Last paraphilia

 小説というものは非常に奇妙なもので彼女の家には都合良く誰もいなかった。空虚に晒された長谷川家はラップ音さえ許さない厳粛であった。ドアの開く音が家中に響き渡る。

 その空虚の中に裕翔は連れ込まれた。もはや、俺と僕とが区別がつかないままに促され、リビングで待たされた。秋も近いのかフローリングが冷たく、脚へと伝ってきた。ここから逃げるのを邪魔する様に。

「コーヒー淹れてくるから、ちょっと待ってて。そこの椅子に座ってて。」

 示されたダイニングテーブルの椅子に腰掛ける。電気も何も点いておらず、窓から零れる月光だけが部屋を照らしていた。

ポットのメロディーが勢いよく鳴った。月明かりが台所までわずかに届いており、コーヒーを作っている彼女の手とコーヒーカップがわずかに照らし出されているだけで、顔は闇に包まれていた。

「電気、点けないの?」

 月明かりが妙に妖しく感じ、スイッチを探した。首を回し続け探し当てるがスイッチはここから遠く、さっき入ってきたドアの近くにあった。

 彼女の姿がここから立つことを消して許さないようだった。冷気もまだ僕の脚に絡みついたままだった。立ってほしくない理由があるのだろう。僕はそれに従い、彼女が台所から出てくるのを待った。

「家族は?」

「んー、なんか出掛けるって。」

 そんな都合良く家族は出掛けるものなんだろうか。

 コップが擦る音がし彼女が台所から出てきた。月明かりに白く照らされて露出した肌が白くなっていた。いつのまにか、上に羽織っていた服を脱いで半そでのシャツにズボンであった。より、白い肌がくっきりとわかる。

 彼女はテーブルにカップを置いた。彼女はテーブルに体重を預け、僕を見下ろす形となった。美しい顔に向かって僕は顔を上げた。

「あのね、大事な話があるの。」

「何?」

 彼女は何か躊躇っているようで視線を落とした。頬が月明かりに照らされ、まだ落としていない口紅が麗しく光っていた。しかし、彼女は何かを決心したようにこちらを向き、自分の目に手を当てた。彼女の目に色彩が浮かんだ。

「私の目ね。多重人格の人だけに、変な見え方するらしいの。」

 変?それは、変じゃない。そんな美しいものを変と言うな。君は感覚が狂っているのではないか。

「初めて、会ったときに。薄々感じていたんだよね。裕翔君、多重人格だよね。」

 語尾に向かって段々と弱々しくなった。そして、視線を落としてしまい手が顔から離れてしまった。手がすっと降下した。白い肌が残像を残した。よく見れば彼女は薄っすらと涙を浮かべており、白く闇の中で透明に反射していた。

「それでね、裕翔君はさ、心の中で…きっとだけど犯罪者と芸術家に別れているんだよね。」

 僕は何も言えなかった。視界の片隅に映るコーヒーの湯気が僕たちの緊張を表しているかのようだった。いずれ、湯気が無くなり、僕たちの緊張が無くなれば僕は希望を殺すのだろうか。いや、落ち着け感情的になってはいけない。彼女を、その美しい人間に集中しなければ。

「犯罪者の裕翔君は、私を、殺そうとしているんでしょ。」

 もう、涙は無かった。その目は決心していた。全てを受け入れようとしている。それが、どれだけ美しいことか。

「ああ。」

 酷く、暗く、低く、僕は答えた。僕は強情になっていた。今にでも欲求が爆発しそうだ。しかし、この冷淡な心は感情で打ち破るには硬い。

「あぁ、殺したくて、殺したくて堪らない。」

 自分の言葉で一瞬にして脆くなった壁にひびが入った。

 そして、言葉が欲求を爆発させた。壁が、決壊した。どこかで爆発したように感情の波が僕を包み、僕は希望の身体の上に馬乗りになった。肩を抑え、力任せに女体をテーブルに押し付けた。今にでも鎖骨が折れてしまいそうなほどに力を加え続けていた。彼女の薄っぺらい身体がテーブルと僕の圧力とで挟まれ苦しそうな顔をした。その顔がまた、僕の興奮を煽った。美しい、その一言に尽きた。

 押し倒したとき、テーブルと金属とがあたる音がした。彼女の左手には包丁が握られていた。

 僕は微笑んだ。

「僕を殺そうと?」口角が嫌に上がる。

 彼女は首を横に振った。手にしている包丁を裕翔の前にやった。彼女は包丁を裕翔に渡そうとしているのだ。鬼に金棒であった。

 彼は興奮して震える手を抑えながら包丁の柄に手をかけた。そのまま、下に刃を持ち高く持ち上げた。

刃先が異様なまでの高笑いを見せる。

 狙うは心臓。それ以外、ナンセンスだ。

 そのため、彼は両手で包丁を握った。力強く。しかし、リラックスして。興奮で刃先がカタカタと音を立てて震えていた。いつの間にか口輪筋が緩んでおり、唾液が口から溢れ出ていた。

