第六話 脅威の兆候(3)
タラベルソ=スレヴィア間の宙域は、銀河ネットワーク開通試験を前にして俄に銀河系中の注目を浴びている。銀河連邦加盟国のみならず、エルトランザや旧バララト系諸国のまでが、この二星系間に横たわる宙域にいくつもの報道陣を派遣していた。
ふたつの
だが銀河ネットワークの根幹を成す
「この『レインドロップ』という通信機械を開発したのは、リーンテール博士だったか」
スタージア博物院長ジュアン・フォンは、目の前の楕円形の長机上の空間に目を向けていた。長机の中央に嵌め込まれたホログラム映像投影盤の上に立体的に浮かび上がっているのは、『レインドロップ』の
『レインドロップ』の
(ハイラヌ・リーンテール博士。タラベルソ生まれ、タラベルソ育ち)
(タラベルソの情報工学院で主にナノマシン工学を学び、そのまま導師となる)
(公式記録はそれぐらい。極度の人嫌いで、顔も姿も表に出ていない。性別さえ不詳とされているわ)
(もうひとつだけ有名なエピソードがあるよ。宇宙船嫌いというやつだ)
「宇宙船嫌いだから、という理由で納得しろというのは無理があるね」
院長室の中央に浮かぶ漆黒の巨大な球形図形を背にして、ひとり椅子に深々と
(納得出来るわけがないでしょう)
フォンの呟きに対して、彼と意識を共有する《スタージアン》たちは口を揃えてそう答えた。
(タラベルソで育った人物が、スタージアへの巡礼研修参加者に含まれていないなどということは有り得ない)
《スタージアン》の記憶には、過去スタージアを巡礼研修で訪れた人々の記録が万遍なく刻み込まれている。タラベルソは銀河連邦発足当初からの連邦加盟国であり、スタージアに安定して巡礼研修を差し向け続けている星のひとつだ。リーンテール博士の年次の研修生も当然スタージアを訪れている。
だが《スタージアン》の記憶の中に、ハイラヌ・リーンテールという人名を見つけ出すことはかなわなかった。念のため当該年次の前後五年の記録も漁り、また姓の変更の可能性も踏まえて検索にかけたが、結果は同様だった。
(シャレイドのように巡礼研修を怠っていた頃の
(身分証明もないようなスラム出身者とかは、我々も把握出来ていないだろうね)
(このリーンテール博士は中等院在籍の経歴もちゃんとある。そういったレアケースには当てはまらないだろう)
「正体不明のリーンテール博士が発明した、
特に感慨もなく呟いたフォンは、目の前のホログラム映像に今一度目を凝らす。
高度なプログラミングが施されたナノマシンから組成された、液体金属から成るというその雨滴状の物体は、一定以上の宇宙船に装備可能な
「確かに
椅子の背凭れをわずかに軋ませて頷いたフォンに対する、《スタージアン》たちの反応は一様ではない。
(大発明とされるナノマシンへのプログラミング理論だって、産み出される可能性はゼロではないわ)
(プログラミング理論の方は、ね)
(本当にとんでもないのはそこじゃない)
(真に驚くべきは、この機械を
そして《スタージアン》の見識に照らし合わせれば、『レインドロップ』を
「ナノマシンに埋め込まれたプログラムまで再現するなんて、今の現像技能で出来るはずがないね」
こめかみを掻きながらフォンが口にした台詞は、《スタージアン》の総意であった。
(第三の《繋がり》とか、悠長なことを言っている場合ではなかったな)
(誰も第三の《繋がり》なんて、本気では信じてなかったじゃない)
(サカが沈黙した時点で予想されていたことだ。この
(いよいよ我々の代で対峙することが、明らかになったということだ)
(今さらじたばたすることでもないしね)
脳裏に思念の奔流が雪崩れ込んでも、フォンの顔に動揺の気配はない。むしろ彼の落ち着き払った表情は、《スタージアン》を構成するあらゆる思念の最大公約数を形取ったものとさえ言えた。
「あとはせいぜい、銀河ネットワーク計画の推進を後押しすることぐらいだね」
数少ない彼固有の癖である、顔をつるりと撫で下ろす仕草を再び見せながら、フォンの口調はあくまで穏やかであった。
「《オーグ》に対して出来ることはもう、ほとんどないよ」
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