第三話 家族の肖像(1)

 タラベルソの音信不通は、それからさらに一ヶ月を経たところでようやく回復された。報道機関が『大途絶グランダウン』と名づけた、およそ二ヶ月以上の連絡不能という異常事態の原因は、タラベルソ全域の情報管理システムの大規模な障害によるものと結論づけられた。


「一惑星国家に生じたシステム障害は、我々の想像をはるかに超える非常事態を招きました」


 大途絶グランダウンの調査に向かったまま行方不明だった、銀河連邦評議会タラベルソ代表議員のエカテ・ランプレーは、タラベルソとの連絡が復旧すると同時に姿を現した。大途絶グランダウンの原因が早期に確定したのは、彼女の綿密な調査によるところが大きい。

 評議会で調査結果の報告を終えると、ランプレーは今後も同じような障害が起こりかねないこと、そして抜本的な対策が必要であることを強く訴えた。


大途絶グランダウンによって生じた損害がどれほどのものか、未だ正確な集計は取れておりませんが、甚大であることは疑いようもありません。タラベルソが完全に復旧を果たすには、今後十年以上の年月が必要でしょう」


 銀河連邦評議会ドームの中央に映し出されたランプレーは、たてがみのように逆立った銀髪を振るいながら、危機感を溢れさせた顔つきで会場の面々を睨め回す。


「これまでの恒星間航法を用いて極小質量宙域ヴォイドを経由する連絡船通信は、いよいよ限界に近づいています。連絡船通信の使用が始まって五世紀以上の月日がたつ今、我々人類は一星系に因らない、銀河系規模の新たな通信手段を模索すべきでしょう」


 連絡船通信に替わる恒星間通信手段。それは銀河連邦のみならず、この銀河系人類社会が長年待ち望んできた夢である。だがこの五百年以上をかけて、未だに人類はその手段を編み出せないままだ。

 評議会の面々も、当然その点を指摘する。いくらランプレーが訴えたところで、革新的な技術が突然生まれるわけではない。


「何も新しい技術は必要ありません。今現在の我々の技術水準でも、発想を転換することで対応は可能なのですよ」


 したり顔でランプレーが披露した腹案は、極めてシンプルだった。


「各星系の間に、自律型の通信施設を大量に配置する、それだけで良いのです」


 銀髪の女性議員が自信たっぷりにそう発言すると、評議会ドームの中は一瞬静まりかえり、すぐに怒号や嘲笑で埋め尽くされた。反発に沸き返るドームを睥睨しながら、ランプレーは全く動じる気配はない。むしろ居並ぶ面々を哀れむかのような表情を浮かべて、喧噪が収束するのを待つ余裕すらあった。


「馬鹿馬鹿しい、子供騙しだ、そう仰る皆さんは、真面目に考えたことがありますか? いえ、正直に申しましょう。私だって大途絶グランダウンがなければ、こんなことを思いつくことはありませんでした。ですが実際に事故は起きた。それも極めて深刻なレベルで。であれば連邦市民の生活を守るべき立場にある我々は、どんなに荒唐無稽な案でも検討しなくてはならないのです」


 野次をものともせず、至って真剣な表情のランプレーの甲高いほどの声を耳にして、ドーム内のざわめきは徐々に鎮まっていった。


「我々の持つ技術で、直接通信がカバー出来るのは一星系、およそ二百億キロの範囲になります。一光年であれば五百基、余裕を持って一千基が必要でしょうか。すると隣接する有人星系同士を結ぶには、平均すれば約一万基の通信施設が必要という計算になります」


 ランプレーが口にしたざっくりした試算は、途方もない数字である。だが同時に具体的な数字が示されたことによって、彼女の提案を馬鹿にするような雰囲気が萎んでいったのも、また確かであった。


「これを銀河連邦全域に広めようとすればこの五百倍、五百万基といったところでしょう。たったの五百万基です! 皆さんはこれを、実現不可能な誇大妄想として切って捨てることが出来るのですか?」


 そう言って身を乗り出した彼女の見開かれた目と目を合わせて、真っ向から見返すことが出来た評議会議員がどれほどいたであろう。ランプレーの鬼気迫る表情と、彼女自身が被害に遭ったタラベルソ出身であることを顧みれば、その発言に言葉以上の説得力が込められていたとしても不思議ではない。


