第二話 遼遠の戦火(3)

 クレーグ・ホスクローヴ提督が率いる連邦軍主力部隊は、索敵範囲に外縁星系コースト軍を捉えると速やかに攻撃を開始した。


 連邦軍は二分されていたとはいえ、主力部隊の数はなお眼前の敵を十分に凌いでいた。連邦軍の艦隊から放たれる攻撃に、外縁星系コースト軍も合わせるようにして応戦する。


 銀河系人類史上初となる《星の彼方》方面宙域での戦闘は、正面からのぶつかり合いで始まった。


「《星の彼方》方面と言うだけあって、測定される宙間質量も相当に少ないですな」


 提督をはじめとする艦隊首脳陣が詰めるのは、連邦軍旗艦の艦橋内でも一段高い位置に迫り出すバルコニー上のフロアだ。艦橋内を睥睨するフロア周辺には、戦況を伝える様々な情報を表示したホログラム・スクリーンが、いくつも浮かび上がっている。そのひとつに目を凝らしていた副官は、戦闘宙域の情報を示す測定値を読み取って、そう呟いた。


「ほとんど極小質量宙域ヴォイドと呼んでも差し支えない。ここで恒星間航行すれば、その先には本当に《星の彼方》があるのかもしれません」


 艦橋内の前面には、ホログラムではない巨大なパネル型のモニタが嵌め込まれて、そこには目の前の宇宙空間で繰り広げられる戦闘が映し出されている。敵と味方の間を幾千もの光線が行き交い、間断なく閃いては消える光球の輝きがモニタを満たす。戦場の真っ只中にありながら、副官の言葉はどこか牧歌的にすら聞こえた。


「伝説の通りだとしても、その先にいるのは《オーグ》の群れだ。あまりそそられる話ではないな」


 モニタ上に展開される戦闘の様子を目で追いながら、ホスクローヴが無愛想に答える。副官はそんな上司の口振りは慣れっこといった体で、にやりと笑った。


「案外《オーグ》の方が話が合うかもしれませんよ。少なくともヒステリックな評議会や、何を考えているのかわからない常任委員会よりはね」


 ジャランデールを目前にしての急な作戦変更について、彼なりに腹に据えかねているのだろう。あからさまに態度に出すことはないが、皮肉が口を突いて出るのは抑えられないようだ。


「あたら血を流すのは本意では無いが、ここで勝利を収めておけば今後外縁星系コーストの反攻も弱まるだろう。そろそろ目の前の状況に注視したまえ」

「失礼しました。自重します」


 老提督に窘められて素直に引き下がると、副官は改めて周囲のホログラム・スクリーンに目を向ける。彼我の戦力差や陣形など、この戦場で最大限把握しうる情報に目を配りながら、やがて彼の口から漏れ出た言葉は疑問形だった。


「それにしても、敵は随分と気前よく後退し過ぎじゃないですかね」


 正面からぶつかった以上、数に勝る連邦軍が押し気味になることは予想されていた。ただ外縁星系コースト軍の後退ぶりは、連邦軍の予想を上回っている。そこはホスクローヴも気に懸かっている点であった。


 真っ当に考えれば彼が事前に予想した通り、伏兵が控える宙域へと誘導していると見るのが常道だ。だが副官の報告は、その常道を否定する。


「この先に艦隊が隠れることが出来るような宙域は見当たりません。あるいは別働隊の進路上に潜んでいるのかもしれませんが」


 今のところ別働隊からは何の連絡も無い。別働隊には合流間近になるか、もしくは敵の伏兵と遭遇するまでは連絡を控えるよう言い含めてある。ということは少なくとも、現時点でまだそれらしきものを発見してはいないということだ。


 連邦軍が数に任せて前進するのに対し、外縁星系コースト軍は大袈裟すぎるほど距離を取りながら反撃を試みる。その反撃も、後退しながらのせいか数に比べて弱々しい。常ならば一部隊を割いて敵の退路を断つところだが、高速巡航艦の大半は別働隊に配備しているのでその手段は取れなかった。結果そのまま戦況は推移して、戦場は開戦当初の位置から大幅に移動している。


「完全に極小質量宙域ヴォイドのど真ん中に来ましたね」


 副官が言う通り、戦闘宙域には目に見える敵と味方と、それ以外の質量はほとんど計測されていない。まさかこの戦闘中に新たな極小質量宙域ヴォイドを発見することになろうとは、さすがのホスクローヴも予想していなかった。


「せっかく見つけ出した極小質量宙域ヴォイドを、こうして戦闘で汚すのは後ろめたいものがあるな」

「そうも言ってられないでしょう。この極小質量宙域ヴォイドの向こうにいるのはヒトと機械が融合した化け物たちだそうですから、そいつらが我々の世界に来られないよう蓋をしているものだと考えれば良いんですよ」


 戦闘が開始してから、既に五十時間以上が経過している。その間、外縁星系コースト軍は後退に後退を重ね続けていた。反撃も徐々に、だが確実に減少している。このままだと別働隊と合流する前に決着がつくかもしれない。幕僚たちの脳裏にそんな考えがよぎろうとしたところに、別働隊が到着したとの報告が入った。


「戦闘に乗り遅れないよう、相当かっ飛ばしてきたな。しかしここまで連絡が無かったというとは……」


 副官の呟きに被せるようにして、通信オペレーターの声が通信端末イヤーカフを通じて幕僚全員の耳に届く。


「進路中に伏兵は見当たらず、あと二時間後には当宙域に到達するとのこと。ただ……」

「ただ、なんだ? はっきり言え」

「はい。戦場が当初予定より大幅に移動しているため、このままの進路ですと敵を挟撃するのではなく、そのまま我々に合流する形になるそうです」


 通信オペレーターの報告に対して、ホスクローヴは間髪入れずに指示を下す。


「構わん。そのまま合流して、戦闘に参加しろと伝えよ」


 別働隊が合流したのはそれからおよそ百分後のことだった。ホログラム・スクリーンに映し出された別働隊の指揮官が、ばつの悪そうな顔を見せる。


「伏兵の発見は適いませんでした。任務が果たせないまま、美味しいところだけを掻っ攫いに来たようで申し訳ありません」

「発見出来なかったのは、私の見込み違いだったということだ。早速で悪いが、君たちの部隊の脚の速さを活かして敵の退路を断ってくれ。なるべく見せびらかすようにな」

「畏まりました」


 別働隊が敵の背後に回って一撃をくれれば、さすがに敵も戦意を喪失するだろう。そこで降伏勧告を発すればおそらく戦闘は終わる。

 伏兵が見当たらなかったというのは、敵を買い被りすぎただろうか。しかし極小質量宙域ヴォイドを戦場にしている以上、敵が身を隠すところなどあるわけもない。別の宙域に潜んでいたとしても、今から駆けつけて戦況をひっくり返すのは難しい。


 ホスクローヴが戦闘の終了までの未来を予想した、そのときである。


 通信端末イヤーカフ越しに突如響き渡った索敵担当オペレーターの報告は、ほとんど絶叫に近かった。


「後背から熱源多数! 急速に接近中!」


 オペレーターの危機感に満ちた報告に、艦橋内が一斉にざわめく。幕僚たちが顔を揃えて驚愕する中、最初に反応したのはホスクローヴだった。


「ミサイルか? 迎撃、回避しろ!」

「無理です、数が多すぎます!」


 提督の咄嗟の指示も虚しく、オペレーターの悲鳴が艦橋内に響く。


「弾着まで百秒を切りました! 総員、耐衝撃体勢を取ってください!」

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