素数砂漠 その3

あたしは走っていた。


xさんに紙とペンを使った移動方法を教えてもらったんだけど、こういうのは足で手当たり次第に走った方が良いと思ったんだ。

それに、あたし、走るのは得意だからね。


xさんはホテルの従業員さんに詳しいから、問いの答えに近づけそうな人を中心に聞き込み、あたしは適当に走ってたまたま見つけた人に聞き込みすることにした。

幼女先輩たちはしばらくあそこで、数遊びするんだって。色んな数を作ったり割ったりしてるうちに、何かに気付くかもしれないからって言ってた。


あたしは廊下を走り(誰もいないから走ってもいいよね)、時々「Staff Only」と書かれたドアを開けて、誰かいないか探した。


お、第一村人発見。


だだっ広い部屋で、制服を着たビーバーさん達が、タイプライターのような機械を叩いていた。機械からは、延々と細長いテープが出ている。「1111……」と、ずっと1だけが書かれたテープだ。


ううん、ちょっと忙しそうかな?


声をかけるのを躊躇っていると、入り口の近くにいたビーバーさんが、あたしに気付いた。


「ん? そこの女、なんの用だ」


甲高い声だなぁ。


「ちょっと聞きたいことがあるんですけど……忙しいですか?」


「忙しいよ、おいら達は超忙しいよ。でもちょっと話聞くくらいならできるかもよ」


どっちなんだ。


あたしは一応、聞いてみることにした。


「お客様が砂漠を発見したんですけど、何かご存知ないですか? 素数が全然ない場所なんです」


「素数? うーん、素数かあ。おいら達はあんまり興味ないかなあ」


がーん。


「そうですか……どのくらい大きな砂漠があるのか、知りたかったんですが……」


「どのくらい大きな!?」


え、そこに食いつくの!?


他のビーバーさんたちも一斉にあたしを見た。


「詳しく」

と言われ、あたしはかくかくしかじか、素数砂漠について話した。


「おい、お前、どう思う?」

「面白い。面白いけど、さっぱり見当がつかない」

「アルキメデスならわかるんじゃないか? 砂を数えるのは得意じゃないか」

「砂と砂漠じゃわけが違う。だいたい、あいつはもうとっくに死んでいる」


「あ、あの! その、アルキメデスさんってのは?」


「昔よくこのホテルに来てた奴さ。最近見ないと思ったが、そうか死んだのか」

「奴の問いによく答えてた奴は誰だっけ」

「ああ、なんて言ったっけ、あいつ」

「思い出せねえなあ」

「そいつの後輩なら、今もよく見かけるだろ。えーと、なんて言ったっけ」

インテグラルだ、∫」

「ああ、そうだ、∫だ」


インテグラル?


「あいつなら何かわかるかもなぁ」


手がかりだ! 詳しそうな人がいるらしい。


「その人、どこにいますか!?」


「最近はあいつどこにいる?」

「最近はどこにでもいる」

「fとよく一緒にいる」

「d/dxともよく一緒にいるぞ」

「で、結局どこにいるんだ?」

「どこにでもいる」


ビーバーさん達はぺちゃくちゃと喋り続ける。口が忙しい人たちだ……。


「たぶん、今頃は山にいる。式を書いてあげよう」


このホテル、山まであるの!?

