第一話 狂騒(2)

 それから一ヶ月以上が経っても、ウールディとユタは未だルスランに会えずじまいのままであった。


 その間、彼らもただ手をこまねいていたわけではない。ふたりはせめて現状を把握しようと、世間に報道されるニュースから街中の噂話まで、必死に情報を掻き集めることに専念した。あらゆるメディアに隈無く目を通し、またしばしばエクセランネ区や隣接するセランネ区にまで足を伸ばして、飲食店界隈などで交わされる会話に耳をそばだてる。怪しまれるほど近づかなくとも、ウールディの精神感応力をもってすれば市井の噂を収集するのは容易いことであった。


 やがてふたりにも、テネヴェの現状がようやく朧気ながら見えてくる。


「銀河ネットワークの整備が、有り得ない勢いで加速している」


 連邦が既にある計画を無視して、自律型通信施設レインドロップの生産とその敷設にほとんど全力を振り向けているという情報は、テネヴェ中のどこでも真っ先に囁かれる噂であった。銀河連邦全域の現像工房を使った『レインドロップ』の生産計画は、当初の二倍、いや三倍以上のスピードで推し進められている。いずれも連邦通商局の強力な要請に基づくものであり、その見返りとして見積もりをはるかに上回る報酬が気前よく支払われているのだという。


「航宙局も相当無理しているらしいわ。どこの極小質量宙域ヴォイドも管制ステーションが人員不足で、運行管理がめちゃくちゃになってるって」


 それはふたりがトゥーランからテネヴェに来る途中でも実感していたことであった。極小質量宙域ヴォイドを通過する際には、どの時間帯にどれだけの質量の宇宙船が通過するのか、厳密に管理されている必要がある。ところがその管理を担うはずの管制ステーションで、ふたりはいらぬ足止めを食うことが一度や二度ではなかった。

 あの不手際は、管制ステーションがまともに運用出来る状態ではなかったからなのだ。ようやく納得しながら、ユタは同時に首を傾げた。


「なんでそんないきなり人手不足になってるんだよ」

「『レインドロップ』の敷設工事に駆り出されてるのよ」


 眉をひそめながらそう告げるウールディに、ユタは感心するよりも呆れが勝る。


「本当に連邦の全力を振り向けてる感じだな」

「問題は、そのどれも評議会とか常任委員会の承諾を得ていないらしいってことみたい」

「承諾を得てないって。航宙局や通商局が勝手に動くわけもないだろう」

「全部、常任委員長が直接指示を下しているんだって」


 銀河連邦のまがりなりにもトップと目される常任委員長の顔は、ユタも何度か報道で目にしたことがある。確か口髭の印象が強い、壮年の紳士だ。ウールディの肌色の褐色よりもさらに濃い黒い肌の、いささか気障な面構えだったように思う。


「常任委員長って、なんかすかした感じの口髭のおっさんだよな」

「ハイザッグ・オビヴィレね。今まではほとんどお飾りだったらしいけど、ここ一、二ヶ月急に無茶するようになって、それであんな風にデモする人たちも増えてる」


 ウールディはそう言って、窓越しに見える大通りを顎先で指し示した。


 セランネ区の繁華街で情報収集を続けていた二人は今、適当に目についたカフェで一息ついているところであった。彼らが座る窓際の席からは、口々に抗議の声を上げながら行進する人々の波がよく見える。その数はホテルの一室から見下ろしたときに目にした集団よりも、明らかに多い。


「銀河ネットワークの工事を前倒しにしたからって、なんでデモが起きるんだよ」

「現像工房での生産が『レインドロップ』ばかりに偏って、ほかの必需品が不足しているの。それに極小質量宙域ヴォイドの管制がおざなりなせいで、事故も多発してるみたい」


 何よりも、と一言挟んでから、ウールディは若干声音をひそめた。


「そういう問題が起きてるのに、全然ニュースになってないでしょう?」


 ウールディの言う通りであった。彼女が説明したそのどれもこれも、ひとつも報道されているものはない。全てウールディがテネヴェの街中の人々の思念から読み取った、生の情報ばかりなのである。


