素数砂漠 その4

「やあ、戻ってきたね」


スタッと降り立ったあたしに、ひーちゃん先輩がクールに言った。


「それで、何かいい情報を引き当てられたかい?」


幼女のくせに言い方がイケメンだぞ。見た目はただの幼女だけど。


「それが、かくかくしかじかでしてー」


あたしは、忙しそうなビーバーさん達や∫さん達、モデュラーさん、ユークリッドの職人さんのことを話した。


「そうか、知ってる人はいなかったんだね」


「そうなんですよー」


ところで、他の三人はどこにいるのだろう。


「てやぁぁーーーっ!」


わーちゃん先輩の声がした。

離れたところで、ピコピコハンマーを振り回していた。


わーちゃん先輩の前には、おっきなシャボン玉。

それにハンマーを振り下ろすと、


パチンッ!


とシャボン玉が割れた。


「なのですっ!」


そこへすかさず、たーちゃん先輩がラッパを吹く。


あ、あれラッパじゃなくて、シャボン玉を作るストローだったんだ。


たーちゃん先輩がストローを吹くと、割れたシャボン玉がもとに戻り、しかも新しいシャボン玉に包まれた。

割るたびに、大きく複雑なシャボン玉になるようだ。


「てやっ、てやっ、とうっ!」


パチンッ、パチンッ、パチンッ!


「なっ、のっ、ですっ!」


わーちゃん先輩が割り、たーちゃん先輩がそれを戻して大きくする。


「えっと、あれは何をしているんですか?」


「実験だよ。適当に素数を作って、そこに1から順番に足して、合成数が何個連続するか試しているんだ。まずは合成数が連続する区間を探して、その共通点を探そうって考えだよ」


なるほど。


「たあぁっ!」


ピコンッ!


ピコピコハンマーが鳴った。シャボン玉は割れていない。あれは素数だ。


「連続41個ね。賭けにしてはまあまあじゃない」


かーちゃん先輩はテニスラケットのガットを張っていた。


「でも百には足りないのです」


「そうね。じゃあ今度はもっと大きな数からいきましょう」


うわっ!


かーちゃん先輩がラケットを振ると、網からシャボン玉が一気にできた。それがひとりでにくっついていく。


そこに、たーちゃん先輩がいくつかシャボン玉を増やす。


最終的に、大きなシャボン玉の中にいくつもシャボン玉が入った、複雑なものになった。


すごい。器用だなあ。


「じゃあ、次はここから始めるのです!」


「わ、わかりました~……」


わーちゃん先輩、疲れきっているように見えるんだけど、大丈夫だろうか。


「おや、やっていますね」


xさんが帰ってきた。


「xさん、お帰りなさい」

「やぁ、お帰り、支配人」


ひーちゃん先輩、xさんに対してもこの口調なんだ。


「どういう実験ですか?」


ひーちゃん先輩が、簡単に説明した。


「最高記録は連続63個だよ」


ん? ってことは、百個連続するところは見つけられてないんだ。


「xさんはどうでしたか?」


「素数に詳しい者を何人か当たりましたが、誰にも解けませんでした」


うーん、やっぱり難しいのか。


「難しいね。実験も引き続き、うまくいってないようだし」


ピコン!

と鳴った。素数のようだ。


「やっぱり、探すのは無理だよぉ~」


わーちゃん先輩が、はぁはぁしながら言った。ピコピコハンマーすら重そうだ。


「あ、支配人さん帰ってきたのです! nさんもいるのです!」


三人がぽてぽて走ってきた。


「あまり芳しくないようですね」


「そうなのですよ~」


幼女先輩たちが代わる代わる話した。なんか楽しそうだ。xさんと話すのが楽しいらしい。


「という感じなのです」


「すると、全員うまく行かなかったようですね。どうしましょうか……」


あたし達は行き詰ってしまった。

砂漠の真ん中で輪になって、うーんうーんと悩んでいる。


あたしはもう一度、出会った人たちのことを考えた。

ビーバーさん達は、∫さんは、モデュラーさんは、ユークリッドの職人さんは、なんて言っていたっけ……。


あ!

あたしはピンと閃いた。


「見つからないなら、作るってのはどうでしょう?」


「作る?」


五人が首を傾げた。


「ユークリッドの工場で、素数を作ってるじゃないですか。それと同じで、連続する合成数を作ることってできませんか?」


「なるほど、良いアイディアかもしれません」


xさんが褒めてくれた。えへへー。

でもわーちゃん先輩は難しそうな顔だ。


「はにゃ。わるくないけど、どうやったら作れるか、わからないよ……」


うーん、そうかな。


「合成数を作るだけなら簡単でしょ? 素数をかければいいんだから。連続した数が作れるようなかけ算の仕方を考えればいいんじゃない?」


つまり、

A×B

C×D ←A×Bより1大きい

E×F ←C×Dより1大きい

G×H ←E×Fより1大きい

って続くようなかけ算の組を見つければいいんだ。


「ひいき目に見てもそれは難しいね。それよりもっと簡単な方法がある」


「え、どうやるんですか?」


「足せばいい。1から100まで、どれを足しても必ず合成数になるような自然数を作る方法を考えればいいんだ。その方法が、100より大きな数でも使えれば、この問いの答えを引き寄せられるはずだ」


えーっと。

つまり、

n+1 ←合成数

n+2 ←合成数

n+3 ←合成数

n+4 ←合成数

n+100 ←合成数

とできる数nを作る方法を考えればいいってことだ。

で、そういうnをたくさん作って、最大いくつまで足せるかを調べればいいんだ。


xさんも頷いている。


「わかりやすい方法ですね。それでやってみましょう」


「でも、足し算でできた数が割れるかどうかって、すぐにわかるんですか?」


また五人が首を傾げた。

あたしの質問って変なのかな。


「合成数ってことは、何かで割れるってことですよね?」


n+1 ←何かで割れる

n+2 ←何かで割れる

n+3 ←何かで割れる


「かけ算でできた数なら何で割れるかすぐにわかりますけど、足し算でできた数は何で割れるか、すぐにはわからないんじゃないですか?」


A×BはAで割れるが、n+1は何で割れるか、わからないはずだ。


「なら、すぐにわかる数を作ればいいわ」


かーちゃん先輩が、あたしにびしっと指を突き付けた。


「え? どうやってですか?」


「ふふん、簡単な方法があるわ。これを使うのよ!」


ばばーん!

かーちゃん先輩が取り出したのは、小さな丸い手鏡だった。

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