第一話 魍魎跋扈(4)

 ネヤクヌヴ星系での集結を果たした外縁星系コースト諸国連合軍は、ようやくスタージア星系にたどり着いて間もなく、驚くべき報せを受け取ることになった。


「スタージアからの声明が届いています!」


 通信オペレーターの叫ぶような報告が、外縁星系コースト軍の旗艦艦橋に響き渡る。間を置かずして、艦橋中央のホログラム映像投影盤に浮かんでいた天球図に代わり、白い長衣に長い金髪を背後に垂らした男の上半身が映し出された。映像からも伝わる柔和な雰囲気をまとう彼が、スタージア博物院長アンゼロ・ソルナレスであることは、誰の目にも一目瞭然であった。


「《原始の民》より連なる人類の歴史を、その“始まりの星”から見守り続けた民のひとりとして、銀河系人類の皆さんに謹んで申し上げます」


 壮年の男らしく低く重い、だが聞く人の耳朶に残る明瞭な声で、博物院長はまるで艦橋に揃う全員に向かって語りかけるようにして口を開いた。


「人類はこれまで様々な困難を経験してきました。中には血で血を洗う、凄惨な出来事も数多く含まれます。スタージアの民は銀河の果てにあって、それらの出来事に対して常に忸怩たる想いを抱えたまま、ただ犠牲者の冥福と、能う限りの平和の回復を祈り続けることしか出来ませんでした」


 長い睫毛を伏せながら沈痛の面持ちを浮かべていたソルナレスの映像は、次の瞬間には面を上げて心持ち目を見開き、金色の瞳を露わにする。


「ですが今からおよそ二百年前、我々はこの銀河系人類に貢献する術を得ました。即ち多くの異なる惑星国家を結びつけるという銀河連邦の樹立に向けて、皆に呼び掛けるという役目を担うことが出来たのです」


 ソルナレスの言葉を聞いて、艦橋内にざわめきが走った。


 もしや博物院長は、スタージアは、銀河連邦――第一世代に与する旨を公にするつもりか。艦橋にいる面々はお互いに怪訝な顔を見合わせ、博物院長の映像を固唾を呑んで見持っている。


「お互いの諍いを知恵をもって共に乗り越えようという銀河連邦の理念に基づき、以来この銀河系では目立った争いもなく今を迎えることが出来たのは、皆さんもご存知の通りです。しかしここに至って、その銀河連邦の内で再び大きな騒乱が生じています」


 声明の内容の雲行きがいよいよ怪しくなって、その場に居合わせる面々の顔に焦燥が浮かぶ。ソルナレスの映像はまるで彼らの表情が見えているがごとく、それぞれに対して慈しむかのような視線を投げかけてくる。


「お互いに諍い、争うという人の本能は避けがたいのかもしれません。ですがこの銀河系人類社会の原初から在り続ける民のひとりとして、あえて申し上げたい。目的のため、あるいは報復のために暴力に訴えても、最終的な解決には程遠いのです。今こそ、これまで培ってきた知恵と経験を活かすときでしょう。私は銀河系人類が相争う姿を見ることになるのが、これで最後となることを、切に願います」


 そう言うとソルナレスは瞼を閉じ、拳に固めた右手を心臓の位置に当てた。博物院長が公式なメッセージを送るときの、決まったポーズを見せてから、ホログラム映像は動きを止めて間もなく霧消した。投影盤の上に再び漆黒の天球図が浮かび上がっても、艦橋のざわめきは止むことはなく、むしろますます喧噪を増す。


 この声明はオープン回線を使用して、銀河系中のあらゆる連絡船通信を通じて全国各地に配信されている。一週間もすれば銀河連邦の内外を問わず、全ての人々の耳目に届くことだろう。


「どういうことだよ、シャレイド」


 艦橋の、幕僚たちが居並ぶ列から一歩下がって、モズは通信端末イヤーカフに小声で囁きかけた。スタージアにいる友人に向かって問い質す声には、少なからず非難が込められている。