ビーバーさんは機械から出ていたテープを切り取って、そこにさらさらと数式を書いた。


「ほら、これを使って行ってきな」

「解けるといいな、その問い」

「楽しみにしてるよ、お嬢さん」


そういうと、ビーバーさん達はまた忙しそうに、タイプライターをカタカタ叩き始めた。


テープを持って外に出る。うーん、よくわからなかったけど、とにかくここに行けばいいんだね。

本当は走りたいところだけど、せっかく式をもらったんだから、使わないのは失礼だよね。ほんとだよ、あたしは本当は走りたいんだよ。正直ちょっと疲れたとか思ってないよ。


テープを掲げると、グラッと視界が揺れた。



次の瞬間には、あたしは山の上にいた。


あ、なんだ。山っていうから木とか生えてるのかと思ったら、遊具の山だ。

柔らかいゴムでできていて、中に空気がぱんぱんに入っている。飛び跳ねると、すっごく高くジャンプできる。

楽しい。


「おーい、そこのお嬢ちゃん、何をしているのかな? 僕の関数を変えないでくれ」


なんかすらっとした人が現れた。

山の下から、あたしに向かって言っているらしい。


「すみませーん、今降りますー」


あたしは山を転がり降りる。楽しい。


「困るよきみ、計算中だったんだから」


「す、すみません!」


あたしはぺこぺこ頭を下げた。


「あの、ところで、∫さんってどこにいるか、ご存知ですか?」


「それなら僕だよ」


なんと。


「あの、知りたいことがあるんです」


かくかくしかじか。あたしは素数砂漠について説明した。


「うーん、素数かあ。どう思う、ハニー?」


∫さんの隣に、丸っとしたお姉さんがいた。いつからいたんだ。


「私もよくわからないかなぁ」


間延びした声だなぁ。


「えーっと、お姉さんは?」


「私はd/dx。あなたこそどちら様?」


「自然数nです!」


あたしは元気よく答えた。

d/dxお姉さんは困り眉になった。


「自然数かあ、私達とはちょっと相性が悪いかしらあ」


「素数のこともよくわからないよ。ごめんな。いや、全く知らないわけでもないけれど」


「最近はこの辺でもよく見かけるものねえ。特にここ百年くらい」


「だけど、それは難しい問題のような気がするなあ」


ううん、やっぱり難しいのかなあ。


「僕らも最近よく素数の分布について考えるんだけどね、きみの言う砂漠の分布は、素数の分布を考えることになっちゃうんじゃないかな?」


「素数の分布を考えるのって、難しいんですか?」


「少なくとも、いまの僕らには手に負えないね」


そ、そんなに難しいのか。


「あ、でもぉ」

とd/dxお姉さんが、良いことを教えてくれた。

「あそこの人なら何か知ってるかもぉ」


「誰ですか?」


「ほらあ、あのお……もでゅらあさん?」


「もでゅらあ?」


∫さんが咳払いした。


「モデュラー、だね。たしかに、整数のことなら彼に聞くのが一番だ。いま式を書いてあげるよ」


さらさらっと∫さんが式を書く。


うーん、なんだかわらしべ長者みたいになってきたぞ。


「はい、これ」

「あ、ありがとうございます!」

「頑張ってね」

「はい!」


あたしはまた、メモを掲げた。

ワープだ。



「「「ゴーーーン!!」」」


うわ、なんだ。

着いた瞬間、おっきな音が頭上でした。


見上げると、大きな時計塔があった。その下で大きな鐘が揺れている。なるほど、あの音か。


ちなみにここは室内だ。室内なのに時計塔がある。もう何でもありだなこのホテル。


時計塔の文字盤に、誰かがいる。上からロープでぶら下がって、数字を書き換えているようだ。


……え、時計の数字って書き換えて平気なの? しかも十二個じゃないし。


「あ、あのー!」


今度はあたしが大声を出して呼びかけた。

ぶら下がっていた人はすぐ気付いた。


「はいー? なんでしょうかー?」


するすると降りてきた。こんな笑顔→(≡▽≡)が素敵なお兄さんだ。


「あたし、自然数nって言います。あの、モデュラーさんですか?」


「うん、僕がモデュラーだよ」


名乗っただけなのに笑顔が素敵だ。


「整数のことならモデュラーさんに聞けって言われたんですが……」


「お、なにかな」


あたしは三回目の説明をした。だいぶ説明がうまくなってきたんじゃないかな。


「そんな感じで、合成数がいっぱいある砂漠があるんですけど、何か知らないですか?」


「いっぱいか。そうだねえ」


モデュラーさんは笑顔のまま答えた。


「ごめん、あんまりわかんないや」


ええー……。


「僕が詳しいのは、割り算とか余りとかなんだよねえ。そりゃ素数にも詳しいけどさ。合成数と言われるとちょっとねえ」


「そこをなんとか!」


これ以上たらい回しにされたらたまらない。


「こう考えてみたらどうかな。素数ってことは、1と自分以外のなにで割っても、余りがでるってことだよね」


「はい」


「反対に、余りが出ないように割れるなら、それは合成数ってことだよね」


「はい」


「…………」


「…………」


「……………………」


「……………………」


「(≡▽≡)」


それ以上のヒントはなかった。


「これ以上はわかんないや」


「そうですかー……」


いや、でも、意外といい線いってる……のかな?