「この考えが今まで夢物語として捉えられてきたのは、そのスケール感です。計画立案から生産、実施運用まで、いずれも人類史上類を見ない大規模なものになる。ですが我々――人類史上最大規模の組織である銀河連邦が本気で取り組めば、実現は決して不可能ではないのです!」


 拳を振り上げて熱弁を振るっていたランプレーは、やがて静かにその手を下ろすと、不意に穏やかな笑顔を浮かべた。


「私はこの構想を『銀河ネットワーク構想』と名づけました。銀河系人類が新たな一歩を踏み出すために、銀河連邦による銀河ネットワーク構想実現の検討を、今日この評議会で提案いたします」



「銀河ネットワーク構想の研究会が、正式に発足するそうだ」


 ルスランがそう告げると、わざとらしく前髪を掻き上げたラセンは、大きな黒い目を大袈裟に見開いてみせた。


「星系間を通信機で数珠繋ぎにしようっていう、あれか? あんな与太話に付き合うたあ、連邦は思った以上に余裕があるんだな」

「さてね。なんでもランプレー議員の迫真の演説に、評議会一同心を打たって話だ。僕はそう聞いているよ」


 ウールディの誕生日から二ヶ月ほどして、彼らは再び“妹”の住まうジャランデールの屋敷を訪れている。天井の高い開放的な居間の一角で、それぞれゆったりとした籐椅子に腰掛けながら、ウールディのふたりの“兄”の間で最初に交わされた話題が『銀河ネットワーク構想』であった。


「建前はさておき、大途絶グランダウンの衝撃が大きかったのは事実だから、形だけでもなんらか取り組む姿勢を見せようってことなんだろう」


 端正な顔立ちに皮肉めいた笑みを浮かべつつ、ルスランが小さく肩をすくめる。だが彼の発した大途絶グランダウンという言葉を聞いて、ラセンの大きな口は無意識に引き結ばれていた。


 二ヶ月前にタラベルソで体験した不気味な感覚を、彼はまだ忘れていない。


「あれは情報管理システムのダウンとか、そういう類いの話じゃねえ」


 無言で顔を向けるルスランに対して、ラセンは低い声で断言した。


「じゃあ何か、と訊かれると困る。ウールディなら、もしかしたら正体を掴めたかもしれないが」


 そう言ってラセンはふたりがいる居間から、大きく開け放たれた内扉の向こうに広がる中庭に目を向ける。


 緑の芝生に覆われた中庭では、ウールディとファナ、ユタの三人が、レイハネと一緒に戯れている最中であった。


 不思議と捉えどころの無いレイハネをなんとしても捕まえようとするユタに、ウールディが横から邪魔したところへ、逆にレイハネがずしりとユタの上にのしかかる。その様子を見てファナがからからと笑っている。


 この一ヶ月共に暮らして、いつの間にか随分と打ち解けたらしい三人の様子を眺めて、ラセンは思わず口元を緩ませた。

 そしていかつい“兄”の見かけによらない表情を目にして、ルスランもまた微笑を浮かべる。


「ウールディのあんな楽しそうな顔を見るのは久しぶりだ。あの双子を連れてきたのは正解だったな。ラセンにしちゃ上出来じゃないか」

「偉そうに言うな」


 ルスランの上から目線の評価が気に食わないのか、ラセンは緩めていた唇を再び引き結ぶと、ことさらぶっきらぼうに答えた。


「あのふたりにはえらい目に遭わされてばかりだ。ユタの運転する自動一輪モトホイールはそれはもう、そのまま昇天しそうな乗り心地だったぜ。それでもようやくタラベルソから逃げおおせたと思ったら、今度は航宙局にとっ捕まるし。あいつらを途中で放り出せば良かったと、何度思ったことか」

「でも父さんに手を回してもらって、事なきを得たじゃないか」


 そう言うルスランの顔は、込み上げる笑いをなんとか噛み殺そうと必死だった。


「でもまさか、あんな方法で切り抜けていたとは思わなかったけど」

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