「スタージアは外縁星系人コースターに味方したんじゃないのか。今の声明じゃまるで休戦を呼び掛けるみたいじゃないか」

「安心しろよ、モズ。スタージアとの交渉は成立している」


 通信端末イヤーカフから聞こえる声は、至って悠長だ。それがまたモズの苛立ちを搔き立てる。


「じゃあなんだよ、さっきの声明は」

「あれは博物院長が連邦の要請に応じて出したんだ。一字一句読み返せばわかるが、具体的に俺たちを名指ししているわけじゃない」

「どういう意味だ」

「あの声明で実際に動きを封じられるのは、エルトランザだ。連中はスタージア星系での結果を見てから介入を判断するつもりだったが、これでどちらに転んでも動きづらくなった」


 シャレイドの解説を聞いて、モズは片方の眉が大きく跳ね上げる。


「エルトランザの助けは得られない、てことか」

「そうなるな。それなりに当てにしてたんだが、鮮やかに封じられたよ」

「感心している場合じゃないだろう」


 思わず大声を張り上げそうになって、モズは慌てて己の口元を掌で塞いだ。


「それじゃあ、もしここで勝ってもその後が続かないじゃないか」

「落ち着けよ。お前の声は通信端末イヤーカフ越しでもよく聞こえる」


 おそらく肩を竦めているだろうシャレイドの姿が、モズの脳裏をよぎる。この期に及んで、苛立たせようとしているとしか思えないその声音が、どうしようもなく腹立たしい。すぐに返事をしては再び声が大きくなってしまうことを恐れて、モズは一息大きく深呼吸した。


「……それで。勝算はあるんだろう。俺はどうすればいい」


 モズがそう答えると、通信端末イヤーカフの向こうでシャレイドの口角が吊り上がるのが目に見えるようであった。


「さすが、よくわかってるな。これから作戦を伝えるから、一字一句逃さず頭に叩き込んでくれ」


 シャレイドの言う作戦を聞き終えたモズは、大きな丸い目をこれ以上無いほど見開く羽目になった。


「馬鹿げてる」

「これしかないんだ、モズ。スタージア星系の最奥――《星の彼方》方面には、航宙局も把握していない未知の力場が作用する宙域がある。俺たちはこれを利用する」

「そんな都合の良い力場なんて聞いたことが無いぞ。お前こそ、本当は博物院長に担がれてるんじゃないか?」

「どちらかというと、持ちつ持たれつだ」


 シャレイドが漏らした一言に、モズが首を傾げる。


「エルトランザの助けはないし、俺たちの戦力はかつかつだ。どっちにしろ俺たちはここで決着をつけるしかないんだよ」


 モズの疑問を封じるように発せられたシャレイドの言葉は、確かにその通りであった。そして真っ向から戦えば、今度は戦力がはるかに劣るだろう外縁星系コースト諸国連合軍に勝ち目はない。


「わかったよ。まともにぶつかったとしても、負けは目に見えているからな。問題はまず、味方にどうやって説明するかだが……」


 ため息をつきながら作戦を承諾したモズに、シャレイドは笑声混じりに告げた。


「大丈夫だよ。お前のお人好しな外面なら、味方の説得なんてわけないさ」


 それが一番の難事業だというのに、簡単に言ってくれる。


 思えば彼の兄アキムに面倒を見るよう頼まれて以来、モズはシャレイドの言うことに振り回されっぱなしだ。この大一番でもその関係に全く変化が無いことに、呆れ果てるべきかどうか。

 ただ、事ここに至ってなおいつもと変わりが無いという事実は、モズに腹を括らせることにもなった。いつもと同じなのだと思えば、肩に張り詰めた力もいくらかは抜ける。


「作戦の首尾は我らが軍事顧問さまにかかってる。頼んだぜ」


 シャレイドの心にもない激励もいつものことだ。モズは適当に答えて通信を切ると、大きく一息吸い、吐き出してから、目の前の幕僚たちに向き直った。


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