「それが多分、デモの一番の理由よ。常任委員長は報道に圧力をかけてるって」


 常任委員長は、銀河連邦の最高峰に位置する役職だ。だがウールディから聞かされただけでも、各方面に相当無理を強いている。常任委員長に果たしてそれだけの権限を与えられているものなのか。


 特に報道の完全なシャットアウトとなれば、常任委員会や連邦四局の範疇外である。いかに圧力をかけようとも、ここまで完全な情報管制が出来るものだろうか。


「権限は私もよくわかんないけど、あちこちで反発を招いているのは確かよ。あのデモだって参加しているのはほとんど一般市民だけど、それだけじゃない。先頭で旗を振っているのはエカテ・ランプレーだって」

「ランプレーっていったら銀河ネットワークの立役者だろ。なんでそんな奴が?」

「その銀河ネットワーク推進委員会自体が解散されて、仕事も取り上げられたらしいわ。今は常任委員長が直接、全部指示を出すようになっちゃったから」


 なるほど、とユタは頷いた。ここまで銀河ネットワーク推進の顔を張ってきた彼女がいきなりその地位を剥奪されたら、腹に据えかねるのも無理からぬ話だ。


「ランプレー以外の局長クラスの人もデモに参加してるって噂になってる。オビヴィレって人は、本当にひとりで独裁者の真似事するようになったみたい」

「多分、俺たちの用件と関係あるんだろうなあ」


 両腕を頭の後ろに回して、椅子の背凭れに背中を預けながら、ユタはぼやくように呟いた。


「お飾り同然の常任委員長が、ここに来ていきなり無茶苦茶するようになったんだろう。関係ないわけない」

「私もそう思うけど。こればっかりはルスランにでも聞いてみないとわからないよ」


 ウールディは頬に両手を当てて、困ったように眉の先を下げた。いくら彼女の精神感応力が優れていようとも、連邦中枢の裏事情まで覗き込めるわけではない。ウールディの言う通り、彼らの知己の中で最も詳しいだろう人物といえば、やはりルスランしかいない。


 そのルスランはデモへの参加者側にはおらず、かといって抑え込む側にも回っていない。彼はランプレーたちデモ側と常任委員長の間に立ち、両者の仲裁役に奔走しているという。外縁星系開発局長という特殊かつ強力な立ち位置にいる彼にしか、その役目を担うことは出来ないのだろう。


「ルスランがそんな状態じゃ、いつになったら会えるのやら」

「そうだね、あと三日待ってみよう。それで駄目だったら私から直接、《クロージアン》に接触する」


 ウールディの精神感応力があれば、誰が《クロージアン》であるかを見抜くことは可能である。そして精神感応的に全員が《繋がって》いる《クロージアン》であれば、特定の人物に拘る必要はない。


 だがユタはその意見に、積極的に賛同する気にはなれなかった。


「俺たちだけで会って大丈夫なのか? ずっと連邦を牛耳ってきたって連中相手だぞ」


 ウールディが《クロージアン》と会おうとする目的がわからない以上、ユタとしては彼女の身の安全を優先せざるを得なかった。ウールディもそれ以上言い張ることなく、口をつぐむ。


 窓を一枚隔てた向こうでは、通りを行進する集団が盛んにシュプレヒコールを張り上げている。対照的に落ち着いた静かな楽曲が流れるカフェの中で、しばし沈黙がふたりの間を支配する。


 片や相手の思考を把握して、どうやってそれに答えようか考えあぐねている。片や自分の思考が読み取られていることを承知しつつ、その上で口にして良いものかどうか決めかねている。


 それぞれが頭の中で巡らせる思案は、ウールディの通信端末イヤーカフに届いた報せによって中断された。


 それはふたりが待ち望んでいた、ルスランからの面会可能という連絡であった。

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