最後の晩餐
一視信乃
L’Ultima Cena
「ねえ、知ってる? 『最後の
「知らなーい」
「夜、一人で歩ってると、ウェイターのカッコした人が現れて、いきなし聞いてくるんだって。「死ぬ前に、何をお召し上がりになりたいですか?」って。で、例えば、TKGって答えたとすんじゃん」
「なんで、TKG?」
「いやだから、例えだってば。で、そう答えたら、「承知しました」っつって、その人は消えちゃうんだけどぉ、そのままウチ帰って、翌朝いつも通り、TKGを食べたらぁ──そのあとすぐ、死んじゃうんだって」
「えっ? なにそれ? どういうこと?」
「だからぁ、TKG食べたら、死んじゃうんだよ。それが、“最後の晩餐” になっちゃうのっ」
「朝なのに晩餐?」
「もう、いちいち突っ込まないでよっ。とにかく、それが人生最後のゴハンになっちゃうってこと」
「えっ! じゃあ、ティラミスパンケーキ食べたいっつったら、それ食べたあと死んじゃうってこと?」
「そうそうっ。ちなみに、何も食べたくないっつうと、その場ですぐ死んじゃうみたい」
「怖ぁ。じゃあ、滅多に食べないもん、いえばいーんじゃない? 例えばぁ、A5ランクの黒毛和牛とか。あと、この世にないモン、適当にいうとか」
「うーん……、さすがに、デタラメはナシだと思うけど」
「えーっ、じゃあ、なんて答えればいいのぉ」
「知らなーい。つーか、これ、ただの都市伝説だしぃ。やだ、もう、マジになんないでよ。それに、答えたもん食べなきゃ済む話でしょ。簡単じゃん」
駅で偶然会った中学の同級生と、スクランブル交差点を見下ろすコーヒーチェーンで、そんな話をした数日後、彼女は死んだ。
たった19の若さで。
死因は、交通事故。
でも、その前夜、彼女からメッセがあったんだ。
『会っちゃった。最後の晩餐』
『ウソマジ? なんて答えたの?』
『クレープ。なんかカワイクない?』
『じゃあもうクレープ食べれないってこと? 大丈夫?』
『大丈夫。絶対食べないから』
それなのに、翌日の午後、彼女はクレープを食べたあと、死んでしまった。
別に、誰かが無理
ねえ、それって、わざと試してみたの?
それとも、ヤツに操られて、それが無性に食べたくなった?
彼女が死んだ今、ホントのことはわかんないし、わかりたいとも思わない。
だって、そんなワケわからんヤツ、絶対関わりたくないし──。
そう思ってたにも
ヤツ──『最後の晩餐』に。
まだ7時を過ぎたばかりの、不自然に人が途切れたセンター街のど真ん中に、噂通り、ウェイターっぽい、白い長袖シャツに黒いベストとパンツ、蝶ネクタイというコスで現れた彼は、驚くべきことに、もんのすごいイケメンであった。
目鼻立ちのはっきりとした、甘い感じの優男で、もろ、あたしのタイプだ。
ああ、この人はきっと死神かなにかで、最初から死ぬ運命にある人の前にだけ姿を現し、それで、あの質問は、好きなものを食べ終わるまで待ってあげようという、彼なりの優しさに違いないわ。
そんな妄想をしていたら、彼がふっと微笑んだ。
「死ぬ前に、何をお召し上がりになりたいですか?」
深みのあるハイバリトンボイスで
どうせなら、うんと美味しいモンがいいよね。
いつも、ゴハンけちって本とか買ってたし、最後くらい最高の
そこで、はたと気付いてしまった。
「
でないと、あたしが腐女子だって、家族みんなにバレちゃうじゃない。
それだけはダメよ、絶対ダメっ!
オタクってだけでも白い目で見られてんのに、そんなんバレたらどうなることか、考えただけで恐ろしいわ。
あたしに向けられた極上スマイルが、心なしかひきつったように見える。
あっ、そういや、何も食べたくないっつうと、その場ですぐ、死んじゃうんだっけ?
ヤダ、どうしよう。
「……承知しました」
そうして、彼は姿を消した。
すうっと、街に溶け込むように。
それと同時に、
まるで何事もなかったように、はしゃいだ声を上げながら。
あれは全部、夢だったの?
ううん、違う。
それだけはナゼか、はっきりとわかる。
じゃあ、あたし、食べたいモン何も答えなかったのに、生きてるってことは、助かったってこと?
まだ死ぬ運命には、ないって?
それとも、死ぬ前に処分したいと望んだモノ──自作のBLマンガやイラスト、買い集めたお宝同人誌などを捨てたりしたら、死んじゃう、とか?
もしそうなら、将来的にはどう考えても、黒歴史にしかなりえないアレらを、一生背負って生きてかなきゃ、ならないってことぉっ?
恐るべし、『最後の晩餐』。
しかもヤツは、彼女にクレープを食べさせたごとく、それらを思わず捨てたくなるような何かを仕掛けてくるかもしれない。
用心しなくちゃ。
とりあえず、腐抜けたりしないよう、新たな燃料を求め、あたしはアニメショップを目指した。
最後の晩餐 一視信乃 @prunelle
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