 虚しい空間の中に刃の震える音が響いていた。それに、2人の心臓の共鳴していた。まそれは純粋な心とある意味純粋な心との共鳴であった。それは、不協和音だ。

「嬉しい?」

「うん、嬉しい。とてつもなく。」

 しゃべる度、歯が口から飛び出そうだ。

「じゃあ…」

 といい、彼女はシャツを上へとずらした。ブラジャーも一緒に持ち上げられ綺麗な形をした乳房が露になった。その美しくたわんだ乳房に今すぐにでも揉みしだきたくなったがその欲求を必死に押し殺した。裕翔の肉棒が膨張するのが感じ取れる。美しく、闇の中では半ば判別のできないうっすらとしたピンク色の乳首が小さく立っていた。すぐにでも噛み付きたくなった。しかし、そこでも欲求を押し殺した。なぜなら、裕翔の頭の中では彼女の身体に刃を立てることの方が先決であるからだ。

「刺して」

 か弱い少女の声だった。今にでも事切れてしまいそうな。

 月が高く上ったのか室内に入る光の量が多くなり、希望の上半身が綺麗に浮かび上がる。白く、肌理細やかな肌であった。今にでも破れてしまいそうな位に儚い。乳房をの中の、油脂の奥には心臓が脈打っている。透き通った肌から心臓が見えそうだった。

「ねぇ、何で、何で刺さないの?あなたの、あなたの、願望は、」

一息おいて

「私を殺すことでしょ?」

 目に涙を浮かべ、ぽろぽろと大粒の涙をテーブルの上に落としていた。厳密に言えば髪を濡らしているだけなのだが。髪がだまだまになっていく。それが妙にエロい。

「ああ、そうだ。殺すことが目的だ。」

 僕は嘲笑した。喉をコロコロと鳴らして笑った。口角が嫌に上がっていた。唾液がさらに垂れる。

「だが、すぐに殺すのは楽しくない。楽しさの絶頂で殺すのが、一番いいだろう。」

 口角を上げながら、嫌らしく言った。

 しばらく、お互いしゃべらずずっと見つめあった。互いの鼓動が一緒になるくらい。

「あのときのこと憶えてる?」

 沈黙を破るように希望が笑った。

「あのとき?」僕は目頭を下ろし鋭い目つきをした。

「そう、初めて出会った、あのとき。」

「あぁ・・・」

 と、聞かれても実際何も思っていなかった。憶えていなかった。僕が。俺がどう思っていたかは知ったこっちゃない。そんなの、これを目の前にした今、どうでもいい!

「多分、一瞬で魅かれた、というよりも魅かれ合ったと言うべきか。」

「そう、なんだ。」

 彼女は微かに笑った。だが、涙が多くなっている。この女の中にはどれだけの水分があるんだ?と裕翔は思った。だが、実際、9割は水分である人間は涙をたくさん流しても枯れることはないだろうが。いや、逆に枯れさせてやろうか。

「そのときから、好きだった?」

「ああ。」そうだ、狂おしい程殺したいさ。

 はっきりと裕翔は答えた。甘い、特徴的な低い声で。それも、狂気のおまけつきで。

「よかった。好きだよ、裕翔君。」

 彼女は大粒の涙を流し、満面の笑みを作った。俺は今すぐにでも八つ裂きにしたかった。

「ああ。僕も好きだよ。」

 だが、俺はもったいぶった。

 裕翔は大きく振りかぶり、彼女の左乳房の目掛けて力一杯に包丁を振り下ろした。血が花のように飛び、辺りは紅く染められた。テーブルには血が広がっており、床のフローリングにまで手を伸ばしていた。ぽと、ぽと、と一定のリズムを刻みながら。

 彼女の白く透き通るその肌には赤い血が塗られており、その中央には包丁が突き刺さっていた。その姿は生贄を連想させた。神聖な太陽への献上。この場合は月にだろうか。

 彼女の身体は一瞬痙攣したが心臓側に刺さっている為、すぐにこときれた。死ぬ寸前目を瞑っていたのだろう、その瞼は力は無くともしっかりと閉じられていた。美しい瞼であった。俺はその瞼をフェラをするようになめた。

 裕翔はそのとき、高揚状態であったため身体の感覚がほぼ無いに等しかった。そのため、自分が勃起していることに今更気付く。手で触ってみれば、若干にしめった感覚だった。しめっているというより中が濡れているといった方がよかった。ドロッとした感じだ。

 手で中を弄ってみれば粘着性のある液体に触れた。射精していた。裕翔は彼女を殺すことに性的欲求を感じていたのだ。歪んでいる、そう思った。だが、それと同時に滑稽にさえ思えた。

 馬乗り状態の裕翔は笑った。自分の精力がこと切れるまで笑った。笑ったのだが、まだ残っていた。 

 良いことを思いついた。裕翔は手にこぶしを作り、片手をポンと叩いた、その顔は、明るかった。

 希望を死姦しよう。それなら、僕たちは永遠に結ばれたのも同然。


-終-

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paraphilia 辛口聖希 @wordword

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