第17話 花火
口づけをした日から、一週間後花火の日を迎えた。もちろん3人と一緒に行く。
部屋の中で身支度をし部屋を出た。階段を降り「行ってきます」とリビングに向かって言ったら、「あんまり遅くなるなよ」。久しぶりに父の声が返ってきた。「デートもいいが、節度を守れよ。もう、高校生なんだから。何も言わないけど、まぁ、行ってらっしゃい。」いつもと珍しく口数が多かった。横にいる母、妹が不思議な顔をして父を見ていた。
「うん。行ってきます。」
父の姿を最後に視界に収め、家を出た。
集合場所に着いたとき、希望が先に来ていた。
「早いね。」
声を掛ければ、彼女は少し頬を赤くさせた。しかし、目は何も温かくなく俺のすぐ後ろを見ているようだった。だが、それも、すぐに戻り「うん。早く、来ちゃった、かな?」
前髪をかき上げながら、希望ははにかんだ。その様は、とてもかわいらしかった。
「今日、少し寒いね。」
希望は肌を摩りながら言った。
「そうだね。長袖で来たのが正解だったよ。」
少し肌寒いと感じ、万が一のため今夜は長袖を着てきたのだ。だが、少しだけ肌に寒さが伝わっていた。
「2人は?」
「あ、なんか2人で先に行くって・・・だから、私だけ。」
なんだ、理々果と鴨川もいっちょやっているのではないか。あの2人いい感じだったんだな。
「そうなんだ。びっくりだな。」
視線が自然に下に落ちた。下には希望の履いたサンダルがあり、残暑にはまだぴったりであった。
「じゃ、行こうか。」一歩踏み出したとき、
「待って」手首を掴まれた。自分が振り向く形となった。街灯の光で希望の頬が浮かび上がる。
「話があるんだけど・・・・この後、私の家に付いて来てもらっていい?」
誘いか?それは否定できないが、この短期間でそこまで好きになったとは到底考えにくい。自分は不思議に思ったが、彼女の頼みなら聞き入れてもいいだろう。
「わかった。付いて行くよ。」
手首から手が離れた。儚くて、瞬間的に希望の手が弱々しくなった。
「ありがとう。じゃ、行こう。」
自分は希望に連れられた。
彼女は一体、何を考えているのだろうか。
着いてみれば中々の人数で溢れていた。だが、うめつくす程でもなかった。中には、夜空に手を合わせる者もいれば、泣き出している者までいた。中学生らしい女の子が静かに泣いているのが印象的だった。
2人を探すためあたりを探し回っても全く姿は無く、希望に聞いてみれば、まぁ要約すれば女の子2人のエゴ、である。自分は初めて女のわがままというものを目の当たりにした。とんでもなく、恐怖であった。いや、そこまでは怖くはないがお互いの利益のためならここまでするか、という感じだった。
「ごめんなさい。」
希望は頭を下げた。
自分としてはどうしていいかわからず
「いいよ。もう、後の祭りだ。それより、本部に行こう。和口さんに挨拶しなきゃならないから。」
希望は顔を上げ頷き、自分の後ろに付いて来た。そのとき、希望は自分の手に希望の手を絡ませてきた。
本部で和口さんに挨拶をした。和口さんは「お?理々果ちゃんはどうした?」と、某有名番組のディレクターみたいな口調で言った。「ちょっと、ごたごたがありまして・・・」「ふうん、ま、いいや。お父さんに宜しく伝えておこうの。まぁ、楽しんでいって。あ、そうそう」、と横から水の入ったバケツからジュースを取り出し、「はい、これ、約束の。」、とジュース2本を手渡された。「すみません。ありがとうございます。」「約束は約束だからね。おっと、じゃ、失礼。」後ろから人に呼ばれ、和口さんは本部の奥えと消えていった。
「はい、ジュース。」
希望に渡した。
「丁度、2本だね。あのとき、4人だったよね?」
そういや、手渡されたのは2本だけだった。
もう、花火の時間が目前に迫っており、未だ自分たちは場所を決めかねていた。どこにいってもそなりに人が占領しており、どこもゆっくり出来そうになかった。
多少の穴ぼこの人混みの中をさまよい、やっとのことで空いている場所を見つけた。丁度、とってあったかのような隙間であった。ラッキーと重い、そこで花火を見ることにした。
「どんな、花火なんだろうね。」
「さぁ、わからない。だけど、和口さんが監督だから、綺麗なものだとは思うけど・・・」
「そうだね。和口さんだもんね」
彼女は足元の叢に視線を落とした。首が前に折れ曲がれうなじが覗く。白く、綺麗で、少し産毛が目立つ。幼くも大人びた首筋は夜の人混みに照らされていた。彼女が下で視線を動かす度、うなじの産毛が角度を変え印象を変えさせた。
腕時計を見たら開始時刻が迫っており、周りには歓喜と悲しみの色が入り混じり合っていた。どちらかが抜きんでいようとする訳でもなく互いが互いを包容している様な気がした。皆は花火が上がるのかと今か今かと待っていた。
皆の胸の踊りが最高潮に達したのを見計らったのか、ピュ~と火薬が尾を引いた。パッと綺麗な花火が咲き誇った。続いて、2,3個の花火が続いて咲き夜空一面を満開した。一つが上がり、一つが消え、また一つが上がり、また消え。時々、小さい花火が連続して咲き華やかさを存分に引き上げた。
彼女の頬は花火の色に縁取られており、無数の色彩を絡み合っていた。髪の毛一本、一本にも色が添えられておりホログラムで作った様な幻想的なものだった。
「綺麗だね」
彼女は花火に釘付けになりながらも自分に話しかけた。口紅を塗っているのか花火の光が光沢に化けており妖しくもいやらしい造形に錯覚させた。あの日の口付けのことを思い出してしまった。別に、なにも嫌なことではないのだが、その後に掛けられた彼女の言葉が深く心に刺さっているようだ。
「綺麗だね。」
彼女は言葉を反復した。
彼女は自分の手に指を絡ませきた。不器用で上手く手が合わないのだけど、お互いが辿り着くように両者は手を握った。
自分の手の感触は最早僕なのか俺なのかすら、もう見当も付かなかった。多分ではあるがもう自分自身は僕なのかもしれない。僕は希望を殺してしまうのだろうか。
伊藤裕翔は長谷川希望を殺したがっている。
俺の中に僕の言葉が響き渡る。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も・・・・・
共鳴に共鳴が重なり、彼の精神はどこか遠くの方へ行ってしまったかのようだった。
自分は彼女に改めて向き直った。
花火は終盤に入り花火たちが我よ、我よと咲いていた。音が連続し、夜を飲み込むような轟音と化していた。周りの音は一切聞こえず、いつのまにか自分と希望は柄を合わせていた。どちらとも、目を離そうとせず、ピンっと張り詰めた意図で繋がっている用様だ。互いが互いの瞳を見つめいた。まるで、初恋のように。そこには、美しい狂気的な色彩が映っていただろうか。だが、互いが夢中になり過ぎてそんなものは眼中に無かった。というか元から存在していなかったのかもしれない。
最後のでかい花火が大きく花開き儚く散った後、2人は改めて口づけを交わした。
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