貝殻の音は

🌻さくらんぼ

貝殻の音は

 命の音だよ。


 ――意味がわからない? そりゃそうだ。音は眺めても聞こえないんだから。

 そんなに巻貝が珍しいの? ただのデコボコな巻貝が。


 ――貝から聞こえるのは波の音じゃないかって?

 そういう人もいるよね。まぁ、とにかく耳に当ててみてよ。


 ――波の音なんて聞こえかっただろう? え、聞こえたの?

 残念だけど、気のせいだよ。今、君が聞いている音は、くぐもっているし、海のように大波小波はない。思い込みだ。


 ――命の音なんて、どこにもない? そうかな。

 その貝から聞こえるのは、君が生きている音なんだよ。普段は聞こえていない音が、貝殻を通すことで君の中にやって来るんだ。




 ――言いたいことはわかるけれど、やっぱり波の音だよって?

 じゃあ、その波の中に潜ってみて。そこにはなにがいる?


 小魚がキラキラと列をなして、振り袖のようにそっと翻る。ゆらゆらと揺れる抹茶色の海藻をかき分け、巨大な魚がヌッと顔を出した。小魚が蜘蛛の子を散らすように逃げ、それから何事もなかったかのように再び集まり、泳いでいった。

 そんな騒ぎも知らず、砂地でヤドカリが新しい貝殻へと引っ越している……。


 さぁ、波から顔を上げて、もう一度音を聞いてみて。

 命が溢れている音、聞こえるはずだよ。


 ――そう。どんな事が起こったとしても、世界も君も、今日を生きているんだ。




 ねぇ、もう一度潜ってみて。


 さっきとは違って、視界が悪い。すぐ近くには人影。ボヤけているはずなのにそれは、君の知っている亡き人――懐かしい人。

 人影は岸へと泳いでいく。陸に上がると、砂浜に濡れた足跡を残しながら、遠くへ走っていく。

 人影を追いかけたら、君は昔の街並みに出会える。

 浜辺に流れる波の音は――過去に有った命の音。




 ――でも、待って。人影を追いかけてはいけない。

 僕は過去の音に浸る事が良いとは思えないんだ。依存して、今ある音に耳を傾けられなくなったら困るから。


 ――自分の命の音を聞けるのは、今だけなんだ。

 今あるものを大切にして欲しいよ。







 だけど最後、君に言わなければいけない。

 矛盾しているように感じるかもしれないけれど……。


 その貝殻いえに住んでいた僕は――もう僕は、君にお願いがあるんだ。いつもはすがってはいけないけれど、今だけは、お盆のこの時期だけは、聞いて欲しい。


 遠い昔に響いていた音を、この貝殻から。










 ――聞こえる?

 命の音だよ。

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貝殻の音は 🌻さくらんぼ @kotokoto0815

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