合成数が並ぶってことは、何かで割り切れる数が並ぶってことだ。

ふむ、そうか、モデュラーさんは「問いを言い換えてみたらどうか」って言ったのかな。


「あ、もしかしたら、あそこの人達なら何か思いつくかも」


う、またわらしべか。

でも、いいヒントがもらえた気がするし、もうひとつ何かヒントがあれば、解けるかもしれない。


「誰ですか?」


「ユークリッドの工場で働いてる職人さんたち。彼らなら、素数に詳しいはずだよ」


工場まであるのかこのホテル。もう驚かんぞ。


「式を書いてあげる」


さらっとまた式を渡された。


「ありがとうございます、行ってみます」


「うん、頑張ってね~(≡▽≡)」


あたしはメモ用紙を掲げた。

ワープだ。



よし、もう驚かないぞ。

室内に工場があったって驚かない。

室内の工場がもくもくと煙を出していたって驚かない。


「いや驚くよ! ゲホッゴホッ」


あたしは咳き込んだ。


「す、すみませ~ん、どなたかいませんか~……」


工場の重い鉄の扉をガラガラと開けて、あたしは中に呼びかけた。


ベルトコンベアが数を運んでいる。

それらが炉にくべられ、反対側から何かが出ている。


がっつん、がっつん、という大きな音がどこかから聞こえる。でっかいハンマーでもあるのかな。


「なんか用かー?」


ヘルメットを被り、マスクをつけたおじさんが、あたしに気付いた。


「あのー、ここってユークリッドの工場で合ってますか?」


「ああそうだが、あんたは?」


「自然数nって言います」


おじさんはマスクを外して笑顔になった。


「おお、自然数か! 自然数なら大歓迎だ」


「は、え、あ、ありがとうございます」


なぜか歓迎された。


「ここは何をしているところなんですか?」


「見ていくか?」


おじさんからマスクとヘルメットを受け取った。


「ここで作ってるのは素数だ」


「素数! 素数って作れるんですか?」


「まあ、無理やりだけどな」


おじさんはまず、ベルトコンベアを見せてくれた。数が流れている。


「ここに流れてるのは全部素数だ。素数の材料は素数なんだな」


「え? それって、最初の素数はどうやって作ったんですか?」


「知らん」


ええ……。


「で、この素数を炉に入れる。つまり、かけ算して、1を足すんだ」


炉の反対側から、また数が出てきていた。

それがベルトコンベアで流された先では、大きなハンマーが上下していた。


「ここで炉から出てきた数を割る。合成数なら割れるし、そうじゃなきゃ割れない。わかるな?」


「はい、まあ」


「割れなかった場合は、話が簡単だ。割れないんだから素数だな。しかも、材料に使ったのとは違う素数だ」


「そうなんですか?」


「そりゃそうだ。例えば、材料が2と3だったとしようか。2と3をかけて、1を足したら、7。これは2で割っても3で割っても、1余る。どんな素数でも、かけて1を足したら、元の素数で割ったとき必ず1余るんだ」


ああ、そうか。

2と3をかけるということは、点を縦に2個、横に3個並べることになる。


・・・

・・・


これは2でも3でも割れる。でも、これに1を足すと、こうなる。


・・・

・・・


これは2で割っても3で割っても、はみ出てる1が余る。だからこれは、2でも3でも割れない。


「だが、炉から出た数が割れることもある。それでも、割れた後の数は、必ず材料とは違う素数になる」


えーっと……。

もとの素数が3と5だとする。二つをかけるとこうなる。


・・・・・

・・・・・

・・・・・


ここに1を足すとこうだ。


・・・・・

・・・・・

・・・・・


これは3でも5でも割れない。だから、もしこれが割れたとしても、それは絶対に3でも5でもない。実際、これを割り切れるのは2だけだ。


うん、たぶんわかった。


「だから、炉から出た数は、材料と違う素数か、材料を使わない合成数かの、どっちかなんだ。だから、とりあえず出てきたもんを叩いてみれば、新しい素数が得られるってわけだな」


「なるほど」


「ここでは他にも色んなものを作ってるんだが……そもそもお前さんは何しにここに来たんだ?」


「あ、そうだった」


いけない、目的を忘れるところだった。

あたしは四度目の説明をした。


「……で、素数砂漠について、何か知りませんか?」


「そうだなぁ……。たしかに俺らは素数を作ってるし、素数には詳しいが……」


う、雲行きが怪しい。


「俺たちが作る素数は、小さい方から順番に出てくるわけじゃない。出鱈目な順番で出てくるから、素数の並びについてはよくわからねえんだ。すまんな」


やっぱりかー……。


「じゃあ、他に詳しい人をご存知ないですか?」


「うーん……俺たちは最近の、難しいこと考えてる奴らのことは、よくわからないんだよなあ」


ええー、わらしべ長者、まさかの打ち止め?


待っていても、おじさんは何も思いつかないようだった。


「すまんな」


「いえ……ありがとうございました」


あたしはお礼を言って、工場を出た。


うーん、どうしよう?

ここまで、何か手がかりを得れたかなぁ?


とりあえず、一旦砂漠に帰ろう。あたしはメモ帳に式を書いた。

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