触を捉える。

(これは……)

 ただし、そのまま感触を楽しむような愚行は犯さない。

 カミトもいいかげん学習したのだ。

 こういった不可抗力の現場に、自分は巻き込まれる運命にあるようだと。

 ――だからといって、その現象に流されるつもりはない。

 カミトはすばやく手を離そうと――してその手を押さえられた。

「――ふあっ、カミト……」

 桜色の唇から艶かしい声がつむがれる。

(――断じて俺は悪くない。俺は悪くない……。これはクレアがイケナイ……)

 だが、カミトは疑問をもった。

(目の前にいるクレアは果たしてホンモノなのか――?)

 シェーラ・カーンの魔精霊〈嘲笑う混沌バルダンデルス〉のように、他人の姿を真似ることができる精霊だったら――と考えたのだ。

「カミト、だまされては駄目よ――」

「それはニセモノです、カミト」

 カミトの思考に呼応するかのように異口同音に告げる精霊たち。

(――このクレアは本物だな。なぜか俺を睨みつけてうなっているスカーレットもいるし――。てか、レスティアとエストはなんてこと言うんだ……)

 危うくクレアを傷付けてしまっていたかもしれない。

「――カミト、気付いてしまいましたか……」

「魔王の後継者が、こんな小手先の誘導に引っ掛かるわけないわね――」

「おまえらなぁ……」

 こんな状況ではあったが、ツーテールのあかい髪の少女が可愛くて、精霊たちからの抗議を無視して、その瑞々みずみずしい唇に重ねようと――

「――見つけましたわ! クレア・ルージュ!」

〈氷の魔弓〉の精霊魔装エレメンタルヴァッフェを構えたプラチナブロンドの美少女。

(なぜその物騒な弓を向ける……)

「カミト、探したぞ!」

 ポニーテールが揺れる。りんとした鳶色とびいろひとみきらめめく。

「王女殿下から、カミトさんを探すように頼まれましたの」

「カミトのニセモノがあらわれたと聞いてな――」

 ポニーテールの髪の少女は、〈風翼の槍レイ・ホーク〉を向けながら近づいて来た。

(なぜその鋭利なやりを向ける……)

「クレア、そのカミトから離れるんだ!」

 クレアは迷っていたが――

「さぁ、立ってくれ」

 エリスがカミトを立たせた。

「――こののカミトは君たちには危険だろう。仕方ないので私がもらうとしよう」

 危険だと言いつつ、どこか嬉しそうなエリス。

(――こいつ俺がホンモノだって絶対気付いてるだろ……)

「ず、ずるいですわっ……!」

 空いているカミトの片腕を取るプラチナブロンドの美少女。

(リンスレットもかよ……)

「――ま、待ちなさいっ! カミトはあたしの奴隷精霊なんだから、カミトを自由にしていいのはあたしだけなの!」

 両腕はエリスとリンスレットに占有されているので、正面から抱きついて来るクレア。

 腕をカミトの胴に回して瞳を固く閉じ、ぎゅっと抱きしめる。

「おっ、おい……っ!?」

「カミト、ハーレムを楽しんでいるのですか?」

 制服のすそをにぎる剣精霊。

 無言のままもう一方の裾をにぎる闇精霊。

「――私も、そーれっ!」

 カミトの首を目がけてフィアナが飛び上がって抱きついてき来た。

(――首、締まってる、締まってる……!) 

 苦しみに耐えきれなくなったカミトは、あれよあれよと倒れてしまった。

(……痛てててぇ)

 カミトは手に何かをつかんでいた。

 ――それは制服のスカートだった。

「……」

 ――コレハシヲカクゴシナクテハイケイカンジカ。

「あいたたたぁー……」

 クレアが頭を押さえながら起き上がった。

「――クレアおまえ、なんであかなんて穿いてるんだ――ッ!?」

 穏便に済ませようと、無言を貫く覚悟だったカミトはつい、らぬ発言をしてしまった。

(――っ!?)

 クレアは下半身を確認する。

 それからカミトを見て、その手に持っている物を視認する。

 そして再び下半身を見た。

「――な、な、な、カ、カミト、そ、それ、あたしの、スカート!?」

 クレアは、カミトの手にあるモノを指した。

「普段は白で、たまに黒を穿くけど、髪の色と同じパンツは穿かないって言ってなかったか、おまえ……」

 ここまで来たらヤケだった。カミトは言い切った。

「――なんでそんなこと覚えてるのよっ――!」

「……いや、あのとき紅もアリかなって」

「――は、早く返して、変態っ!」

 恥と照れを隠すためにカミトからスカートを奪い取った。

「……ふーん、カミト君て、ああいう大胆な色がいいんだ」

「いや、違うからな! 断じて違うからな!」

 フィアナが耳元でささやくように言う。

「でも残念。私、上も下も身に着けていないんだもの――」

「――っ!?」

 さしものカミトも固唾かたずみ込んだ。

「顔が赤いわ、カミト」

 レスティアが不穏だ。黒い雷が手元でうなりを上げている。

「……カミト、あたしのスカートを、ぬ、ぬがしたことは百万歩譲って許すわ。でも、エロ王女の犬になることは許さないんだからっ!」

 炎の鞭フレイムタンを叩き鳴らす。

「SMプレイなんてダメよ!」

「……っ、だ、黙りなさいッ! エロ王女!」

「――だって、カミト君がくれないんだもの」

(なんのことだ……?)

「そうですわ、カミトさん、早く決めてくださいまし」

「そ、そうだ、遠慮はいらいない。……こ、この私なんかどうだろうか……」

 エリスはごにょごにょ言っていて、後半の言葉は聞き取れなかった。

「――っだ、ダメぇ! カミトはあたしのなんだからっ!」

(――待て、待て、それ以上引っ張るな。腕がちぎれる!)

 前後左右に引っ張られてカミトは焦った。

「もう昨日みたいに、帰って来ないなんてダメなんだから――っ!」

(……そういえば俺、クレアと喧嘩してそのまま街に出ちまったんだな……)

「昨日はごめんな、クレア」

 カミトはそう告げると、そっと抱き寄せた。

「カミトさんっ!?」

「カミトっ……!?」

「カミト君……!?」

「カミトは本当に節操がないです」

「しかたないわねぇ――」

 遠くの木立こだちの上からその様子を見守っていた純白の精霊は、小さく微笑んだ。


   ――FIN

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精霊使いの剣舞(2次創作) - 変身精霊 ゐゑ @wyiwye

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