第三話 家族の肖像(2)
タラベルソを発ったラセンの宇宙船は、隣接星系のスレヴィアに達して間もなく、連邦航宙局の宇宙ステーションで取調を受ける羽目になった。彼らが乗る貿易商船に似つかわしくない、年端もいかない子供がふたりも乗船していたのだから、目をつけられても仕方が無い。
ラセンはろくな説明も無しに強引に突破しようとしたのだが、彼の態度は逆に嫌疑を深めるだけであった。そのまま逮捕されずに済んだのは、こうなることを見越していたヴァネットが、取調を受ける直前に彼の父宛てに連絡船通信を放っていたお陰である。ヴァネットはファナとユタのふたりが養護施設出身であることを利用して、ラセンとの養子縁組の偽装を依頼したのだ。
「やっぱりあの親父の手なんか借りるんじゃなかったぜ」
憮然とするラセンの口から漏れ出るは、感謝の言葉どころか恨み節ばかりであった。
ラセンの父は偽装ではなく、彼と双子の養子縁組を正式に手続きしてしまったのである。本来ならややこしい審査が必要なはずだが、ラセンの父はそういった諸々の手順を省略して、強引に認めさせるぐらいの権力を持っている。
宇宙ステーションに拘留されて十日後、正真正銘の養子縁組の証明書類の写しが届いたとき、一番驚いたのは当のラセン本人であった。
「あの野郎、いったい何考えてやがんだ。嫌がらせ以外の何もんでもねえ」
「住所不定の不良息子に、そろそろ落ち着いてもらいたかったんじゃないか? 無理矢理でも子供を持てば、その分責任感も増すだろうって」
「そうやって笑ってるけどな。俺が子持ちってことになればお前は叔父さんだし、ウールディなんてあの歳で叔母さんだぜ」
苦虫を噛み潰したようなラセンに対して、中庭の方から少女の抗議の声が聞こえた。
「ちょっと、誰がおばさんだって?」
頭頂近くで結わいた先から垂れる艶やかな黒髪を揺らしながら、頬を膨らませたウールディがテラスの端からこちらを睨んでいるのを見て、ラセンは慌てて手を振った。
「いや、お前がおばさん臭いってわけじゃねえよ」
「言っとくけどね、私はお姉さんなの。ファナは妹、ユタは弟。わかった?」
ウールディの元気の良い宣言に、レイハネの舌に舐め回されて顔をべとべとにしたユタが不服そうな声を上げた。
「うるさい姉貴はファナだけで十分だよ」
「ウールディはどっちかっていうと、同い年の友達って感じだよねえ」
ファナにまでからかわれて、ウールディが「なにおう」と口にしながらくるりと振り返る。
「私の方がひとつ年上なんだから、お姉さんでしょう!」
そう言って中庭に飛び出したウールディを見て、双子は二手に分かれてぱっと逃げ出した。ファナの後をウールディが追いかけて、どういうわけかユタはレイハネに追い回される。広い中庭をいっぱいに駆け回る二組の追いかけっこは、やがてウールディがファナの細い腰に飛びつき、ユタは再びレイハネの巨体の下に組み敷かれることで決着がついた。
「三人とも、本当に仲良くなったな」
腕を組んで感心するルスランに比べて、ラセンの顔には心なしかほっとした表情が浮かんでいた。
「上手くいってくれと期待はしていたが、ここまでウマが合うとは思わなかった」
ユタの顔を執拗に舐め回すレイハネの毛むくじゃらの巨体を、ファナが後ろから抱えて引き剥がす。グロッキー状態のユタを見て、今度はウールディが腹を抱えて笑っている。子供同士だから親しくなるにも時間がかからないだろうとはいえ、彼らのやり取りを見ていると、まるで生まれたときから共に過ごしてきた者たちのようだ。
「ファナもユタも、本当によい子たちですよ」
穏やかな声音と共に男たちの間に差し出されたのは、淹れ立ての柑橘茶が注がれたティーカップであった。ガラス製のローテーブルの上に置かれた二杯のカップからは、暖かく甘酸っぱい香りがふんだんに匂い立つ。
「やあ、シャーラのお手製か。ありがとう」
カップを手に取ったルスランが、くゆる香りに鼻腔をくすぐらせてから礼を口にした。
「どういたしまして」と答えたのは、ウールディをそのまま大人にして落ち着かせたような、長い黒髪と褐色の肌に整った顔立ちの女性――ウールディの母シャーラだった。
「あの子たちが来てくれたお陰でウールディもすっかり明るくなって。本当にラセンには感謝しています」
「やめてくれよ。成り行き任せで連れてきただけだってこと、シャーラにはわかっているだろう」
「そうよ、礼なんて言うことないって」
シャーラの後ろから現れたヴァネットが、さらに二杯のカップを乗せた盆を手にしながら、彼女をたしなめるように声をかける。
「こいつの場合は本当に行き当たりばったりなだけだから」
「でもあのふたりでなければ、ウールディが読心者であることを自然に受け入れられなかったでしょう」
ヴァネットと共に空いた籐椅子に腰を下ろしながら、そう語るシャーラの顔には心からの安堵が浮かんでいる。
「双生児性精神感応と言いましたか。ふたりとも心の内を読まれることに慣れているから、そこに娘が割って入ることにさして抵抗はなかったようです」
「双子同士が精神感応的に《繋がり》合うって話、聞いたことはあるけど。それにしてもあのふたりは半端じゃないよ」
シャーラの隣りの席に腰掛けると、そう言ってヴァネットは横目で中庭に視線を投げかけた。柑橘茶を啜っていたラセンは、彼女の言葉に頷きながらカップから口を離す。
「タラベルソからの道中を共にした感じじゃ、あのふたりは文字通り一心同体って奴だ。事情がわからない奴には、気味悪がられても無理もねえ」
「養護施設にいたのはもしかして、親にも疎んじられてのことか。そいつは気の毒だな」
「まあ、あいつら自身は親の顔は全く覚えてないと言っていたがな」
同情するルスランに、ラセンはそう答えて再びカップに口を当てる。
「でも、養護施設ではそれほど邪険にされていたわけではないようですよ」
ウールディ以上に熟練の読心者であるシャーラの証言は、何よりも説得力があった。四人の間に少なからず救われた雰囲気が訪れると同時に、また疑問も生じる。
「じゃあ、ふたりともどうしてタラベルソから逃げだそうとしたの?」
代表してそう問いかけたヴァネットに対して、シャーラの表情はどこか曖昧だった。
「それは……」
シャーラは言葉を濁しつつ、ラセンの顔に視線を向けた。彼女の態度を見て、探るような目を向けながらルスランが口を開く。
「もしかして、それも
ルスランの問いに、シャーラはあくまで断定を避ける物言いをした。
「はっきりとは言えません。ただ、ラセンがタラベルソで感じた異常を、彼らもまた別の形で感じ取ったのではないかと」
ラセンやルスラン、ヴァネットに対し、シャーラは彼らの心を読むことについて遠慮した態度を示す。三人とも慣れているとはいえ、精神感応力を持たない人間には極力その力を伏せるべきというのが、彼女なりの処世術なのだろう。
そうとわかっているから、シャーラの歯切れの悪い言葉を耳にしてもラセンは苛つくでもなく、ただふんと鼻を鳴らすだけであった。
「そういうことなら、あいつらにじかに聞くしかねえだろう」
早々に飲み干したカップをテーブルに戻すと、ラセンは再び中庭に顔を向けた。
彼の視線の先では三人の子供たちがめいめいに、横たわるレイハネに寄りかかっている。暖かい日差しの下でそろってまどろむ子供たちの姿は、それを見つめる大人たちの表情を綻ばせるのに十分であった。
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